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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.201 (2003/12/28)
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 □ 奥泉光『ノヴァーリスの引用』
 □ 都筑道夫『悪意銀行』
 □ サラ・ウォーターズ『半身』
 □ ニック・ホーンビィ『いい人になる方法』
 □ パトリック・オリアリー『不在の鳥は霧の彼方へ飛ぶ』
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●698●奥泉光『ノヴァーリスの引用』(集英社文庫)

【評価:A】
 ハンディな新刊文庫の感触は、十年前の単行本がすっかり古びて黴臭く、近寄り
がたい古典的風格さえ漂わせていたのとはずいぶん印象が違っていて、それは文庫
版の『死霊』(埴谷雄高)がどこかしら冗談小説めいた趣を醸しだしていたのに似
たところがある。解説の島田雅彦さんも指摘しているように、この作品は、友人・
石塚の十年前の死の謎をめぐって四人の衒学的な男たちが安楽椅子探偵よろしく推
論する、探偵小説(知性の物語)と幻想小説(想像力の物語)と恐怖小説(肉体の
物語)の三態構成でできている。この斬新でいて古めかしい構成をもったメタ・フ
ィクションを通じて、グノーシス思想(反現実主義、霊肉二元論)が蔓延する現代
におけるイエス・石塚の「復活」が描かれる。──ところで、ノヴァーリスの断章
はじっさい奇蹟のように素晴らしいものなのだが、奥泉光がこの作品に刻み込んだ
断章もまことに印象的だ。《祈るっていうのは想像することでしょう? いまとは
違う現実に向かって、こことは違う場所に向かって、リアルに、いろいろに、想像
を巡らせることでしょう?》《あなたたちが僕を理解しないで、僕があなたたちを
理解しなかったのはたしかだと思います。しかし、本当は、僕らは理解しあうこと
なんかじゃなくて、もっと別のことをすべきなんじゃないでしょうか?》

●699●都筑道夫『悪意銀行』(都筑道夫コレクション〈ユーモア篇〉,光文社文庫)

【評価:B】
 本書には、「落語的スリラー」という奇怪なジャンルを確立した標題長編のほか
三つの短編、落語の台本にエッセイ、自作解説まで収録されている。とてもお得な
アンソロジーで、ファンには堪らない編集だろう。ファンならぬ身にしても、どこ
かモダンだ(つまり、古めかしい)けれど、語りの見事さとアイデアの切れ味の良
さについ引き込まれ、都筑道夫という人はじっさい芸達者な才人だったのだと、つ
くづく感嘆させられる。サイキック・ディテクティヴ(「蝋いろの顔」)とその解
説(「幽霊探偵について」)などを読むにつけ、この手の趣向の作品をもっともっ
と読みたいと思う。エッセイでは、「私の落語今昔譚」がよかった。──今でもそ
んな言葉が生きているのかどうか知らないけれど、「中間小説」の分野で活躍した
作家は生きているうちが旬で、筆力が落ちたり亡くなったりするとたちまちのうち
に書店から姿を消してしまう。たとえば梶山季之の本を読みたいと思っても、まず
手に入らない。「コレクション」シリーズは、文庫本ならではの企画だと思う。

●700●サラ・ウォーターズ『半身[AFFINITY]』(中村有希訳,創元推理文庫)

【評価:A】
 ヴィクトリア期ロンドンの上流階級に属する孤独で繊細な未婚の女性マーガレッ
トが書き残した「心の日記」と、やがてその「半身」として、親和力(アフィニテ
ィ)によって結び付けられ濃密で妖しい交情を深めることになる美しい霊媒シライ
ナの手記を交錯させながら、徐々に明かされていく女たちの秘められた過去の欲望
の物語をめぐるじれったいほどに緩慢な前半部から、やがて訪れるだろう魂の合一
と肉的欲望の成就への期待の高まりとともにしだいに緊張の度を増していく後半部
へ、そして一気に狂おしいクライマックスに達したかと思うや、通奏低音のように
作品の最底部で密かに蠢いていた崩壊への危うい傾きが現実のものとなる残酷な結
末へと到る、まことに「魔術的な筆さばき」(文庫カバー)の評言にふさわしい見
事な叙述の力によって緊密に造形された物語。──マーガレットが慰問に訪れるミ
ルバンク監獄とは、彼女の肉体を縛る心の象徴で、そこで出会うシライナは彼女の
欲望そのものの造形である。シライナの支配霊が語るように、霊媒(肉体)とは霊
(心=欲望)の奴隷である。だからこそ、この作品はマーガレットの「心の日記」
(スピリチュアル・ダイアリー)によって綴られた。

●701●ニック・ホーンビィ『いい人になる方法[HOW TO BE GOOD]』
                          (森田義信訳,新潮文庫)

【評価:D】
 妻に浮気され、「意地の悪い、皮肉たっぷっりの、愛情のかけらもないブタ」と
決めつけられ、離婚話を持ち出された辛口コラムニストのディヴィッドが、突然、
これまでの生き方を改めて、「もっといい人生を送りたい」と思う。DJグッドニ
ュースと名乗る妖しげなスピリチュアル・ヒーラーに「ピュア・ラブ」の洪水を注
がれたことがきっかけ。まるで、良き知らせ(福音)を告げるイエスと霊的に交わ
り回心したパウロのように。隣人や二人の子供たちまでまきこみ、ホームレス救済
プロジェクトを立ち上げたり、現代の福音書(いい人になるためのハウツウ本)の
執筆を計画したりと、いささか常軌を逸した行動に出る。そのドタバタホームコメ
ディの一部始終が、ディヴィッドの妻で女医のケイティの手記(これがまた「普通
の人」の鼻持ちならない傲慢と卑小をさらけ出していて、やるせない)を通じて語
られる。まるで現代のソドムは家庭にありと言わんばかりに、最後に残されるのは、
空っぽな心をもった人物と、その向こうには何もない家族の情景。「豊かで美しい
人生」なんて、どこにもない。全編に漂うシニカルな口調が、笑いをひきつらせる。
なぜこの作品が英国でベストセラーになったのか、理解できない。

●702●パトリック・オリアリー『不在の鳥は霧の彼方へ飛ぶ
         [THE IMPOSSIBLE BIRD]』(中原尚哉訳,ハヤカワ文庫SF)

【評価:B】
 UFOを目撃した少年時代の兄弟の話から、「ダニエル・グリンが、自分が死ん
でいることを知らなかったとしても、無理はなかった」といきなり飛躍されても、
困ってしまう。成人したマイクとダニエルの兄弟のまわりで、訳の分からない出来
事が続き、説明もないまま、Dで始まる魔法の言葉(デス)やらハミングバード(
ありえない鳥)、空飛ぶ男だとか越境者だとか、思わせぶりな言葉を繰り出されて
も、つきあっていられない。この作品の「夢の論理体系」がP・K・ディックの世
界に通じていると言われても、冗談でしょう、せいぜい『マトリックス』程度の安
っぽいアイデアじゃないかと思ってしまう(映画そのものは好きです)。でも、投
げ出したくなるのをこらえて最後まで読み進めていくと、とてもリリカルで、静謐
で、不思議な安らぎに満ちた結末(本物の死)に出会うことができる。──気に入
った台詞を一つ。「相手はエイリアンなのよ。まったくちがう生命体。魚はわたし
たちの直接の先祖よ。魚も人間も水から生まれる。子宮のなかで水にひたされて命
をさずかる。鳥はちょっとべつの生きものなのよ。エイリアンが鳥に共感したとし
ても不思議はない。逆もまたおなじ。奇妙ね。鳥は人間の言葉を真似できる唯一の
動物で、歌もうたえる。それでも鳥は、完全な他者なのよ。鳥の目に映る世界を想
像してみて」(キリスト教で、魚はイエスの象徴です。)

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