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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.208 (2004/01/04)
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 □ 首藤瓜於『脳男』
 □ 宇江佐真理『余寒の雪』
 □ 東野圭吾『鳥人計画』
 □ 梶尾真治『もう一人のチャーリイ・ゴードン』
 □ 北原亞以子『峠』
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●733●首藤瓜於『脳男』(講談社文庫)

【評価:B】
 名古屋に次ぐ中部地方の大都市、愛宕(おたぎ)市を揺るがせた連続爆破事件の
犯人逮捕の現場に居合わせた鈴木一郎。この他人の経歴と痛みを感じぬ異常な身体
能力をもち、感情と魂を欠き、ただ脳だけで生きている謎の男の過去をめぐって、
巨漢の刑事・茶屋と男の鑑定を委ねられた精神科医・鷲谷真梨子といった、それぞ
れシリーズもののヒーロー、ヒロインになれる魅力的な登場人物がからんでいく。
やがて病院中に爆弾が仕掛けられる緊迫した状況の中で、男はついにその本性を露
わにする。鮮やかな発端、ストーリー展開の緻密さ、人物造形の見事さ、そのいず
れをとっても第一級のミステリーの名にふさわしく、さらにマルクス・アウレリウ
スの引用や随所に挿入された脳神経科学の知見(「わたしという自我をひとつにま
とめている力が感情だ」)、『ヨハネの黙示録』をなぞった謎解きなど細部の魅力
にも満ちている。だが、いかんせん贅沢に繰り出されるそれらの素材と趣向が一点
に凝縮しない。もう少し切りつめるか、もっと書き込むか。そうすれば、まぎれも
ない傑作になったろう。

●734●宇江佐真理『余寒の雪』(文春文庫)

【評価:A】
 昔、藤沢周平の短編にぞっこんだったことがあって、こんど初めて読んだ宇江佐
真理の七つの短編は、あのすぐれた世話物時代小説に特有の深く濃く香り立つ匂い
や、滋味深くて爽快な味わいを久しぶりに思い出させてくれた。でも、これは当た
り前のことだけれど、そこにはくっきりと藤沢節とは違う宇江佐真理の個性が刻ま
れていて、それは中村彰彦さんが「解説」で紹介している「女性ならではの繊細さ
」という評言が、大雑把ながらも言い当てようとしているものと同質であるように
思う。たとえば仙台の女剣士・知佐が、騙されて同居することとなった北町奉行所
同心・鶴見俵四郎宅で五歳になる松之丞との交情を深め、やがて俵四郎との真剣勝
負を経てその後添いとなることを受け入れる一部始終を丹念に淡々と綴った表題作
「余寒の雪」などは、読み終えて気持ちが清々しくなる絶品で、その丁寧な筆運び
のうちに、情感の襞に分け入りながらもこれをそっと事物、言動に託して描写する
「繊細さ」がいかんなく発揮されている。

●735●東野圭吾『鳥人計画』(角川文庫)

【評価:B】
 和製ニッカネンと評された若き天才ジャンパー・楡井が恋人の目の前で毒殺され
る。直後、コーチの峰岸のもとに「自首しなさい」と手紙が送りつけられ、警察に
も「(峰岸を)即刻逮捕されたし」と認められた告発状が届く。こうして、読者の
関心は誰が殺したのか(フーダニット)からなぜ殺したのか、いかに殺したのかへ、
そして誰が密告したのかへと微妙にずらされていく。その過程で暴かれるサイバー
ド・システムの秘密。それはサイボーグとバードを組み合わせた語で、科学力を駆
使した天才ジャンパー養成システム、つまり鳥人計画のこと。このグロテスクなま
でに非人間的な企みを軸として、野心と打算、愛憎が織りなす危うい均衡の上に物
語は進む。緊密な伏線と絶妙なトリックをしかける達者な筆。しかし、最後に明か
される「真実」がやや技巧的で説得力に欠ける。人間感情の陰翳をめぐる書き込み
が足りない。

●736●梶尾真治『もう一人のチャーリイ・ゴードン』(ハヤカワ文庫)

【評価:B】
 「梶尾真治短編傑作選ノスタルジー編」。SFに胸を躍らせた少年の頃、ふと頭
に浮かんだアイデア(物語の種子)をそのまま素直に文章にしたような、とても瑞
々しくてどこか懐かしい短編小説が6篇、呑めばたちまち変形加工された記憶を自
在に紡ぎだす夢のカプセルのように収められている。表題作「もう一人のチャーリ
イ・ゴードン」に出てくる「大和石」(ヤポニウム。海水から抽出された奇蹟の鉱
物で、細胞賦活の効能をもつ)が「百光年ハネムーン」では文明を更新させるエネ
ルギー源として登場し、同一の人物のその後が描かれる。ここにも少年のアイデア、
いや森羅万象につながりを見出す神話的想像力の特質がよくあらわれている。なに
よりも一篇一篇に控えめな感動がしつらえられているのがいい。

●737●北原亞以子『峠』(新潮文庫)

【評価:B】
 「慶次郎縁側日記」シリーズの第四弾。NHKあたりの連続時代劇でドラマ化さ
れたら、きっと地味ながら見応えのある大江戸人間模様が深く心に残る映像になる
だろうと思う。シリーズの最初からじっくりと読み進めていたならば、たぶん先を
読むのが惜しいほどのコクのある物語体験を味わえたのではないかとも。残念なが
ら本連作の登場人物たち、とりわけ元定町廻りの同心にして今は隠居の身で酒問屋
の居候・森口慶次郎の魅力がまだ腑に落ちない。私の中で、北原亞以子の人情譚に
耳を傾けるフォーマットが出来上がっていない。口説きと語りに身をゆだねる愉悦。
もう少し読み込んでいけば、そういった極上の時間を堪能させてくれる器になりそ
うな予感がする。

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