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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.197 (2003/12/14)
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 □ 平山壽三郎『明治おんな橋』
 □ デイヴィッド・エリス『覗く。』
 □ コリン・ホルト・ソーヤー『フクロウは夜ふかしをする』
 □ レックス・ミラー『壊人』
 □ ホセ・ラトゥール『ハバナ・ミッドナイト』
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●678●平山壽三郎『明治おんな橋』(講談社文庫)

【評価:A】
 江戸から明治への時代の転変のなか、上様との秘められた思い出を胸に、大奥御
殿女中の誇りを捨て、薪炭商上州屋のお内儀になった美代の可憐な素直さ。御一新
のどさくさで祖母と母と姉の惨たらしい死に目にあい、自身も雑兵どもに汚され、
苦界に身を沈めた律の健気な凛々しさ。もちまえの胆力と才覚で政財界の大立て者
をあしらい捌く、女郎上がりの料亭の女将お倉の水際だった剛毅と風格。ほんの一
瞬顔を出すだけの、いずれも「其れ者あがり」の伊藤博文の奥方(馬関の芸者)や
木戸孝允の奥方(祇園の芸妓)も含め、女たちが実にのびやかに、しかも毅然と生
を全うしている。男たちもいい。美代をめぐる松太郎や井沢、律を思う栄吉、お倉
の旦那亀次郎でさへ、それぞれに輪郭のしっかりした鮮やかな生の軌跡を刻んでい
る。悲惨な出来事や境遇は語りの中でさらりと流され、腹黒い悪人も陰惨な企みも
でてこない。このあたりのことをもっと書き込めば、物語に深みと広がりが出たか
もしれない。でも、これはこれでいい。読後の清涼感は絶品。

●679●デイヴィッド・エリス『覗く。』(中津悠訳,講談社文庫)

【評価:A】
 一人称の語り手「おれ」とはもちろんこの作品の主人公、投資銀行勤務の高給取
りにして、愛人レイチェルの夫である外科医殺しの容疑者マーティーで、ときおり
ゴシックで表記された箇所がその回想シーンであることは明白だ。叙述に淀みはな
く、ストーリーの展開に破綻はない。しかし、どこか妙だ。読者に罠をしかけよう
とする「おれ」の、いや作者の悪意が感じられる。ゴシック表記のうちになにかが
隠されている。あるいは、過剰に「真実」が語られている。──弁護士ポールは言
う。「きみは十二分にインテリだから、刑事裁判の本質が真実の解明だなんて思っ
ちゃいないはずだ」。マーティーは考える。なにが起こったかについて検察側と弁
護側の双方が自説を展開し、その中間のどこかに真実が存在する。「"中間"という
あいまいな領域。その"中間"とやらにある真実に、おれたちはやがて到達するのか
もしれない」と。これらはいずれも「おれ」の、いや作者の目眩ましである。アク
ロバティックなリーガル・サスペンスとして甦った、現代的解釈のほどこされた「
アクロイド殺し」。

●680●コリン・ホルト・ソーヤー『フクロウは夜ふかしをする』
                        (中村有希訳,創元推理文庫)

【評価:A】
 連続殺人事件をめぐる謎解きミステリーとして読むと、犯人の意外性もあっと驚
くトリックもハラハラドキドキのサスペンスも、もちろんあるにはあるのだが、や
や淡泊でコクがない。でも、この作品は高級老人ホーム「海の上のカムデン」を舞
台とする「老人探偵団騒動記」(訳者)、もしくは「老人たちの生活と推理」シリ
ーズの第三作なのだから、薄味はむしろウリなのかもしれない。(それにしては、
カムデン名物、シュミット夫人の料理はとてもスパイシーで風味豊かだ。)ところ
が、スクリューボール・コメディとしては、これが第一級の面白さ。二人の未亡人、
チビのアンジェラと巨大なキャレドニアの探偵コンビに加えて、“おしゃれ”な双
子の老婆や酔いどれ翁などの奇人変人たち、そして、コンピュータおたくやマドン
ナまがいのブロンド娘といった入居者ゆかりの若者、老人たちのアイドル、マーテ
ィネス警部補、等々、いずれもくっきりとした個性と一癖をあわせもった面々のか
らみあいが絶妙で、読後感が実に清々しい。

●681●レックス・ミラー『壊人』(田中一江訳,文春文庫)

【評価:B】
 体重四百二十二ポンド超、身長六フィート七インチの巨躯、IQ測定不能の天才、
凄惨な幼児虐待を受けた無差別の殺人機械、被害者総数五百人!──「心[ハート]
なき殺人者」ダニエル・エドワード・フラワーズ・バンコフスキーというグロテス
クな怪物の創造と、情け容赦を知らない殺戮シーンの描写(ほんとうなら胸糞が悪
くなるはずなのに、まるでモダンアートの制作現場に立ち会ったような感じ)がこ
の作品の、すべてとは言わないまでも魅力の大半で、あとは、イーディ(バンコフ
スキーに夫を殺戮された未亡人)とアイコード(バンコフスキーを追う捜査官)の
ぎこちない性愛の経緯と、バンコフスキー対アイコードの最後の対決が読みどころ。
訳者解説に「シュールでアヴァンギャルドな文体」とある。言い得て妙。

●682●ホセ・ラトゥール『ハバナ・ミッドナイト』
                  (山本さやか訳,ハヤカワ・ミステリ文庫)

【評価:A】
 キューバ生まれの作家が書いたキューバ人を主人公とする、パルプ・フィクショ
ンの色濃い犯罪小説。訳者によると、本作に先立つ長編第一作で、ラトゥールは「
キューバン・ノワールの先駆者」ともてはやされたのだそうだが、この初めて読ん
だキューバン・ノワールは結構いい味を出していて、たとえて言えば、マイルス・
デイビスのソロがどこか遠くで通奏低音のように低く響いている、モノクロの古い
サスペンス映画を観ているような懐かしさを覚えさせられる。先物市場アナリスト
の知性と社会主義的理想(「いやにマルクス主義めいた理屈をいうのね」)を併せ
持つ、主人公アリエスの矛盾した人物造形と、二人の魅力的な女性(ハバナの歯科
医クリスチーナとアメリカ人天文考古学者のヴァージニア)とアリエスの絡みは、
この作品の捨てがたい魅力だ。──結末は苦い。この苦さが読み終えてしばらく凝
りとなって残る。だが、数日反芻しているうち、苦みは熟成され、深い余情となっ
た。

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