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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.193 (2003/12/06)
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 □ 宮城谷昌光『沙中の回廊』
 □ 関川夏央・谷口ジロー『「坊っちゃん」の時代』
 □ エリック・ガルシア『鉤爪プレイバック』
 □ ジョー・R・ランズデール『モンスター・ドライヴイン』
 □ ヴィクター・ギシュラー『拳銃猿』
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●658●宮城谷昌光『沙中の回廊』上・下(朝日文庫)

【評価:B】
 冒頭のいかにも大衆小説風の書き出しに、血湧き肉躍る爽快な物語を期待した。
「この世は玄通だな。ひとつわかれば、そこに未知という回廊がいくつかあらわれ
る」。後に晋国宰相にのぼりつめる若き士会が吐くこの言葉に、希代の兵法家の痛
快無比にして機略縦横の活躍を期待した。だが、所は中国、時は春秋の世、現代人
の感覚では計り知れない論理がはたらく別世界である。人々を動かす原理は、礼で
あり義であり徳である。「徳の原義は、呪力のある目でおこなうまじないのこと」
であったという。何しろ宗教が生まれる前夜、呪術が政治を支配する時代なのだ。
内省を知った個人の主観的心理や感情ではなく、あくまで行動のうちに結晶する人
としての格や器量こそが問題とされるのである。近代小説の骨法をふまえたロマン
を期待するのは野暮というものだ。宮城谷昌光の文体は終始乱れず、この異界の物
語を描写しつくした。偉業である。いったんはまると、おそらくぬけだせまい。

●659●関川夏央・谷口ジロー『「坊っちゃん」の時代』1〜5(双葉文庫)

【評価:AAA】
 かつて「週刊漫画アクション」という伝説の雑誌があった。G5の仲間入りを果
たしたプラザ合意の翌年の暮れ、日本が戦後の呪縛から解放され、モデルなき未知
の国家へと突き進もうとするまさにその時、「“坊っちゃん”とその時代」の連載
は始まった。リアルタイムで関川夏央の文体に痺れ、谷口ジローの画業に驚嘆した
私である。だからこの五部作が希にみる傑作であることは実地に体験している。い
ままた文庫版で全巻を通読し、そこで示された歴史観がいかに時代を先駆け、かつ
時代を拓いていったものであったか、あらためてその先見に畏れをいだいている。
ここにはたしかに文芸批評の新しいかたちが息づいている。──もはやこれ以上の
贅言は慎みたいが、文庫による再読の愉しみは巻末にある。高橋源一郎、川上弘美、
フレデリック・L・ショット、加藤典洋、養老孟司の各氏による各巻の解説は、い
ずれも力のこもったものであったことを特筆しておきたい。

●660●エリック・ガルシア『鉤爪プレイバック』
                    (酒井昭伸訳,ヴィレッジブックス)

【評価:AA】
 LAの私立探偵「ヴィニー坊や」もしくは「ヴィンセントちゃん」ことヴィンセ
ント・ルビオと相棒のアーニー・ワトソンの絶妙コンビが、謎のカルト教団「祖竜
教会」の企みを暴き潰えさせる冒険活劇で、妖艶な魅力をたたえた「悪女」キルケ
ーとヴィンセントの苦い恋の顛末が物語に陰翳をもたらすスラップスティック・ハ
ードボイルドの傑作。でも、あまたの傑作と違うところが一つあって、それは(そ
の昔はやった「奥様は魔女」風に言えば)「探偵は恐竜だったのです」。──この
趣向が凄いのは、もちろん恐竜が人間に扮装して人類社会にとけこんでいたり、恐
竜にもゲイがいたり、恐竜とのセックスを好む人間がいることのおかしさもあるけ
れど(笑える)、なによりも過激に個性的な登場人物のその過激さや、ヴィンセン
トがキルケーの強烈なフェロモンにラリってしまうことを、「まあ、恐竜だったら
しかたがないか」と読者に有無を言わせず納得させてしまうことだろう。(それと
も、チャンドラーに還るためには、尋常の趣向ではかなわないということか。)

●661●ジョー・R・ランズデール『モンスター・ドライヴイン』
                      (尾之上浩司訳,創元SF文庫)

【評価:D】
 手のうちようのない苦手なジャンルというものがあって、私にとってのそれはナ
ンセンスSFとかドタバタ・ホラーの類。とはいえ、筒井康隆さんとかルーディ・
ラッカーの書いたものなら結構どころか、かなり好きな方なのだけれど、「異才ラ
ンズデールの名を馳せしめた、伝説の奇想天外スラプスティック青春ホラーSF」
と扉に紹介されたこの作品の場合は、まったく駄目。生理的に受けつけないという
か、存在意義すらまったく理解できないありさまで、最後まで読み通すのが苦痛だ
った。まあそれは趣味の問題なのだから、いかんともしがたい話。これは言わずも
がなの蛇足ですが、そういうジャンルを愛好される方は、私の感想など歯牙にもか
ける必要はありません。

●662●ヴィクター・ギシュラー『拳銃猿』(宮内もと子訳,ハヤカワ文庫HM)

【評価:A】
 読みはじめてすぐに、クエンティン・タランティーノ(「レザボア・ドッグス」
とか「パルプ・フィクション」)の名が頭をよぎった。読後の楽しみに訳者あとが
きを眺めていると、その道の目利きもやっぱりタランティーノの一連の映画を連想
し、そこに「共通の空気感」を感じたらしくて、この作品のことを「二十一世紀初
頭に生まれた新しいパルプ・フィクションと呼べるかもしれない」と評していた。
なにしろ冒頭いきなり本編の主人公・殺し屋チャーリーと、チャーリーが殺したば
かりの男の元妻で剥製師のマーシーが出来てしまう唐突さに驚かされたかと思うと、
いったい時代はいつで、どこが舞台なのかさっぱり見当がつかないシチュエーショ
ンに投げ出され、たちまちギャングどもの陰謀と抗争が始まるや、わがチャーリー
のボスや仲間や家族への熱い思い(というよりアドレナリン)が滾って、FBIが
絡んでの混戦状態を累々たる屍とともに乗り越え、一気にクライマックスへと突っ
走っていって、最後はメキシコでマーシーと大金を手に入れてジ・エンド。この荒
唐無稽で単純で異様なまでのスピード感が、とにかくたまらない。

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