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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.253 (2004/07/25)
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 □ 狐『水曜日は狐の書評』
 □ 種村季弘『畸形の神』
 □ 河合隼雄『神話と日本人の心』
 □ 堀江珠喜『団鬼六論』
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●889●狐『水曜日は狐の書評 日刊ゲンダイ匿名コラム』
                         (ちくま文庫:2004.1.7)

 噂には聞いていた。「紹介された本よりも、書評のほうが面白いとのウワサもち
らほら」とカバー裏に書いてある。選書がいい。タイトルが利いている。評言のキ
レがいい。読みの視点が鋭い。梶井基次郎の「路上」を読んで「人生の危うさを、
こんなに的確に、こんなに切なく書き上げている小説は、すでに立派な中年の文学
である」(70頁)と喝破する。チェーホフには明るい読み方と暗い読み方があると
述べた上で、「たいくつな話」の冷えびえとした世界について「ところが、悲しく
も、どこかおかしいのである。老教授の風采の上がらぬ外面も、世間とちぐはぐな
内面も、どこかいとしく、安らぐ感じがするのである。これが我々の姿だと思うの
である。懐かしい。暖かい」(168頁)と書く。池内紀個人訳カフカ全集を「カフ
カが変わる。池内紀の大仕事がはじまった」(182頁)と鼓舞する。吉田健一の本
を読んで「これまでわれわれはいかに深刻で、重い意味を担ったものだけを文学と
思わされてきたことか」(310頁)とあっけにとられてみせる。岡崎京子の『うた
かたの日々』をめぐって「悲傷にして笑止。女の肉体を描くペンの精妙さと、とき
には思わず噴き出させるブラックな可笑しさ。白眉はラスト語ページだろう。恋愛
マンガとして、息をのむほど美しい」(399頁)と絶賛する。狐の書く文章は旨い。

●890●種村季弘『畸形の神 あるいは魔術的跛者』(青土社:2004.4.20)

 ここには昔懐かしい種村季弘がいる。オイディプス(腫れた足)とグラディーヴ
ァ(あゆみつつ輝く女)。レオポルド・ブルーム(オデユッセイア)とスティーヴ
ン・ディーダラス(ダイダロス)。《ゾラの『居酒屋』のびっこの太母ジュルヴー
ズはセーヌの河畔に現れて神話的職人たちを大洋的退行へと誘惑した。ナウシカア
も彼女の分身ガーティ・マクダウエルも、海辺の水のほとりでオデュッセウス=ブ
ルームを誘惑する。(略)さあ子供にお戻りなさい、いえ、系統発生ならぬ系統退
行をあえてして水中に退行しなさいと。誘惑は成功し、ブルームは首尾よく男根形
の小人神にまで退行して、ついに破裂したあげく夜空の花火のように無に溶け去る
のである。/やがて述べるだろうが、『ユリシーズ』より早く一九○三年に出たヴ
ィルヘルム・イェンゼン『グラディーヴァ』でも、主人公のノルベルト・ハーノル
トは沛然たる驟雨のさなかで、ふいに謎のグラディーヴァが幼年時代の片足の短い
遊び友達ツォエ・ベルトガングであることに気がついて愕然とする。跛行する女は
かならず水辺に出現して、水中への大洋的退行(タラッサ! タラッサ!)へと誘
うのだ。》(80頁)

●891●河合隼雄『神話と日本人の心』(岩波書店:2003.7.18)

《このように考えてくると、『日本書紀』でヒルコが三貴子と共に誕生したことか
ら考えて、アマテラス・ツクヨミ・スサノヲが中空構造を形成するとき、ヒルコは
それにいれられなかったと考えられる。このような考えはまた、ヒルコという名が、
アマテラスの別名、オオヒルメノムチと対比するとき、ヒルメ(太陽の女性)に対
してのヒルコ(太陽の男性)を意味するとなると、ますます支持されることになっ
てくる。(略)こうして名がされたヒルコが、モーゼやペルセウスのように、日本
のパンテオンのなかにどのように戻ってくるのか。これは日本神話にとっての課題
ではなかろうか。神話はものごとを「基礎づける」(begrunden)と言ったのは、
神話学者のケレニイであるが、それはより深い世界への開けも準備するものだ、と
筆者は考えている。(略)ヒルコについて、もうひとつ興味深いことをつけ加えて
おこう。それは、商業の神エビスはヒルコが密かに開眼に流れついて復活した神で
ある、という伝説である。(略)このことを踏まえてファンタジーを広げると、こ
の日本の国から追いやられたヒルコが商業の神エビスとして復活し、とうとう現代
に置いて強力となり、「経済大国」日本の中心に収まる勢いを見せた、と思えない
だろうか。》(323-324頁)

●892●堀江珠喜『団鬼六論』(平凡社新書:2004.1.19)

 ここ数年のうちで読んだ団鬼六の作品は『無残花物語』と『鬼の花嫁』で、とも
に幻冬社アウトロー文庫。それ以前から『SM○○』とかでけっこう読んできたと
思うが、作品名はよく覚えていない。本書巻末の「鬼六作品ベスト15読書ガイド
」を見ると、『無残花物語』が第十五位の『お柳情炎』と同じジャンルのものとし
て紹介されていた。第一位は「不貞の季節」。この自伝的小説は『美少年』に収録
されているということなので、同じ新潮文庫の『檸檬夫人』とあわせてそのうち読
んでみよう。

 鬼六作品といえば延々と続く執拗な言葉による羞恥責めの情景が印象に強く、時
代物官能小説にもっとも濃く漂うその「和風」というべき淫靡さに魅かれてもきた
ので、関西人・団鬼六の魅力について、著者が「SMという用語を容易に使うのが
はばかられるほど、マルキ・ド・サドやザッヘル‐マゾッホとは一線を画する鬼六
の耽美的世界は、実は日本文化に置いてこそ花開けたのではないか」(序)と書い
ていることにいたく共感を覚えた。

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