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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.211 (2004/01/10)
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 □ 冲方丁『マルドゥック・スクランブル』
 □ フィリップ・プルマン『黄金の羅針盤』
 □ デイヴィッド・フェレル『殺人豪速球』
 □ クライヴ・バーカー『冷たい心の谷』
 □ チャールズ・ブコウスキー『ブコウスキーの酔いどれ紀行』
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●748●冲方丁『マルドゥック・スクランブル』1〜3(ハヤカワ文庫JA)

【評価:B】
 これは少女と敵と武器についての物語である。作者は後書きにそう書いている。
今月、同時に読んだ『黄金の羅針盤』は11歳の「お転婆」な少女が登場するファ
ンタジーで、考えてみるとこの作品もまた少女と敵と武器についての物語だった。
この「別の世界」に住むライラにはパンタライモンというダイモン(精霊)と「真
理計」が寄り添っていて、マルドゥック(天国への階段)の少女娼婦・ルーンには
ウフコックという万能兵器(魂)が装着されている。そして、神学的意匠と科学技
術で身を固めた見えない敵。少女・敵・武器の三つのアイテムがそろえば、そこに
戦いが生まれる。作者はこの作品で、純粋戦闘ともいうべきものを描写した。文字
通り肉体を賭けた戦闘と、カジノのギャンブル(ポーカー、ルーレット、ブラック
ジャック)を通じた抽象的な戦闘。「我々が生きていること自体が偶然なんだ。…
偶然とは、神が人間に与えたものの中で最も本質的なものだ。そして我々は、その
偶然の中から、自分の根拠を見つける変な生き物だ。必然というやつを」。冲方丁
は、皮膚に直接はたらきかけてくる特異なイメージと硬質な文体を駆使して、未聞
の世界を予感させる作品を書き上げた。そして、物語的予定調和(たとえば成熟)
を破壊し尽くす、その一歩前で逡巡している。

●749●フィリップ・プルマン『黄金の羅針盤』上下(大久保寛訳,新潮文庫)

【評価:A】
 自然界には未知の力があって、それは人間とその人間にぴったり寄り添うダイモ
ン(精霊)とを結びつけている。その力を解放してコントロールできたら、この世
界をすっかり変えてしまうことができる。それどころか、この世界とは違う。もう
一つの宇宙にだって移動できる。そうした魂の力ともいうべきものをめぐる「実験
神学」(上巻第1部第3章)と、異端の神学者たちによるパラレル・ワールドの存
在証明(下巻第3部第21章)とが、この物語の世界をかたちづくっている。それは
善悪を超えた真実で、真実を知ること、つまり知識を獲得することは、それ自体、
善悪を超えた一つの戦いである。だから、その戦いの中で血を流し、皮膚を破かれ
ることは、けっして残酷な出来事ではない。ライラの冒険を読むことの楽しさは、
真実を知ることにあるのではなくて、真実にいたるプロセスそのものを追体験する
ことにある。優れたファンタジーは、物語を読む喜びそのものを純粋に表現してい
る。小谷真理さんの解説「楽園探検の手引き」が見事。

●750●デイヴィッド・フェレル『殺人豪速球』(棚橋志行訳,二見文庫)

【評価:C】
 1918年の優勝以来、ワールドシリーズでの勝利から見放されてきたボストン
・レッドソックス。世に言うバンビーノ(ベーブ・ルース)の呪いだ。しかし、今
年のレッドソックスは違った。時速110マイルを超える剛速球投手ロン・ケイン
を得て、ついにその呪縛から解放される時を迎えた。対するは、かの石井一久を擁
するロサンジェルス・ドジャース。3勝3敗で迎えた最終戦。延長15回裏、2点
差、2アウト、ランナー1、2塁の最終局面。殺人容疑から解放された監督は、ケ
インを代打に指名する。その時、ボストン警察は連続殺人事件の犯人逮捕に向かっ
ていた。──この最高に盛り上がるラストシーンで手に汗握れるかどうか。それが
すべてで、私はだめだった。痛快野球小説と猟奇殺人ミステリーが、まるで異物の
ように最後まで噛み合わなかった。

●751●クライヴ・バーカー『冷たい心の谷』上下
                    (嶋田洋一訳,ヴィレッジブックス)

【評価:C】
 狡猾だが愛らしい二つの目をもったルーマニアの美少女は、ハリウッドの超売れ
っ子女優に成長した。コールドハート・キャニオン(冷血峡谷)と呼ばれる郊外の
その屋敷は、古い修道院から部屋ごと買い取られたタイル画が敷き詰められていた。
そこには、悪魔の妻リリスがつかさどる淫猥で無惨な地獄の世界が描かれていた。
──この物語の発端は、ふるいつきたくなるほど蠱惑的で、その後に続く異形の怪
物たちが跋扈する夢魔の世界の出来事はおぞましくも印象的(「死者とのセックス
がこういうものだとしたら、人生にはまだ学ぶべきことがたくさんある」)。でも、
いかんせん登場人物たちにからきし魅力がないので、心底陶酔できない。

●752●チャールズ・ブコウスキー/マイケル・モントフォート=写真
          『ブコウスキーの酔いどれ紀行』(中川五郎訳,河出文庫)

【評価:A】
 ブコウスキーの作品は以前『町でいちばんの美女』を読んだきり。あの時はとに
かく圧倒されて、こんなとてつもない短編を量産するブコウスキーはなんと凄い奴
だと感嘆した。なんの物証もない物言いだけれど、もし現代のチェホフの呼び名に
値する作家を一人挙げるとすれば、それはきっとこの人だと思った。本書にはその
ブコウスキーが生出演して、コクのある言葉(たとえば「同じ歌は何度でも聴くた
びによくなっていく可能性があるのに、同じ詩は聴くたびにどんどんひどくなって
いくだけだ」とか)をたっぷりと書き散らしている。「わたしたちは飲んで、食べ
て、飲んで、飲んだ。誰もがぜいたくに暮らしていて、この世に存在することはた
だのジョークでしかないようだった。」この文章に、本書は凝縮されている。マイ
ケル・モントフォートの写真がいい。ブコウスキーのスプートニク(旅の道連れ)、
リンダ・リーがいい。中川五郎の訳者あとがきもいい。だけど、町田康の解説は要
らない。

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