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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.199 (2003/12/27)
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 □ 都筑道夫『退職刑事』
 □ ヘニング・マンケル『リガの犬たち』
 □ ジェフリー・ディーヴァー『ボーン・コレクター』
 □ アイザック・アダムスン『東京サッカーパンチ』
 □ ガブリエル・コーエン『贖いの地』
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●688●都筑道夫『退職刑事』1〜4(創元推理文庫)

【評価:B】
 私の場合、和製・安楽椅子探偵と聞いて、まっ先に頭に浮かぶのが坂口安吾『明
治開化 安吾捕物帖』の結城新十郎で、次いで、福永武彦が加田玲太郎の筆名で発
表した「完全犯罪」その他の短編に出てくる伊丹英典。その加田玲太郎作品を、江
戸川乱歩は「論理遊戯の文学」と評したという。都筑道夫が手塩にかけて育て上げ
た安楽椅子探偵・退職刑事が、息子の現職刑事から口づてに聞く犯罪現場の状況や
関係者の人物像をたよりに繰り出す切れ味鮮やかな、しかし時として強引であまり
に小説的な推理は、あくまで「論理的」な事件解決の道筋を示すものであって、結
城新十郎や伊丹英典の華麗さはないものの、まさしく「論理遊戯の文学」の王道を
行くものだと思う。ただ、この短編群を一度に読んでは、かえって興を殺ぐ。やは
り月に一度の雑誌連載、あるいは週に一度のテレビ番組で、次号、次回を待ち遠し
い思いで読む・観るに限る。それから、女気がないのもやや物足りない。「スリー
A」こと、現職刑事の奥さんの美恵さんが会話に加わるとか、時には美恵さんが義
父を相手に一本とるとか、ひねりが欲しいところ。(これは、読者の身勝手な無い
ものねだりですね。)

●689●ヘニング・マンケル『リガの犬たち』(柳沢由実子訳,創元推理文庫)

【評価:B】
 後を引く印象的な雰囲気と、ちょっと捨てがたい味わいを湛えたスウェーデン警
察小説の佳品。惜しいと思うのは、主人公クルト・ヴァランダー警部と、鳥類学者
かマジシャンになりたかったリトアニアのカルリス・リエパ中佐(ミステリアスな
憂愁をたたえていて魅力的)が、つかの間の出会いにもかかわらず深く心を通わせ
あうに至った経緯がやや説明不足であることと、未亡人バイバ・リエパ(弱さと毅
然を兼ね備えていて切なく魅力的)とクルト・ヴァランダーのラブ・アフェアをめ
ぐる顛末がちょっと淡泊すぎて食い足りないきらいがあること。そもそも、主人公
がリトアニアの政情に巻きこまれ深入りしていく経緯が、心理的にもストーリー的
にもかなり唐突で説得力に欠ける点が致命的。(だから、意外な真犯人が判明する
クライマックスの盛り上がりに不満が残る。)このあたりのことをじっくりと書き
込んでいれば、紛れもない傑作ミステリーの水準に達したと思うだけに、惜しい。

●690●ジェフリー・ディーヴァー『ボーン・コレクター』上下
                         (池田真紀子訳,文春文庫)

【評価:AA】
 デンゼル・ワシントン主演の映画を観ているから、プロットや真犯人は(多少の
脚色=変形加工はされているものの)おおよそ頭に入っている。それでも、いや、
それだからこそかもしれないけれど(というのも、傑作ミステリーは二度楽しめる
から──最初はウブな処女のごとく作者の術中にはまり、再読ではすべてを知り尽
くした経験者としてその手練を味わう)、この「ジェットコースター・サスペンス
」は本当に面白いですね。アームチェア・ディティクティヴならぬ寝たきり探偵の
リンカーン・ライムと、美貌の巡査アメリア・サックスとの交情が丹念に書きこん
であるのがなにより嬉しい。かの『青い虚空』にもすっかりハマってしまったけれ
ど、この『ボーン・コレクター』はそれ以上の作品で、たぶんジェフリー・ディー
ヴァーの代表作になるに違いない。強いて難点、というか読者として不満に思う点
をあげつらうならば、巧みに書き分けられる真犯人の分裂したキャラクターがなか
なかぴったりと一つに結像しないこと。これがクライマックスで突然姿を現わすボ
ーン・コレクターに迫真の不気味さ、怖さをもたらさない所以だと思うが、これは
そう大した疵ではない。──読み終えて、レンタル・ビデオ屋へ走った。映画で楽
しみ、原作で楽しみ、再度映画で楽しむ。この贅沢な味わい方は、アイラ・レヴィ
ンの『死の接吻』以来のこと。ちょっと古いか。

●691●アイザック・アダムスン『東京サッカーパンチ』
                      (本間有訳,扶桑社ミステリー)

【評価:D】
 この世界にどっぷりハマってしまうと、それはそれでけっこう面白がることがで
きるのでしょうが、でも、とにかくムチャクチャな話ですね。何がムチャクチャか
というと、何百年も年をとらない謎の「芸者」をめぐるカルト教団や暴力団が入り
乱れてのガール・チェイス・ストーリーという、その話の本筋が荒唐無稽なのはま
あいいとして、雑誌『アジアの若者』の記者にしてスーパー・ヒーロー、ビリー・
チャカのデタラメな人物設定といい、登場する日本人の名前のいい加減さ(佐藤実
玖勝? 奈比古武乱人? 神道裕人? 魁団?)といい、それから訳者も解説で指
摘しているけれど、そもそも渋谷の街に芸者は似合わない、その似合わない芸者の
名前が蜜柑花ときては、なんじゃそれ。私にはこのテの作品を楽しむユーモア感覚
がない。でも、それはきっと「ユーモア感覚」とは違っていて、もっとパワフルで
諸感覚がごった煮されたもの、たぶん歌舞伎の世界につながっていくものに違いな
い。この小説を読んで心から笑える人は、決して「クスクス」や「ガハハハ」や「
クックッ」や「ニヤニヤ」ではなくて、絶対に誰もそんな声をあげて笑わない「ゲ
ラゲラ」とか「カラカラ」といったフキダシつきの笑いを笑うのでしょう。

●692●ガブリエル・コーエン『贖いの地』(北澤和彦訳,新潮文庫)

【評価:A】
 これはレッド・フックという、寂れた土地の記憶にまつわる物語だ。息子に「負
け犬」と呼ばれたひとりの中年男の孤独と新生の物語だ。人が無惨に殺され、憎む
べき真犯人がいて、そこには様々なヒューマン・ファクターが介在している。この
結構だけをとりあげてみれば、典型的なミステリーそのものなのだが、この作品は
けっして犯人探しがテーマなのではない。そこに興味の焦点をあてて読み急ぐと、
読者は肩すかしを食うだろう。見捨てられた街のみすぼらしいたたずまいと、自分
を見失い寂寥の淵に喘ぐ男の凍りついた魂。この二つの闇が交錯し、鈍い光の射し
こむ方へ向かって真実への扉がおずおずと開く時、救済への、そして赦しへの律動
が高まっていく。乾いた叙情感の漂う文体で綴られた逸品。

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