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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.196 (2003/12/14)
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 □ 荻原浩『なかよし小鳩組』
 □ 伊集院静『機関車先生』
 □ 実相時昭雄『ウルトラマンの東京』
 □ 都築響一『TOKYO STYLE』
 □ 『ナンシー関の記憶スケッチアカデミー』
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●673●荻原浩『なかよし小鳩組』(集英社文庫)

【評価:A】
 任侠団体・小鳩組がなにゆえ、コーポレイト・アイデンティティ、つまりキャッ
チフレーズとロゴマークの制作を、なかば脅しのテクニックをつかってまで零細広
告代理店に依頼することになったか。後に明かされるその訳は唖然とするほどマン
ガ的で、とてもこの世のこととは思えない。だけど、おかげでこれほど笑えるシチ
ュエーションが生まれたのだから、それは許せる。酒と仕事にかまけてカミさんに
逃げられたダメ男のコピーライター杉山が、なぜに生活の更正を思いたち、ヤクザ
相手にアドレナリンを噴出させるにいたったか。テレビCMと代理店契約破棄の条
件として、小鳩組の創立四十周年記念イベント(お子さま向けプレイコーナー「な
かよし小鳩組」の開設を含む)への入場者千人動員と、市民マラソン大会への出場
で手打ちができたのはなぜか。ご都合主義そのもののストーリー展開は、でも、そ
れゆえに杉山と下っ端ヤクザとの友情や、再婚した妻に引き取られた娘と杉山との
つかの間の交情に味わいが生まれ、不条理なまでに胸が熱くなるラストシーンが生
きてくるのだから、これも許せる。とても気持ちがよくなる作品だ。

●674●伊集院静『機関車先生』(集英社文庫)

【評価:B】
 見えない世界が見える不思議な能力をもった少女が、春の早朝の陽光を浴びて、
岬から海へ向かって祈りをささげる、まるで民話かファンタジーを思わせるプロロ
ーグから、身体も大きいし、力持ちみたいだけれど、口がきけない(口をきかん、
だから子供たちに機関車先生とあだ名される)吉岡誠吾が、瀬戸内海に浮かぶ神が
つくった島、葉名島の水見色小学校に赴任してくる冒頭部へ、そして、小さな島ゆ
えの濃厚な人間関係が紡ぎだす、悲喜こもごものエピソードの数々が丹念に綴られ、
やがて、先生と子供たちの別れの場面、すがしい未来を予感させるエンディングへ
といたる。──あざといまでに達者な、伊集院静の流麗な筆運びが縦横にはりめぐ
らせた物語は、これがテレビドラマか映画だったなら、わけもなくのめりこまされ、
見入り、さわやかな感動をもって見終わることだろうにと思わせる。それだけ、映
像喚起力もしくは劇的構築力をもった文章だということなのだが、あまりに完成さ
れすぎて、「作られた名作」ゆえの物足りなさを感じる。

●675●実相時昭雄『ウルトラマンの東京』(ちくま文庫)

【評価:B】
 ウルトラマン・シリーズのロケ現場をめぐるタイムトラベルは、「東京オリンピ
ックが終わり、新幹線が開通し、東京の各地で敗戦の余燼が消えかかろうとしてい
たころ」から始まる。それは、「高速道路が東京を醜く変え、堀と水を抹殺し」は
じめたころ、「高度成長時代の黎明」である。ウルトラマンや怪獣たちが活躍した
のは、まさにそのような時代であった。実相時昭雄さんは、「怪獣たちは消えた風
景のそのものだった、と思わずにはいられない」と書いている。(それでは、宇宙
人や地底人は、いったい何だったのだろう。)──今となっては、『ウルトラマン』
はある世代の幼児・少年期の記憶であり、ある時代の都市の記憶である。「過去へ
の旅は、つらいことも甘美さと同居している」。多くの怪獣たちを倒したウルトラ
マンは、はかりしれない悲哀を胸にひめていたに違いない。

●676●都築響一『TOKYO STYLE』(ちくま文庫)

【評価:A】
 書棚拝見、といった類の写真を見るのが、昔から好きだった。著名人であれ無名
人であれ、誰かが、少なくとも一度は手に取り、目を通し、もしかしたら高揚し涙
したかもしれず、沈思し玩味したかもしれない、そういった書物が整然と、あるい
は雑然と、ただそこに並べられ重なりあっているだけの、しかし当の本人は不在の、
写真を眺めているうち、なぜかしら、けっして足を踏み入れたり、視線をそよがせ
ることのかなわぬ、他人の“内面”に入り込んだような気にさせられる。それは書
物だけのことではなくて、机であれベッドであれ、衣類や雑貨や電気器具であれ、
はたまた灰皿や屑カゴやマネキンであれ、およそ不在の主との“関係”の痕跡を色
濃くとどめた“物”たちのつくりあげる、動かし難い不動の配列そのものが、確固
たる“内面”を、ひっそりとそこに立ち上げている。都築響一さんが“スタイル”
と言うのは、そのような、どこにでもあって、ありふれた“内面”たちがかたちづ
くる、小さな空間のことだ。

●677●『ナンシー関の記憶スケッチアカデミー』(角川文庫)

【評価:A】
 記憶だけでカマキリの絵を描いてみよ、と言われると困ってしまう。ましてや、
「他人から『あいつはデキる』と言われている人にカマキリを描かせてみましょう。
その人がそれまで積み上げてきたものが、一瞬にして音を立てて崩れるかもしれま
せん」などと、人の悪い口上をかまされた日にはたまったもんじゃない。で、他人
が描いたカマキリの記憶スケッチをひとつひとつゆっくりと眺め、ナンシーさんの
どことなくあったかくて、それでいて冷静きわまりないコメントをじっくりと読ん
でみる。すると、これがまたどうにも可笑しくて楽しくて、心がじわっと和んでく
る。第2部での、4年間にわたる大量の記憶スケッチ観察をふまえた大真面目の考
察といい、第3部の押切伸一、いとうせいこう両氏との座談会(そこでナンシーさ
んは、「物の記憶って、二次元三次元の映像じゃなくて意外とマニュアルで覚えて
いる場合もあるんじゃないか」と、鋭い仮説を提示している)といい、いや、これ
は参りました。

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