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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.233 (2004/05/06)
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 □ ロバート・D・パットナム『哲学する民主主義』
 □ 神野直彦他著『ソーシャル・ガバナンス』
 □ 宇沢弘文他編『都市のルネッサンスを求めて』
 □ 松原隆一郎『長期不況論』
 □ 姜尚中『在日』
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●826●ロバート・D・パットナム『哲学する民主主義
     ──伝統と改革の市民的構造』(河田潤一訳,NTT出版:2001.3.30)

 本書の要約。「社会的文脈と歴史は制度の有効性を深い所で条件づける」(228
頁)。「社会資本の構築は容易ではないが、社会資本は、民主主義がうまくいくた
めの鍵となる重要な要素である。」(231頁)

 ──最終章を読んで、「回転信用組合」(rotating credit association)とい
う言葉を知った。それは「一種の非公式の相互金融システム」のことで、「世界各
地で、ナイジェリアからスコットランドまで、ペルーからベトナムまで、日本から
エジプトまで、アメリカ合衆国東部に住む西インド諸島からの移民から西部のメキ
シコ系アメリカ人まで、字の読めない中国の村民からメキシコシティの銀行支店長
や経済予測家まで報告されている」(207頁)。

 クリフォード・ギアーツは日本の「講」について、「日本の村に共通して見出し
うる、日本古来の相互扶助のいくつかの形態(労働力交換のパターン、贈物のやり
取り、共同家屋の普請や修理、死・病気その他の個人的な危機の際の隣保共助など
を含む)の一つにすぎない。ジャワの農村部と同じく回転信用組合は、単純な経済
制度以上のものである。回転信用組合は、村の全体的な連帯を強化するメカニズム
である」と書いている。これに続く著者の記述が面白い。

《通常の資本の場合と同様に恵まれた人ほど、より多くの社会資本を蓄積する傾向
にある──「持てば持つほどに多くを手に入れるのである」。(略)例えば、信頼
といった社会資本の大半の形態は、アルバート・ハーシュマンが、「道徳資本」と
呼ぶもの──資本の供給が使われるほどに増大し、もし使われないと枯渇する資源
──である。二人がお互いの信頼を多く示せば示すほど、両者の相互信頼は大きく
なる。(略)社会基本やネットワークといった他の形態の社会資本も、使うと増え、
使わないと減る。とにかく、社会資本の創造と破壊は、好循環と悪循環によって特
徴づけられるだろうと心得るべきなのだ。》(210頁)

●827●神野直彦・澤井安勇編著『ソーシャル・ガバナンス
          ──新しい分権・市民社会の構図』(東洋経済:2004.2.12)

 本書巻末の「提言」から。《…自立的市民の信頼・強力関係(社会資本)の存在
が、地方分権による民主主義の高いパフォーマンスを生み出し、ひいては経済的発
展をもたらすというロバート・パットナムの実証研究もあるが、ヨーロッパのよう
な都市自治、市民自治の長い歴史をもたないわが国においては、ソーシャル・ガバ
ナンスの実現には、まず、自立的市民セクターを育む社会的装置、すなわち、イン
キュベーター(保育器)として、ボトムアップ型意思決定を可能とする民主的分権
社会の強固な枠組みを整備し、さらに、一定期間、さまざまな社会参加・行政参加
の社会的学習過程を体験実施する必要がある。》(260-261頁)

 その具体的方法として二つ、「各自治体の条例により、近隣自治政府的な自治体
機能の一部を委任した一種の特区を実験的に設置し、一定期間、社会的実験を行い、
結果により制度化を図る、というスキーム」(258-259頁)と、EU諸国に倣った「連
邦制またはそれに近い州レベルでの広域地方政府の確立」(261頁)が挙げられてい
る。ここには啓蒙主義的な匂いが濃く漂う。

●828●宇沢弘文他編『都市のルネッサンスを求めて
      ──社会的共通資本としての都市1』(東京大学出版会:2003.5.21)

 日本政策投資銀行設備投資研究所の Economic Affairs シリーズ7。『21世紀の都
市を考える』(理論編)の姉妹編(実例編)。──「ここ20年間の欧州都市再生の試
行錯誤は、経済的対策優先、フィジカルな再開発先行が疲弊地区にとって逆効果であ
るという認識を浮き彫りにした」。住人の経済的安定より人間的な生活の回復を優先
させる政策、つまり公共空間の蘇生による生活の質的向上を促す手法。「人間的な生
活を取り戻すことがきっかけになって自発的に経済活動に加わる可能性が広がる。/
R.パットナムは、イタリアの南北で異なる民主的諸制度のパフォーマンスは、常識
的に考えられているように経済発展の格差よりも市民的伝統の違いで説明されること
を定量的方法で明らかにしようとした」(岡部明子,33頁)。──技術進化を促進す
る「知の生態系」としての都市というアイデア(酒巻弘)が面白い。

●829●松原隆一郎『長期不況論──信頼の崩壊から再生へ』
                        (NHKブックス:2003.5.30)

 終章(「復活した情念論」の項)で紹介されているA・ラヴジョイの『人間本性考
』が面白い。ラヴジョイによると、人間が秩序ある社会を作りうる一つの理屈は制度
(民主制)だが、いまひとつはそうした制度の枠組みによらず、承認願望・自己称賛
・競争心の三つの心理(情念)の絡み合いによって人々が自生的に社会秩序を築く場
合である。著者は、この三つの情念は「まさに現代の若者たちの心理そのものではな
いか」(236頁)と言う。それは若者だけではない。日本経団連の初代会長に就任し
た奥田碩は、所信講演で「共感と信頼」という言葉を使った。《「共感と信頼」は、
内輪の似た者に対して向けるのでは、自分を信じるということでしかない。「他者が
自分と異なるものを求め、生きていること」へ向けるとき、共感や信頼が本来の意義
を持つ。そして各人の相違は、社会背景から生まれるだろう。したがってそれは、景
観も含む地域の伝統や各国に異質なルール、生産と消費の多様な慣行に対する共感や
信頼でもある。》(239-240頁)

●830●姜尚中『在日』(講談社:2004.3.23)

 姜尚中は中学生のある日、突然吃音になってしまった。「小林秀雄は日本人とは日
本語という母胎にくるまれた存在で、その母胎を通じて日本的な美意識の世界を形づ
くってきたという趣旨のことを述べているが、わたしはある意味でその母胎となる共
同体から拒絶されている感覚を持ち続けざるをえなかったのである。そのはじき出さ
れるような違和感が、身体化され、吃音となって表出したのではないか。うがち過ぎ
かもしれないが、わたしにはそう思えたのである。」(94頁)

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