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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.207 (2004/01/03)
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 □ 斎藤健次『まぐろ土佐船』
 □ 寒川猫持『猫とみれんと』
 □ ジェーン・グリーン『もっとハッピー・エンディング』
 □ オースン・スコット・カード『消えた少年たち』
 □ ジャン=クリストフ・グランジェ『コウノトリの道』
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●728●斎藤健次『まぐろ土佐船』(小学館文庫)

【評価:B】
 全長四四・五メートル。幅八・五メートル。深さ三・四メートル。ちょうど百十
五坪の四階建てビルに相当する狭い空間に、二十人の気の荒い男達が五年もの長き
にわたって監禁状態での生活を続けていく。著者がコック長として乗り込んだ土佐
のマグロ船、第三十六合栄丸での一七七○日は、かくも過酷で壮絶な日々だった。
けっして大仰にならず、劇的な効果をねらった身振りは極力禁欲し、マグロ船の男
達の栄光と悲哀、その家族との交情、彼らを取り巻く経済や国際情勢まで、淡々と
力強く叙述しきったノンフィクション(真実の物語)。「この二年間、地球をめま
ぐるしく走り回ってきた。海の色など、どこも変わらない。自分はいつも同じ場所
にいるのではないか、という錯覚にとらわれたりする。」──原著と文庫版の二つ
の「あとがき」に綴られた後日譚(もう一つの真実の物語)が、読後の余韻を深い
ものにしてくれる。

●729●寒川猫持『猫とみれんと 猫持秀歌集』(文春文庫PLUS)

【評価:B】
 五・七・五に七・七をつけくわえただけで、突然、そこに盛られる世界が変容し
てしまう。俳句が、自分と世界の関係を客観的に観察し、時にコスミックな空間感
覚をもって描写することに長けた言葉の容れものであるとすれば、短歌は、嫋々た
る情念、内にこもった憾みや爆発寸前の歓喜とか官能を封じ込めるに適した、どち
らかといえば時間的な感覚に根ざした表現様式で、ともに数打ちゃ当たる累々たる
草稿群から何を選びどう推敲するかという選球眼と仕上げのセンスに勝負はかかっ
ている。寒川猫持のまるでボクシング、言葉の格闘技のような自由奔放な息づかい
と、融通無碍な言葉の配列がかもしだす世界は、私小説ならぬ私短歌、自伝短歌の
芸風のうちに、軽妙洒脱、当意即妙の俳句的感覚を織り込んだ不思議なもので、俳
句はこうで短歌はああだといった出来合の区分けを粉砕し尽くし、尾籠なギャグと
俗な意匠をまとったそこはかとない悲哀をさえ漂わせている。一つ選ぶとすれば、
「中年エレジー」の巻に収められた次の一首。形而下の女を愛す形而下の中年のボ
ク形而上的に。

●730●ジェーン・グリーン『もっとハッピー・エンディング』(文春文庫)

【評価:C】
 たまたまTVで放映されていたメル・ギブソン主演の『ハート・オブ・ウーマン
』を観た後で、この本を読み終えた。ロマンティック・コメディというこの種のジ
ャンルの映画は、出演している男優や女優の演技力いかんで、心にしっくり残った
りくだらない時間つぶしに終わったりする。もっとあけすけに言うと、好みの俳優
かどうかで印象が決まってしまう。前回のアン・タイラー、いつぞやのデビー・マ
ッコーマー、そして今回のジェーン・グリーンの作品はいずれも、家族や恋人や友
人やライバルとの丹念に綴られた人間関係をベースに、別れと出会い、成功と挫折、
そして新しい人生への漠然とした不安や期待を渾然と描いた、女性の「ライフスタ
イル小説」とでも言えるもので、結局、ヒロインやそれをとりまく友人、恋人たち
にどれだけ感情移入できるかが勝負。で、『もっとハッピー・エンディング』は、
ストーリーはよく出来ていて、異性愛に同性愛、友情に性愛と多彩に繰り出される
人物の絡みも面白いのだけれど、やっぱりヒロインの人間像が掴みきれないまま終
わってしまった。誰か好みの女優の容貌や声や振る舞いを想定しながら読んでみれ
ばよかった。

●731●オースン・スコット・カード『消えた少年たち』上下
                     (小尾芙佐訳,ハヤカワ文庫SF)

【評価:A】
 全十五章の最後から二つ目、下巻の「クリスマス・イブ」の章で明らかにされる
真実と奇蹟の出来事にふれずして、この作品の魅力、ディテイルや人物描写の見事
さ(とりわけ、物語の本当の主人公ともいえる七歳の長男スティーヴィの可憐さ、
純粋さの描写は絶品)と鮮烈な感動の質を語るのはとても苦しい。幼い子供たちを
取りまく様々な危険や家族の絆への過敏すぎる反応、理不尽な世の中に対する慎ま
しさを失わない毅然とした姿勢。「屑屋のおっさん(ジャンクマン)」「魚屋のお
ばさん(フィッシュレデイ)」と互いを呼び合う若い夫婦の思考と行動を支えるあ
る種の過剰が、この優れた「家族小説」(解説の北上次郎の評言)に深いリアリテ
ィをもたらしている。──物語の終盤に登場する、冷静沈着で人情の機微に通じた
ダグラス刑事の言葉が印象に残る。「わたしが言いたいのはね、とても悪いことを
する連中がいて、それがあまりにも邪悪なことなので、この世界という布地が切り
裂かれてしまう。そしていっぽうにとても心根のやさしい善人がいる。その連中は
世界が切り裂かれたときにそれを感じることができるんだ。そういうひとたちには
物事が見える、物事がわかる。ただあまりにも心根がやさしく純粋なので、自分に
見えているものがなんなのかわからない。それが、おたくの坊やの身に起こってい
ることじゃないかと思うんだ。」

●732●ジャン=クリストフ・グランジェ『コウノトリの道』
                        (平岡敦訳,創元推理文庫)

【評価:B】
 様々な伝説によって、ヨーロッパから中東までいたるところでその特別な力が信
じられているコウノトリ。オレンジの嘴を持った白と黒の鳥。ある年、アフリカか
ら渡ってくるはずのコウノトリが姿を消した。謎の鳥類研究家から調査を依頼され
た青年ルイが、フランスからスイスへ、ブルガリア、トルコ、イスラエルから中央
アフリカへと探索行を続ける。先々で起こる惨たらしい殺人。殺し屋から逃れ、自
らもまた血で手を染め、つかの間の官能に心を休め、やがて国境をまたいだ奇想天
外な犯罪のトリックを暴く。そして、秘められた自身の生い立ちの謎へと迫ってい
く…。コウノトリの渡りを題材とした壮大な仕掛けが素晴らしい。第一級のフィク
ションの香りが漂うが、ルイの冒険譚がただ物語の筋を追うだけでサスペンスの高
まりと深まりに欠け、コウノトリにまつわるミステリーと「指紋のない男」ルイの
過去をめぐる謎との関連づけがやや強引。

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