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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.235 (2004/05/08)
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 □ フレデリック・ベグベデ『文学の墓場』
 □ 池内紀『二列目の人生』
 □ 池内紀『カフカの書き方』
 □ 木田元『猿飛佐助からハイデガーへ』
 □ 幸田真音『偽造証券』
 □ 幸田真音『凛冽の宙』
 □ 幸田真音『代行返上』
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ゴールデン・ウィーク(というのは映画業界の言葉で、NHKは「大型連休」で対
抗したらしい)前後に読み散らかした本たちが40冊近く。短期間にこれだけ読ん
だことはめったにない。このMMも10日連続で、明日も出すつもり(こんなこと
は二度とやりません)。

──No.231の前口上で書きもらしたこと。白洲正子と村上春樹をつなぐもの
は、もしかすると「単性」「複姓」「両性」「無性」といったことなのかもしれな
いし、そうではないのかもしれない(意味不明ですよね)。
 

●836●フレデリック・ベグベデ『文学の墓場〜20世紀文学の最終目録〜』
                    (中村佳子訳,角川書店:2003.9.5)

 文学を神聖視しないこと。このことを肝に銘じて書かれた書評集。六千人のフラ
ンス人による投票で選ばれた五十の作品(学校で読まされた本)のリストアップは、
第50位の『ナジャ』(憲兵隊長の小倅、ブルトン=スパイダーマンが書いた風変わ
りな「自伝的バラード」もしくは「詩的な恋愛小説」)から第1位の『異邦人』(
「人生は意味がないほど、現実味がある」と自分の実存主義を簡単な標語にまとめ
たカミュによる、非常に短い文章で書かれた短い小説。自分の母親が死んだ日さえ
知らない「なにかずれてしまった」若者の物語)まで。第26位の『黒の過程』(ユ
ルスナール)など、「ゾンビものではあるけれど、なによりタイムマシンの一種だ。
この後。このカテゴリーに入ったのが、ミシェル・トゥルニエだ。まあ、もっと秘
教的ではあるけれど」と書かれている。

●837●池内紀『二列目の人生 隠れた異才たち』(晶文社:2003.4.30)

 「もうひとりの熊楠」とラベルの貼られた大上宇市は揖保郡新宮町の生まれ。池
内紀は私と同じ姫路の生まれだから、播磨の同郷人。こんな菌類研究家・博物学者
が郷土にいたとは知らなかった。地味だけれども興の尽きない十六人の「二列目の
人生」(二流の人生ではない)は、最近、白洲正子の著書で知った「きまぐれ美術
館」の洲之内徹や、かつて愛読した『分類の発想』の中尾佐助まで入っていた。「
埋もれていることの不当さを申し立て、再評価を力説するといったことは考えてい
なかった」。この姿勢が、地味だけれども味わいの深い本を世に送り出した。

●838●池内紀『カフカの書き方』(新潮社:2004.3.30)

 カフカがどのようにして小説をつくったのか。私(池内)はそれをそばで見てき
た。あとがきにそう書いてある。手稿版全集を訳したからである。『カフカ小説全
集』全六巻(白水社)。私はそのうち『失踪者』を読んだ。大学生の頃、角川文庫
の『アメリカ』を読んだことがあった。そのときは主人公が新大陸へ上陸したあた
りで中断した。つまりほとんど読んでいない。面白くなかったからだ。これは私の
知っているカフカではない。『変身』や『城』を書いた作家の作品ではない。そう
思った。それでは私の知っているカフカとは何だったか。たぶん実存主義だとか不
条理だとか「孤独の三部作」だとかの出来合の言葉で損なわれたものでしかなかっ
たろう。その頃はまだカフカの面白さを、自分の眼と頭と身体で味わった面白さを
素直に表現する言葉を知らなかった。いまならこう言える。上質のユーモア小説。
『失踪者』はスラップスティック・コメディとして最高だった。

 本書には「「変身」の誕生」「「失踪者」の行方」「「審判」の構造」「短編集
のできるまで」「「城」のあり方」「二人の「断食芸人」」の六つの文章が収めら
れている(それぞれのタイトルが秀逸)。たとえば「「失踪者」の行方」は、『失
踪者』と『ライ麦畑でつかまえて』の引きくらべ(『ちいさなカフカ』に収められ
た「少年」でも同じ話題がとりあげられていた)にはじまって、カフカのトラウマ
説(『失踪者』の主人公が女中に誘惑される話はカフカの実体験だとする解釈にも
とづく)に軽くふれ、熱烈なシオニストであったマックス・ブロートによる物語の
結末の改竄(「罪なき者がアメリカの罪深い都市社会から抜け出て、自然な共同体
へと入っていく。オクラホマは約束の地であり、恩寵の場所である──」、つまり
オクラホマはイスラエルである)へと説き及ぶ。

 カフカはいい。正確には、池内紀の手の入ったカフカはいい。『小説全集』の残
り5巻を早く読もう。

●839●木田元『猿飛佐助からハイデガーへ』
                (グーテンベルクの森,岩波書店:2003.9.26)

 小学校時代の愛読書、吉川英治の『神州天馬侠』から農業専門学校時代の二葉亭
四迷訳『四人共産団』へ。詩歌遍歴の後、小林秀雄の『モオツァルト』『無常とい
ふ事』にショックを受け、ドストエフスキーからキルケゴールを経て『存在と時間
』へ。中央大学に就職してからメルロ=ポンティを読みはじめる。一方で無類のミ
ステリ好き、もっとも入れこんだのは山田風太郎の明治小説。──こんな「自分史
」を書くのは楽しいだろうと思う。記念に一節、引用しておく。

《私は哲学を幾何学で言われる、補助線のようなものではないかと思っている。補
助線は与えられた図形のうちに現実に存在するわけではなく虚構的[フィクティヴ
]なものであるが、それが引かれることによって、その図形の隠された構造が浮か
びあがってくる。哲学も、同じような意味で世界や社会や歴史の外に引かれる補助
線のようなものではないのか、と。それはともかく、哲学にかぎらずほかの学問で
も、一つの問題に取り組んでそれを読み解く道筋には謎解きのようなところがある
のではなかろうか。せいぜいミステリを読んで推理力を鍛えておくと案外役に立つ
かもしれないよ。》(194頁)

●840●幸田真音『偽造証券』(新潮文庫:2000.9.1/1997)

 金融小説が猛烈に読みたくなった。これまで目にしたなかでは、川端裕人『リス
クテイカー』、橘玲『マネーロンダリング』、黒木亮『アジアの隼』といった作品
が印象に残っている。幸田真音は『傷』と『日本国債』を読んだ。新鮮で面白かっ
たけれど、小説としての醍醐味がイマイチだった。『偽造証券』も序盤から中盤に
かけてはとてもよかったし、期待がもてた。しだいに物語の進展が腑に落ちなくな
り、最後で予想どおり肩すかしをくらった。

 『凛冽の宙』の文庫解説で岸井成格さんが、幸田作品の本質はノンフィクション
とも経済小説とも違うジャーナリズムのジャンルだ、つまりジョーナリストの感覚
と手法をもって書かれたこの国と国民への警鐘=直訴状だと言っている。なるほど。
そうだとするとこの作品の読み所は「偽造証券」をめぐるサスペンスにあるのでは
なくて、三人の女性と一人のゲイの視点から浮き彫りにされるこの国と国民の体質
や気質にあるのだ。(金融システムほど国と国民の体質・気質を濃厚に反映するも
のはない。)その意味では、原題の『ニューヨーク・ウーマン・ストーリー』の方
が内容にふさわしい。(読後、どういうわけだか村上龍の『愛と幻想のファシズム
』を読み返したくなった。)

●841●幸田真音『凛冽の宙』(小学館文庫:2004.5.1/2002)

 小説としては、中折れ、破綻、最後で自爆。紋切り型の人物造形、もってまわっ
た(いかにも小説風の)シチュエーション、凝りすぎた(いかにも小説風の)スト
ーリー展開、思わせぶりな回想シーン、情感が空回りして緊迫感を欠く構成、細部
を素通りする叙述、等々、欠点をあげれば切りがない。物語作家としての力量が問
われる肝心要のところで、逃げを打っている。だから、エンターテインメント小説
としてのコクがないし、余韻もない。ここにあるのは、日本と日本人への「警鐘」
(解説の岸井成格の言葉)というか絶望、そして、500億円の不良債権が「みん
なハッピー」に解消するパズルのようなディールのアイデアだけ。あと一つ、意味
不明の、でもそそられるタイトルだけ。それにしても惜しい。素材がいいだけに惜
しい。

●842●幸田真音『代行返上』(小学館:2004.3.10)

 小説家としての幸田真音には騙され続けてきた。だのに性懲りもなくまた読んだ。
この作品は面白かった。この面白さは『日本国債』を読んだ時に覚えたのと同類だ
った。小説としてはまるでだめなのだが(やたらと回想をおりまぜる叙述スタイル
には本当にイライラさせられるし、安っぽい人間ドラマにも辟易させられる)、そ
もそもこの作者にエンターテイメントを求めるのが間違いなのだから(岸井成格さ
んによると、幸田作品の本質はノンフィクションとも経済小説とも違うジャーナリ
ズムのジャンルなのだから)、最初からそう思って読んでいくとストレスがない。
それにしても惜しい。多田亮一にしろ今井理美にしろ一本の長編小説のヒーロー、
ヒロインとして充分に活躍が期待できる素材を用意しながら、肝心の小説が始まる
ところで終わっているのが実に歯がゆい。(この読後感はどことなく村上龍の『希
望の国のエクソダス』を思わせる。)

 河野俊輔が語る言葉、とりわけ「エピローグ」に出てくる言葉がジャーナリスト
としての著者が本書に込めたメッセージだ。──「そうだ。それがいま、もっとグ
ローバル化した現在の社会になってだ、どうやって民間の資金を吸収し、それをど
の分野に資金供給して、このあともずっとこの国を成長させていくか。そういうこ
とを、年金制度を通してどう進めていくかだよな。もちろん国民の利益のためだけ
ど、そこまで考えた大きな視野でもって、国全体を見ることこそが、いまは必要な
んだよ」「そうだよ、そのとおりだ。年金問題は単独では語れない。経済政策も、
財政の問題も、雇用のことも、金融システムも、みんな根っこはひとつなのさ。全
体の金融構造を考える視点が必要だよ。それなのに、いまは、ぜんぶ途切れている。
いまは、根本的なところで繋がっていないんだ。それどころか、ひとつひとつの政
策ですら、満足なものがないんだもんな」(274頁)。「そうですよ。日本の金融
業界は、いずれ大きく変化しますよ。これまで思いもつかなかったような変革を遂
げるはずです。…日本の本当の夜明けが来るんだと、僕は思っています」(エピロ
ーグ,429-430頁)。

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