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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.212 (2004/01/11)
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 □ 伊坂幸太郎『オーデュポンの祈り』
 □ 三浦しをん『ロマンス小説の7日間』
 □ 朱川湊人『白い部屋で月の歌を』
 □ 花村萬月『風転』
 □ 小谷野敦編『恋愛論アンソロジー』
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●753●伊坂幸太郎『オーデュポンの祈り』(新潮文庫)

【評価:B】
 どことなく高橋留美子の世界を思わせる、シュールで軽妙で(高所恐怖症の人間
ならきっとゾッとするに違いない)奇妙な浮遊感覚が漂うユーモア・ミステリー。
殺されるのは、鳥を唯一の友とする、優午という名の喋るカカシ。優午は未来を予
測することができるが、未来を変えることはできない。それはちょうど小説の中の
名探偵のようなもの。事件の真相を解明することはできるが、犯罪を止めることは
できない。舞台は、江戸時代以来ずっと鎖国のまま、ただ一人の「商社マン」によ
って外界とつながっている荻島。島には古くからの言い伝えがある。それは「この
島には何かが欠けている」というもの。先に探偵役が殺されてしまうという、倒叙
ならぬ倒錯したミステリーにふさわしい捻れた時空。これをファンタジーや寓話と
受けとってしまうと、この作品は楽しめない。記号を、それが意味するものにおき
かえて事足れりとするなら、それは論文を読むのと同じ。意味すること、あるいは
謎の解明プロセスそのものを楽しむのでなければ、小説を読む意味がない。たとえ、
記号に意味がないとしても。あるいは、真犯人がいないとしても。

●754●三浦しをん『ロマンス小説の7日間』(角川文庫)

【評価:C】
 歯の浮くような英国中世騎士道ロマンの翻訳を依頼されたあかりが、ボーイフレ
ンドの神名とのドタバタ騒ぎに苛立って、勝手に作品を書きかえてしまう。やがて、
フィクションとリアル、ロマンス小説と現実世界が渾然と一つになっていく。この
趣向にはちょっと期待させられもした。あかりがリライトするロマンス小説の部分
は、結構よくできている。でも、肝心のリアルの部分がちっとも面白くないし、翻
案部分とうまく噛みあっていかない。こういうのをアイデア倒れという。──太宰
治に「ろまん燈籠」という作品があるのを思い出した。正月の座興に、五人の兄弟
姉妹が交代で五日かけて一つの物語(王子とラプンツェルのロマンス譚)を書き継
ぐ。そこに子供たちの性格が露骨に反映していって、最後にちょっとした「感動」
を誘うオチがつくという、愛すべき小品だった。

●755●朱川湊人『白い部屋で月の歌を』(角川ホラー文庫)

【評価:B】
 表題作は、結末の意外性に新味がなく短編小説としてのキレはいまひとつだった
けれども、語り口が滑らかで、作品の外面に漂う淫猥でどこかいかがわしい雰囲気
と無垢で清純な内面世界とが品よくブレンドされていて、好感がもてた。併録され
た「鉄柱(クロガネノミハシラ)」は、丁寧に書きこまれた文章がしだいに薄ら寒
い世界を紡ぎだしていく筆の運びに非凡なものを感じた。ただ、描かれている出来
事や舞台設定はありふれていて凡庸。著者は、斬新なアイデアや読者を唸らせるト
リックで勝負するより、語り口で読者を惹きつけ物語の迷宮に誘いこんでいくタイ
プなのだと思う。ホラー小説のジャンルに新境地をひらく、いや、ジャンルをつき
ぬけて読者の心を揺さぶる長編小説の書き手になりそうな予感。

●756●花村萬月『風転』上中下(集英社文庫)

【評価:A】
 ずいぶんと破格な作品だ。作者は、父殺しの少年ヒカルの言動を中心にすえなが
ら、ヒカルとともにオートバイでの逃避行を続ける孤独なインテリヤクザの鉄男、
ヒカルの子を流産した萌子、元刑事の恩田、萌子の親友で虚言癖のある夏美、殺し
屋の「死に神」、そしてヒカルの母真莉子と、それぞれの生と死の軌跡を寄り添わ
せるのだが、そこには一貫性がなく、物語としてほとんど破綻している。登場人物
は観念だけで行動し、およそ現実にはあり得ない会話を交わし、作者の操り人形の
ように唐突な関係を結ぶ。文学にかぶれた人間が勘違いして、強靱な体力だけで書
き上げた最悪の失敗作と紙一重なのだ。その紙一重を突き抜けるためには、一度死
ななければならない。花村萬月は、この作品を書くことで一度死んだ。登場人物の
死に託して、自らを葬り去ったはずだ。作家として生まれなおし、想像力を鍛えあ
げ、観念に肉体を与え、再生の儀礼としての文学を産み出すために。──中巻の5
8頁に出てくる鉄男の言葉が深い。「じつは、オートバイが走るということの力学
的な解明はいまだに完全になされていないんだ。論理が確立していない。でも、人
間はそれを巧みに操ることができる。論理が確立していないからこそ、あれこれ試
行錯誤して自分のスタイルをつくりあげる余地がある。」ここで、オートバイは人
生の比喩ではない。むしろ肉体、躯、欲望と見るべきで、実はそこにこそ想像力の、
つまり文学(スタイル)の根がある。

●757●小谷野敦編『恋愛論アンソロジー
                 ソクラテスから井上章一まで』(中公文庫)

【評価:B】
 恋愛論でアンソロジーを編むのなら、シェイクスピアやゲーテ(悩めるウェルテ
ル)やサドやナボコフが出てきてもいいし、中国やインドの古典も漁ってほしいし、
そのほか思いつくまま名を挙げるならば、近松門左衛門やらフランチェスコ・アル
ベローニなどに言及してもいいだろうし、オクタビオ・パス(『二重の炎』)や本
邦のイナガキ・タルホ(『少年愛の美学』)ははずせないし、ロラン・バルトや澁
澤龍彦といった希代のアンソロジストの向こうを張ってみせてほしい。と、まあ、
無い物ねだりが延々と続くわけで、それほどまでにアンソロジーという試みは魅惑
的なのだ。よほど周到細心に取り組まなければ、編者はサンドバックにされる。そ
んな危険な賭けに挑んだ小谷野敦の蛮勇がまず潔い。大学のゼミの教材を読まされ
ているような感じがしないでもないけれど、明治大正昭和初期の文人、ジャーナリ
スト、知識人の文章が多く収められているのが地味ながら本書のウリの一つで、こ
の編集方針に賛成の一票。

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