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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.206 (2004/01/03)
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 □ 川上健一『ふたつの太陽と満月と』
 □ 佐藤賢一『カルチェ・ラタン』
 □ 白石一文『一瞬の光』
 □ 秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』
 □ 佐藤多佳子『サマータイム』
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●723●川上健一『ふたつの太陽と満月と』(集英社文)

【評価:B】
 全米で一番古く、一番物騒かもしれないNYのパブリックコースで繰り広げられ
る、スキンズ(賭け金)付きの六つのゴルフ・マッチ。そこでほんとうに賭けられ
ているのは、実は人生の意味であったり、人格であったり、一人の女をめぐる友情
であったり、生きのびるための偽装であったり、父と息子の和解であったり、幼い
日の淡い記憶であったりする。主人公はそれらの勝負に立ち会い、時には自らが(
婚約者を奪っていった友との、十数年ぶりに再会した父親との、過去のどこかです
れちがったはずの謎の美女との)闘いの当事者になる。「ゴルフは宗教だ!」──
作中のある人物が叫ぶこの言葉に共感できるほどのゴルフ・ファンだったなら、こ
のアイロニカルでいながら爽快で温かく、そこはかとない懐かしさを漂わせた六つ
の物語に、きっと魂をまで揺り動かされるに違いない。心からゴルフを愛する者に、
作者が贈った六つのプレゼント。なぜ続編がないのか、不思議だ。

●724●佐藤賢一『カルチェ・ラタン』(集英社文庫)

【評価:A】
 まるで少女漫画か宝塚歌劇を思わせる人物群。発端部で、西欧中世、十六世紀の
パリを舞台にしたシャーロック・ホームズ譚(ユーモア編)の趣をもつ小咄がいく
つか続く。やがて物語は、宗教改革期の神学論争(主知主義対主意主義、カトリッ
ク対プロテスタント)を背景に、「人間の時代の新しい神」による陰謀をめぐって、
「聖トマス・アクィナスの再来」と謳われる美貌巨躯の学僧マギステル・ミシェル、
その教え子にして紅顔無垢の新米夜警隊長ドニ・クルバン、愛らしくも豊満な若き
未亡人マルトや妖気漂う伯爵夫人アンリエット、さらにはプロテスタントの旗手カ
ルヴァンにイエズス会の創設者ロヨラ、ザビエルといった実在の人物が入り乱れて
の大捜査戦が繰り広げられる。軽妙にして深甚な神学ミステリー。惜しむらくは、
「神学的解決」に徹しきれず‘肉欲’によるあっけない事件解決に流れたことだが、
それはまあ個人的嗜好でしかない。

●725●白石一文『一瞬の光』(角川文庫)

【評価:A】
 とても初々しい。──橋田浩介。ジョン・スチュアート・ミルと同じIQ(190)
の持ち主で東大卒。学業も図抜けスポーツも万能で「若い頃から私は外見のことを
言われるのが嫌だった」という美形。38歳で資本金3千億円、従業員5万人の財
閥系大企業(たぶん三菱重工業)の人事課長に抜擢され、社長の姪で美貌の瑠衣を
恋人に持つ。過激なまでのエリートだが、空漠とした孤独な内面と押さえがたい破
壊衝動を抱えている。熾烈な社内派閥抗争に敗れ、瑠衣を棄て、暴力にまみれた悲
惨な家庭に育ち最後に植物状態に陥った香折との「生き生きと輝きに満ちていく一
瞬」の幸福、「過去も未来もそして現在さえもない」静謐のうちの再生に賭ける。
そんな(違った意味での)アンチ・ヒーローを世に送り出し、およそあり得ないシ
チュエーションを見事に描ききったことがこの作品のすべてで、だからこそ切なく
も初々しい。読後、なぜか大藪春彦の処女作『野獣死すべし』が頭をよぎった。

●726●秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』1〜4(電撃文庫)

【評価:B】
 1947年6月24日、公式に報告された中では最初のUFO目撃となったケネ
ス・アーノルド事件以来、人々が安穏と日々の暮らしを営むそのすぐそばで「戦争
」は行われていた。中学2年生で新聞部所属の浅羽直之が住む基地のある街に転校
してきた伊里野可奈は、特殊な能力をもつ戦闘少女だった。やがて戦いは最終局面
を迎え、逃避行を続ける直之と可奈には過酷な運命が待っていた…。こんなふうに
まとめるとシリアスな雰囲気が漂うけれど、ほんとうはちょっと滑稽で可笑しくて、
そのくせ妙に切ない不思議な軽さをもって綴られる物語。読後感は、悪くない。悪
くないどころか、駒都えーじの映画ポスターの趣向を凝らした口絵やイラストにあ
らためて見入ったり、各巻に差し挟まれた番外編や、エピローグで丁寧に書き込ま
れた後日譚をじっくり反芻したりと、何度でも物語の余韻を確かめることができる
本の造り方がいい。登場人物のキャラやギャグにすんなり入っていける年齢だった
らと思う。

●727●佐藤多佳子『サマータイム』(新潮文庫)

【評価:A】
 小学五年生の伊山進と一つ年上の姉の佳奈。進より二つ年上で、ピアニストの母
親と二人で暮らしているどこか大人びた浅尾広一。夏休みの最後の日、三人で一緒
に食べた塩辛いミント・ゼリーの思い出。喧嘩したまま別れた佳奈と広一。そして
六年後、大学生になった広一との再会(「サマータイム」)。その数年前、進の自
転車と佳奈のピアノが初めて家にやってきた頃、まだ幼女の面影を宿す佳奈のある
日の出来事(「五月の道しるべ」)。佳奈と別れてから三年後、やがて新しい父親
となる男と広一との出会い(「九月の雨」)。十四歳になった佳奈と調律師・セン
ダくんとの、氷の鍵盤が奏でる「絶対零度の音」がとりもつ「義理でもないけど、
LOVEでもない」関係(「ホワイト・ピアノ」)。四季それぞれのイメージに彩
られた四つのショート・ストーリーが綴る、思春期というにはまだ早い、あの特別
な時間だけがもつ壊れ物のようなつかのまの煌めき。自転車とピアノ。二つのマイ
・フェイヴァリット・シングス(私のお気に入り)に託された、切ないほどピュア
な世界。何か大切なものが、ひっそりと編み込まれている。

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