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■ 不連続な読書日記 ■ No.221 (2004/04/03)
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□ 佐野眞一『東電OL症候群』
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●792●佐野眞一『東電OL症候群[シンドローム]』(新潮文庫:2004.1.10)
先に続編を読んだ。本編(『東電OL殺人事件』)はまだ読んでいない。そもそ
もこれまでこの事件自体にほとんど関心を払ってこなかった。だから「孤独の淵の
ぎりぎりまで追い詰められながら、それでもなお他者との関係をあきらめたくない
都会の女性」(294頁)たちが殺された東電OLの「磁力とか巫女性」に感染して
著者に寄せた手紙に心を動かされることはなかった。「代々木練兵場に近い円山町で起きたOL殺人事件に私が激しく発情したのは、
二・二六事件の青年将校たちを処刑する銃声や、大杉一家が最後にあげた断末魔の
声が、その事件の底からかすかに聞こえてくるような気がしたからかもしれない」
(304頁)とか「私は彼女とこの事件に強く「発情」したからこそ、その根源を探
るため、続編まで書いている」(439頁)という著者の文章に深く感じ入るところ
もなかった。それどころか東電OLの心の闇と冤罪にさらされたネパール人被告をめぐる司法
の闇の二つの物語の交点がいまひとつ腑に落ちなかった。著者は「この事件を追いながら、殺された渡辺泰子の視線をずっと背中に感じて
きた」「私にとって東電OLは、闇の世界に向かって想像力を羽ばたかせる黒い翼
のようなものだった」といい、死んだ東電OLの「まなざしに憑依された視線のな
かで、二審裁判長の高木の歪んだ心性があぶり出されたように感じた」(351頁)
と書いている。しかしそれは現代における聖なるもの(拒食症の街娼)とチープなもの(少女買
春する裁判官)とを強引に結びつける物語的想像力の合理化の弁でしかない。それもたとえばダムに沈んだ村と円山町のラブホテル街とのつながりから東電を
連想し、殺された東電OLと父親との関係をエレクトラ・コンプレックスに擬すと
いった「チープな」想像力(スキャンダル的想像力)でしかないものであって、表
象不可能なもの(闇・欲望)を強制的に表象化する装置としての司法制度やマスコ
ミがその根源にかかえている想像力と同根だ。「この事件の「罪」は一体誰が背負うのか。「罰」は誰に科されるのか。東電O
Lを衝き動かした心の闇は、人として生まれてしまった孤独さゆえに誰かに繋がり
たいという性の欲求にさいなまれる人間存在の原罪を問うように、いまも彷徨い憑
依しつづけているのだろうか」(426頁)と著者はこの作品をしめくくっているの
だが、ここにあるのは現代の神話作家(実名報道による高級ゴシップ作家)の舞い
上がりでしかない。──以上に書いたことはほぼ二月近く前、本書を読み終えた直後のあの名状しが
たい感銘の質を裏切っている。『M/世界の、憂鬱な先端』(吉岡忍)に匹敵する、
もしかすると『冷血』(カポーティ)にさえ拮抗しうる読後感。たとえば次に引用
する文章などに私は痺れたし、深く感応したはずだった。だのにどうしてこういう
ことになるのだろう。当事者以外の人間にとって所詮はチープな時代のチープな事
件にすぎなかったということなのだろうか。よくわからない。《渡辺泰子は、東電のエリートOLからかさぶただらけの式部となって畜生道に墜
ちていった。彼女は、人びとの胸に沈澱した「物語」を紡ぎ出させる強力な巫女性
の持ち主だった。泰子の磁気は、それにふれたキャリアウーマンたちを痺れさせた
だけでなく、彼女たちが立っている地面ごとどこかへ滑り落としてしまった。彼女
たちに感応した「物語」を生きているのは女たちだけではなかった。/泰子のかり
そめの売春客となったゴビンダは、ほぼそれだけの理由で、都合よく描かれた検察
の「物語」の闇に落ちていった。》(107頁)《この事件は、なぜこうも多くの人びとを感応させ、つき動かしてしまうのだろう
か。それはおそらく、この事件が、人間存在にとって最も根源的なものをあまりに
も多くはらんでいるからだろう。性、権力、親と子、組織と個人、肉体と言語、孤
独。この事件には、人間というものに生まれてきてしまった者の実存の不安と哀し
みが、決壊寸前のダムのようにあふれている。》(294-295頁)〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
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