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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.232 (2004/05/05)
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 □ 太田肇『ホンネで動かす組織論』
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●825●太田肇『ホンネで動かす組織論』(ちくま新書:2004.4.10)

 私は著者とは年来の友人だ。処女作以来、10冊目になるという本書まで、その
著書にはほとんどリアルタイムで接してきたし、時には雑談やメールのやりとりを
通じて、著者の思考の現場に立ち会ったことも再々ならずある。だから、著者がこ
れまでに培ってきた学識や現場体験、構築してきた理論のほぼすべてを投じて、本
書で論じ提唱しようとした事柄は理解できるし、共感もできる。でも、一読者とし
て、それも新書を読む読者の立場で本書を見たとき、どうしても拭えない不満が残
る。それは一つには構成上の問題で、いま一つはホンネとタテマエという対概念が
もつ曖昧さから来る問題だ。

 第一の問題。本書で圧倒的に面白いのは「あとがき」である。著者はそこで「賃
労働とは何か」「組織で働くとはどういうことか「そもそも働くとはいかなるリア
リティとかかわっているのか」という根本問題を、自らの原体験に即して述べてい
る。私が著者の研究に心底からの共感を覚えるのは、この根本問題を私もまた解決
不能の問いとして、言い換えれば自らその問いを生きるプロセスの継続のうちでし
か解き得ない問題として共有しているからである。本書はむしろそこから始められ
るべきであったと思う。そして、3部構成の第3部「ホンネからの組織づくり」へ
とダイレクトに進むべきであった。そこで論じられていること、つまり冷徹な私利
私欲の認識と行動における志の高さとの両立可能性こそが、本書の魅力のすべてで
あって、第1部「なぜ、やる気がでないのか」、第2部「ホンネの抑圧が組織を滅
ぼす」で延々と論じられる陰鬱なタテマエ論の弊害などに多くの頁を割くことはな
かった。それを書くことでこそ第3部の輝きがもたらされたのだとしても、それは
著者のみに閲覧の許された筐底の奥深くにしまいこむべきであった。次元の低い話
だからではない。イデオロギー暴露はもはや衝撃ではないからである。

 第二の問題。タテマエとは、公に流通している虚偽意識としてのイデオロギーの
ことだろう。ホンネとは、公に表現されない私的な内面の真理のことだろう。しか
し、タテマエは実は志の高さと紙一重である。タテマエ論の名でもって切り捨てら
れるとき、正論や理念や志は虚偽意識としてのホンネに屈するしかないだろう。ま
た、ホンネは意識されるとは限らない。本人でさえ気づかぬこと、表現されてはじ
めて事後的・遡及的リアリティをもちうる無意識(欲望)としてのホンネもある。
そもそも真理、真実とはそういうものなのでないか。ホンネ論の名でもって称揚さ
れるとき、私利私欲(欲望)が本来もつ鋭敏な他者、外部への嗅覚は損なわれ、閉
ざされた回路のうちに回収されてしまうだろう。生権力論や無痛文明論などの大が
かりな理論をもちだすまでもない。タテマエ、ホンネの一見わかりやすい対概念は、
そのわかりやすさを逆手にとられて浅薄なモチベーション論に利用されるのがオチ
である。それは著者の真意ではなかろう。

 何事であれ、誉めるのは容易い。批判は実にやっかいである。タテマエを垂れ流
すのは楽だが、ホンネを表現するのは面倒だ。繊細な気遣いと細部への誠実が求め
られる。私はただ辛口の言葉を並べただけで、論証の辛さを自ら引き受けていない。
それは百も承知の上で、性急に読中、読後の印象と感想に言葉を与えた。私は悔し
いのだ。泥(俗)のうちに蓮(志)の萌芽を見出そうとする著者の方法は正しい。
だったら蓮の花を咲かせてほしかった。労働と美学。この近代の骨盤をなす問題に
もっとダイレクトに取り組んでほしかったと思うのである。

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