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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.219 (2004/03/07)
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 □ 大沢在昌『心では重すぎる』
 □ ジョナサン・ラブ『ミネルヴァのふくろうは日暮れて飛び立つ』
 □ 富岡多恵子『ひべるにあ島紀行』
 □ マイケル・D・ガーション『セカンド ブレイン』
 □ 深川洋一著『タンパク質の音楽』
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このところ、ほんのわずかの隙間の時間をねらって、本の部分読み(拾い読みとは
少し違って、目に止まった箇所や気に入った文章を繰り返し熟読玩味する)をした
り、出版社のPR雑誌やWEBやメールマガジンやらに掲載された短い文章に眺め
いったり、ふだんじっくり読むことのない新聞や週刊誌の記事を精読したりと、目
にした活字の総量はけっこう多いと思うけれど、書物を一冊しあげるという意味で
の読書からは遠ざかってしまって、でも、そういった断片的な読み込みの方がかえ
って刺激的だったりするものだから、すっかりこのMMのことを忘れていた。

──そういうわけで、今回、『心では重すぎる』以外は昔書いたもののリユースで
す。(これで「ストック」は底をついた。)
 

●784●大沢在昌『心では重すぎる』上下(文春文庫:2004)

 大沢在昌は「新宿鮫」以外読まないことに決めていた。『雪蛍』(佐久間公シリ
ーズ長編の前作)や『天使の牙』にいまひとつ酔えなかったので、臆病になってい
た。タイトルに惹かれ、文庫本の装幀と「渋谷を舞台に“現代”を描ききった傑作
巨編」という謳い文句に心を動かされて、思わず手を出した。上巻から下巻の頭ま
では、陶酔への予感と期待がしだいに高まっていってとてもいい感じだった。最後
ではずした。「あの少女を理解したい、という欲望が強くあった。理解することが、
探偵としての私の復讐なのだ」(下巻317頁)。ほとんどこの作品のキメになる台
詞が宙に舞い、物語が砕け散っていった。(すこし丁寧に読み過ぎたせいかもしれ
ない。だから登場人物たちの心情のリズムに乗りきれなかったのかもしれない。)
福井晴敏が解説で「ほとんど私小説に近い作品」と書いている。見事な評言だが、
考えてみればそれはハードボイルドというジャンルの定義そのものだ。

●785●ジョナサン・ラブ『ミネルヴァのふくろうは日暮れて飛び立つ』
                      (野村芳夫訳,文春文庫:1999)

 COS(国務省管理委員会)工作員サラ・トレントとコロンビア大学教授で政治
学者のアレクサンダー・ジャスパースとの出会いから、16世紀のベネディクトゥ
ス会修道士によって書かれた手稿を求めてフィレンツェへ、ロンドンへと向かうあ
たりまでは、結構いい味が出ていたように思ったのだけれど、物語としての興奮と
陶酔にやや欠けた。(後半、ちょっと飛ばして読んだからかもしれない。)月並み
な言い方だが、悪と組織を描くのはやはり難しい。訳者はあとがきで「イアン・フ
レミングとウンベルト・エーコを巧みに融合した」作品とする書評を紹介し、自ら
は「ユニークな政治哲学ミステリーになっているのではないだろうか」と書いてい
る。もう少しコクとヒネリが要るだろうし、肝心の政治理論がつまらいと思う。文
庫本673頁中67頁の分量で、エウセビウス・アイゼンライヒ著/アレクサンダー・
ジャスパース訳『至上権論』(1531)が掲載されている。訳者の「一部の方には巻
末は読まないようにお願いしたい。あまりにも危険な書だから」という助言に従っ
て読まなかった。(ひょっとすると、この「マキアヴェリを超える、究極の支配マ
ニュアル」の中にコクとヒネリが凝縮され、作品が完結するといった趣向が凝らさ
れているのかもしれない。が、それはいつか来るかもしれない再読の日の楽しみに
とておこう。)

●786●富岡多恵子『ひべるにあ島紀行』(講談社:1997)

 ジョナサン・スイフトをめぐる文章と、冬の国(ひべるにあ)の西の島(アラン
島)での滞在記(ケイあるいはK、ケルトの紋章=生活の象徴化をデザイン・ソー
スにするハンナとの語らいなど)、架空の国ナパアイのこと、浪之丞やらユリオや
らアメ太郎のこと。──これら四つの世界が、それこそケルトの文様のようにから
まり、ユーラシア大陸の極東と極西、過去と現在が、それこそケルトの組紐のよう
にあざなわれていく。でも、いってみれば、まあそれだけのこと。なのに、最後ま
で読ませる筆力はさすが。

●787●マイケル・D・ガーション『セカンド ブレイン』
                      (古川奈々子訳,小学館:2000)

 副題が「腸にも脳がある!」で、本書の内容はこの一言で尽きている。著者は、
セロトニンが腸神経系の神経伝達物質であることをつきとめた神経生物学者。「腸
の脳」が神経症にかかることだってあり得るし、パーキンソン病やアルツハイマー
病は脳だけではなくて腸神経系をも冒すのだと著者はいう。また、身体のデザイン
原理を一言でいえば、「人間は中空」(T・S・エリオットの言葉)であり、この
チューブは口に始まり、肛門に終わる。(このくだりを読んで、私はかのイナガキ
・タルホを想起した。)その他、「腸は体表面が体内を通り抜けるトンネルなので
ある」とか「のどから奥は自動機械」など、あれこれ妄想をふくらませるヒントが
ちりばめられていた。養老孟司氏の「紹介と解説」もついていて、休日の午後をの
どかに過ごすにちょうどいい読み物。

●788●深川洋一著『タンパク質の音楽』(筑摩書房:1999)

 最近、深川洋一さんの『タンパク質の音楽』を読みました。著者の紹介によれば、
いかなる研究機関にも所属しない「独立の物理学者」ジョエル・ステルンナイメー
ルは、タンパク質を合成する際、アミノ酸が発する波動(物質波)の音楽的性質に
着目し、その振動数を七六オクターブさげることで「タンパク質の音楽」へと変換
したとのこと。これを生物に聞かせることで、共鳴現象を通じて対応するタンパク
質の合成を促進もしくは抑制することができるというのです。

 実際、このことはトマトの栽培で実証されたし、いずれは究極の「音楽療法」に
使えそうです。さらにこの理論を応用すれば、二年前の「ポケモン事件」の原因も
解明できるのだそうです。というのも、タンパク質と音楽がともに「波動」である
ことで結びつくのであれば、電磁波という波動による光(色彩)とも対応させるこ
とができるからです。以下、ステルンナイメール博士から著者に届いた手紙。

《『ポケットモンスター』のビデオ、確かに受領。問題のシーンは、オレンジ−青
−オレンジ−青−オレンジ−オレンジ−青−オレンジ−青−……が速いスピードで
変化していた(一秒に二四カット)。アミノ酸の色のコードは知っているだろう。
この配列は、主に神経ペプチドの受容体に現われるんだ。その第一が、GABA受
容体(β3鎖[てんかんに関係する部分])だ。》

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