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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.210 (2004/01/10)
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 □ 中山可穂『白い薔薇の淵まで』
 □ 佐藤正午『きみは誤解している』
 □ 黒川博行『国境』
 □ 鳥飼否宇『密林』
 □ 山本甲士『あかん』
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●743●中山可穂『白い薔薇の淵まで』(集英社文庫)

【評価:A】
 女性作家の手になる官能小説(性愛小説)には、それがよく出来た作品であれば
必ず、文章の力によって文章表現を超えた底知れぬ愉悦の世界が克明に描写されて
いて、読むたびになにやら血なまぐさい感覚にとらわれ、分別分離を旨とする青白
い理性が自己崩壊の恐怖に慄えるのが常だ。といっても、とっさには小池真理子さ
んの名前くらいしか浮かばないのだけれど、初めて読んだ中山可穂の山本周五郎賞
受賞作品は、まるで完璧なホラー小説家かなにかのように、生理の奥深くに働きか
けてきて、名状しがたい不安な残像を刻印していった。それがあの山本周五郎の名
にふさわしい世界だったのかどうか、ちょっとほほえんでしまうような気がしない
でもないが、ジャン・ジュネの再来と賛辞を与えられた新人作家・山野辺塁の像は、
鮮烈だがどこか紋切型で、この鋭いまでの凡庸さこそがこの作品の真骨頂なのかも
しれない。

●744●佐藤正午『きみは誤解している』(集英社文庫)

【評価:B】
 一人称、三人称、エッセイ風と、自在で達者な語り口による六つの短編に、用語
解説と後書きを兼ねた「付録」がついた作品集。「きみは誤解している」という表
題作のタイトルから、『Y』や『ジャンプ』につながる時間分岐譚の趣向を帯びた、
苦く切なく哀しく清しい恋愛小説の連作を想定していたのだが、その期待をあっさ
りと裏切る競輪小説集で、でもそれはそれで結構、楽しめた。ギャンブルという濃
い人間臭の漂う場面で綴られた男と女、男と男の物語はいずれも鮮やか。個人的に
は、なんとなく太宰治を思わせる「この退屈な人生」が好み。「遠くへ」に登場す
る阿佐田哲也の言葉が深い。「あんたはいつも独りぼっちだ、勝っても負けても独
りぼっちだ、誰にも当たったことを自慢できないし、はずれたことで誰にも愚痴を
こぼせない、それがギャンブルの世界のルールだ。」

●745●黒川博行『国境』(講談社文庫)

【評価:B】
 ヤクザを父親に持つ建設コンサルタント二宮と、真正のヤクザ桑原のコンビが、
詐欺師を追って二度の北鮮行きを敢行する前半は、冒険小説としてよりもむしろ一
種の情報小説として出色の出来映え。たとえば北朝鮮の人民は三つの階層に分類さ
れていて、それは平壌に住める「トマト階層」(皮も身も赤い)と山間奥地や僻地
に住む「ぶどう階層」(皮も実も赤くない)、それからこのどちらにも属さない「
りんご階層」(皮は赤いが中身は白い)の三つだとか、平壌にも日本のヤクザに似
た人種がいるとか、雑学的知識も織り交ぜながら、「パーマデブ」が支配する異様
な国の実態をリアルに描いている。後半は、関西を舞台にヤクザや詐欺師、実業家
に政治家、悪徳警官が入り乱れてのアクションもので、それはそれでスピーディで
心地よい読み物なのだが、でもやっぱり前半との間に微妙なミスマッチがある。で
も、たっぷり二冊分読んだと思えば、それはほとんど気にならない。

●746●鳥飼否宇『密林』(角川文庫)

【評価:C】
 昆虫採集家が主人公の沖縄を舞台にした密林アドベンチャー。少年の頃、夢中に
なって読んだファーブル昆虫記の興奮と、大アマゾン探検記のハラハラドキドキを
期待して読み始めたのだけれど、いまひとつ気分が高揚しない。構成と文体に、い
くばくかの美学的緊張は漂っている。が、自然であれ人物であれ、描写の密度、濃
度のようなものが足りない。ところどころに挿入された言葉遊び、というか活字遊
びにも必然性が感じられない。作品世界の内圧が高まって、思わず筆が迸ったかと
納得させられるだけの過剰がない。財宝の在処を示す暗号解読の趣向は、うまく溶
け込んでいたならばきっと作品の魅力を高めただろうが、かえってわずらわしくて
興を殺ぐ。

●747●山本甲士『あかん』(小学館文庫)

【評価:B】
 こてこての関西弁が飛び交うなかで、ヘタレなちんぴらたちの情けない「活躍」
が、どこかあきらめ顔で突き放したような乾いた文体をもって淡々と語られる。心
をうち感動をさそうエピソードがあるわけでもないし、ましてや生きる勇気を与え
てくれる爽快な人間が登場するわけではない。どうしようもなく卑俗で、愚かで、
つきあいきれない連中の生態が、標本のように六つ並んで、事例研究よろしくただ
ただ記録されている。彼らの滑稽で惨めな末路が、けっして涙はそそらないものの、
一抹の哀れはそそる。ただそれだけの、どうということはない読み物なのだが、山
本甲士の文章には、落ち着きがあって無駄がない。だから、読ませられてしまう。

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