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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.214 (2004/01/18)
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 □ 和田迪子『万能感とは何か』
 □ アルンダティ・ロイ『帝国を壊すために』
 □ 太田肇『選別主義を超えて』
 □ 金子勝『経済大転換』
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●763●和田迪子『万能感とは何か──「自由な自分」を取りもどす心理学』
                          (新潮文庫:2002.7.1)

 秋が深まるあたりから心身と頭のバランスがうまくとれなくなって、ぎくしゃく
した毎日を過ごしていた。集中して本を読むことができないし、読んでも頭に残ら
ない。ましてや、読み終えた本の感想など書く気が起きない。

 たとえば、森岡正博『無痛文明論』とか保坂和志『書きあぐねている人のための
小説入門』とか中沢新一『精霊の王』など、ふだんならとっくに読み終えて今頃は
きっと受けた刺激の余韻を存分に味わっていただろう本たちも、読みかけのまま年
を越すことになりそうだし、著者本人からサインをいただいたオギュスタン・ベル
ク『風土学序説』も、そこに示された「コーラ=風土」説が『精霊の王』の論考と
見事に響き合っていて、久々の高揚を覚えたにもかかわらず、その後が続かない。

 アルンダティ・ロイ『帝国を壊すために』や太田肇『選別主義を超えて』などは
10月のはじめには読み終えていたのに、やっと暮れになって、それも覚え書き程
度の記録をつけるのが精一杯のありさま。茂木健一郎『意識とはなにか』とか養老
孟司・茂木健一郎『スルメを見てイカがわかるか!』は、とうとう年内に感想を書
くことができず、翌年にもちこし。

 そこで、年末の(気だけ)あわただしいなかを(たった)二日ほど割き、「ここ
ろとからだとあたまの手入れ」をやって、その更新をはかってみた。『万能感とは
何か』のほかにも、菊池佑二・栗原毅『血液サラサラで病気を防ぎ治す──生活習
慣病から痴呆まで』とか中島恵子監修『脳のリハビリ訓練ドリル』、齋藤孝『呼吸
入門』や植島啓司『「頭がよい」って何だろう』、それから以前同じ心身状態に陥
った時に買って、読まずに放置していたイアン・ロバートソン『マインズ・アイ』
や野口晴哉『整体入門』なども読み囓った。

 ついでに、「住まいは、生き方 地球生活マガジン」と銘打たれた季刊誌『チル
チンびと』(特集:「和」のある住まい)を絵本がわりに眺めながら、「生き方の
更新」を模索してみた。結果は、期待したほど劇的なものではなかった。あたりま
えの話だけれど、「こころとからだとあたまの手入れ」や「生き方の更新」には時
間がかかる。

 ──「精神分析の口語版」といわれるTA(交流分析)の入門書を読んでいて、
いろいろ思うところがあった。精神分析というものは、結局、西洋形而上学を「技
術」として使っているだけではないか(ここのところは、木田元『反哲学史』から
の受け売り。「ハイデガーは、こうしてヘーゲルのもとで形而上学は理論[テオリ
ー]として完成され、以後は技術として猛威をふるうことになる、と言っておりま
す」)。だから、TAがめざす「子どもの心」(魔術やファンタジーの世界に根ざ
した万能感)から「大人の心」(現実検討能力)への変更は、結局、西洋近代流の
個人を再生産するだけなのではないか。

 それから、『無痛文明論』に出てくる「条件付きではない愛」や「共犯関係的支
配」の話題などは、ほとんどTAの議論そのものではないか。でも、これらのこと
を立ち入って考えるだけの気力と根気が続かない。とにかく文章を書くのが億劫で、
これではどうしようもない。

●764●アルンダティ・ロイ『帝国を壊すために──戦争と正義をめぐるエッセイ』
                    (本橋哲也訳,岩波新書:2003.9.19)

 帝国の二つの定義。第一に、帝国とは「アメリカ的生活様式」のことである(「
アメリカの新しい戦争にとって勝利とは何か」と尋ねられたラムズフェルド国防長
官は、「アメリカが自分たちの生活を続けられることを世界に納得させられればそ
れが勝利だ」と答えた)。第二に、帝国とは「新自由主義的資本主義」のことであ
る。その婉曲語法は「民主主義」であり、反対語は「世界の複数性」である。

 帝国とはフィクションである。そこでは事実など問題にならない。これに抗する
ためには、記憶を研ぎ澄まし、歴史から学ばなければならない(たとえば1973年9
月11日、チリの軍事クーデターのこと、1922年9月11日、イギリス政府によるパレ
スチナの委任統治宣言のこと、1990年9月11日、ブッシュ・シニアによるイラクに
対する戦争の決定発表のこと、そして2001年9月11日の同時多発テロ)。

 また、帝国とは誇大妄想だ、なぜなら帝国は下腹部(経済組織)に弱点があるか
ら。市民的不服従と商品ボイコット(民衆による経済制裁)によって帝国を包囲す
ること。

 ──ペンは剣より強いというけれど、武に拮抗しうる文章の力を実感することは
そうざらにあることではない。口語文や女言葉、時にはあやしい関西弁まで「駆使
」した訳文にはちょっと疑問を感じないではなかったけれど、それはまあ許せる。
本書に収められた八篇のエッセイで著者が身をもって伝えようとしたことは、生き
た人間がつむぎだす言葉の力そのものなのだから。

《わたしたちの戦略、それはたんに〈帝国〉に立ち向かうだけでなく、それを包囲
してしまうことだ。その酸素を奪うこと。恥をかかせること。馬鹿にしてやること。
わたしたちの芸術、わたしたちの音楽、わたしたちの文学、わたしたちの頑固さ、
わたしたちの喜び、わたしたちのすばらしさ、わたしたちのけっして諦めないしぶ
とさ、そして、自分自身の物語を語ることのできるわたしたちの能力でもって。わ
たしたちが信じるようにと洗脳されているものとは違う、わたしたち自身の物語。》
(145頁)

●765●太田肇『選別主義を超えて──「個の時代」への組織革命』
                          (中公新書:2003.9.25)

 本書のテーマ。──既存のパラダイム(組織の論理)を受け継いだ「革新」(序
列主義から能力主義・選別主義へ)ではなく、新しいパラダイム(市場・社会の論
理)に基づいて組織やシステムを根本から設計し直すこと。つまり21世紀型組織
への「革命」(選別主義から適応主義へ)のシナリオを描くこと。

 著者による回答。──個人を内側に囲い込み庇護する代わりにその内面まで管理
下におこうとする「大きな組織」から、個人の仕事を支援したり活動の場を提供す
るするための手段・インフラストラクチャーとしての「小さな組織」へ。この「組
織革命」のプロセスを著者は「旧来型組織による環境適応の限界→組織離れ→イン
フラ型組織による再生」と一般化している。

 本書のキモ。──就職と出世の二語でくくられた組織の時代の次にくるのが「個
の時代」で、そこでは「組織や制度よりも市場や社会[世間]の要求に応えながら
仕事をするシステム」が中心になる。そのようなシステムの源は「ある面では伝統
的な欧米の組織よりもむしろアジア、そして日本的風土のなかに見出すことができ
る。もしかすると、そこから一つのグローバル・スタンダードが生まれるかもしれ
ない」(193頁)。

 読者の感想。──組織と個人、内と外、西欧とアジア、等々。こうした二元論で
本書を読むのはミスリーディング。なにしろ「革命」なのだから、その実質は起き
てしまわなければわからない。起きてしまうと言葉の意味(「組織」と「個」を同
じ平面で対立させているパラダイム自体)が変わってしまうので、そもそも新旧を
比較して論じることなどできない。実践と理論の二元論だって同じことで、本書も
また「革命」のプロセスそのものを担っている。

●766●金子勝『経済大転換──反デフレ・反バブルの政策学』
                        (ちくま新書:2003.10.10)

 グローバリズムの行き着く先はユニラテラリズム(一国決定主義)と市場原理主
義と宗教原理主義の三位一体からできたブッシュイズムである。それがもたらすも
のは「終わらない戦争」であり「分裂と不安定の時代」である。日本経済はこうし
たグローバリゼーションのもとで喘いでいる。「資本デフレ→消費デフレ→輸入デ
フレ」と進んだデフレ不況はついに地域デフレという最終局面へと波及し始めてい
る。中山間地の集落崩壊、地方都市の崩壊(シャッター商店街)、大都市の空洞化
(急速な高齢化と地権の細分化がもたらす「日本型インナーシティ問題」)。

 この七○年ぶりの世界同時デフレがもたらした現実に対して、戦後経済(インフ
レの時代)の経験が培った思考法は無効である。冷戦下の思考様式では現代の日本
がかかえる三つの問題(不良債権処理の失敗による金融システム目詰まり、将来不
安のもとになっている年金や社会保障の目詰まり、不良債権と化したゼネコンや不
動産業救済が作り出した財政赤字)を解決することはできない。愚者は経験に学び、
賢者は歴史に学ぶ。「われわれは、何よりも普通の人々が普通に生きてゆける定常
状態を取り戻すことから始めなければならない。」──ただし、処方箋には乏しい。

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