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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.182 (2003/09/07)
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 □ かわぐちかいじ/福本伸行『告白』
 □ かわぐちかいじ/福本伸行『生存』
 □ かわぐちかいじ/宮崎信二『YELLOW』
 □ かわぐちかいじ『Eagle』
 □ 萩尾望都『バルバラ異界』
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●614●かわぐちかいじ/福本伸行原作『告白 コンフェッション』
                           (講談社:2001.1.23)
●615●かわぐちかいじ/福本伸行原作『生存 LIFE』1〜3
                       (講談社:2000.7.7〜2000.9.8)
●616●かわぐちかいじ/宮崎信二原作『YELLOW』1〜3
                         (小学館文庫:2003.1.10)

 福本伸行のマンガは、独特の「内語」表現が時として息苦しくてやや苦手。『天
』ほかの麻雀マンガや『無頼伝 涯』などが部屋にあるけれど、まだ読んでいない。
『告白』は、その福本の作劇術がうまく生かされた心理サスペンス。死の間際に告
げられた二つの告白が、二人の男の運命を分ける。結末は(途中でおよそ察しはつ
くものの)皮肉が利いている。が、読んでいて息詰まる。いっそ作画も福本でよか
ったのではないか。

 これに比べると『生存』は、かわぐちかいじの画でこそ生きる傑作ミステリー。
娘を奪われ、妻に逝かれた男の絶望と怒りと哀しみが深く静かに物語を進行させる。
ただ中盤、真犯人が判明してからは、原作者独特の心理サスペンスに様相を転じる。
よく練られているが、やはり息詰まる。前半部の人間ドラマがやはり秀逸。

 『YELLOW』は、三作中最もかわぐちかいじの画にマッチしたスケールの大
きな作品。ただ、ヒロインの言動に疑問あり。縄井の魅力と、縄井に惹かれるヒロ
イン・遙華の心理(運命というべきか)が説得力をもって描かれていない。『Me
dusa』と同じ不満が残る。かわぐちかいじの画では、女性と恋愛は描けない。
そこが、かわぐちかいじの限界であり、また魅力でもある。

●617●かわぐちかいじ『Eagle[イーグル]』全11巻
              (ビッグコミックス,小学館:1998.4.1〜2001.6.1)

 かわぐちかいじは、やはり原作ものよりオリジナル作品の方がいい。──日系三
世の民主党上院議員で大統領候補者ケネス・ヤマオカの理想と権謀を劇的なタッチ
で描ききったポリティカル・コミック。ヴェトナム戦争従軍時、海兵隊隊員として
駐留した沖縄でヤマオカが愛した富子を母にもつ新聞記者・城鷹志との父と息子の
確執、鷹志とヤマオカの養女レイチェルとの交情、関係者の不審な死をめぐる謎等
々の横糸が織り込まれ、単線的に進行する物語に深みと陰翳を投げかける。

 ヴェトナムで戦争と国家の本質を知り、この世から「戦争という愚行」を消し去
るために──海外米軍基地の完全撤退と戦争の放棄によって軍産共同体を解体し、
「実戦経験の無いことを誇りとする軍隊」(世界警察としての国連軍)を創設する
ために──大統領になることを誓ったヤマオカは、富子の元に戻ることができなか
った。「トミコは戦う女ではない。戦い、傷付いた男を抱きとめ…癒す女だ。どん
なに疲れ、傷付こうとも…現実を忘れ、彼女の胸に抱かれ休息することなど…私に
は許されなかった。」(第11巻)

 そう鷹志に告白するヤマオカには、どこかしら「仏教徒」の面影が漂う。──河
合隼雄との対談『仏教が好き!』で、中沢新一は次のように語っている。「仏教の
場合は、一神教と違って、女性を否定しつつ自分のなかに取り込むということをし
ていますね。」「自然のままの女性というものを否定して…それを形而上学化した
女性性を取り入れ、自分のなかの原理としているような気がします。」(111頁)

 あるいは、それは古代的な「いくさ人」の心性とも「たくましきアジアの血」(
第1巻)とも形容できるもの、もしくは日本中世の「悪人」の善悪を超えた行動原
理につながっているものだったのかもしれない。

 ──『Eagle』とあわせて『ジパング』(第12巻)を読んだ。物理学者・倉
田が登場し、草加がついに濃縮ウランを入手する。(濃縮ウランについて「この世
でこれ以上高価な抽出物は人の霊魂以外にはない」と語るハンス・クリューゲの言
葉が印象に残る。)そして、満映の甘粕正彦の画策で東条英機との「和解」がなり、
石原莞爾が現役復帰し支那派遣軍参謀長に就く。(ビッグコミック・オリジナルに
連載中の村上もとかの『龍』が、これとちょうど同じ状況を描いていた。)

 ところで、松岡正剛が「日本の現代史のルーツを漫画で読む」(『本の読み方(
四)』)で、安彦良和の『虹色のトロツキー』について、「歴史の波濤を描いたと
いう点では、話題の『沈黙の艦隊』などよりずっと労作であり、日本の恥部と言わ
れてきた「満州」という舞台を描こうとした意図において、どんな歴史書よりも大
胆だ」と書いている。かわぐちかいじは『ジパング』で、「満州」だけでなく「原
爆」をも描こうとしている。その次にくるのは、「大東亜共栄圏」もしくは「アジ
ア主義」がもつ現代的意義か。

●618●萩尾望都『バルバラ異界』1巻(小学館fsコミックス:2003.7.20)

 『ダ・ヴィンチ』9月号の「今月のプラチナ本」で絶賛されていた。まだ第1巻
しか出ていないけれど、完結するまでとうてい待てそうになかったので、たまらず
購入。ドイツの21世紀ユング派公認の夢先案内人(ガイド)・渡会時夫が、陰惨
な事件の後、七年間も眠り続ける十条青羽の夢を探査する。青羽の夢から持ち帰っ
た島の名「バルバラ」(蛮人=バーバリアンが住む異国)が、時夫の息子キリヤと
青羽の祖父エズラをつなぎ、そしてまた謎の殺人事件が起こる……。

 夢の探査(もしくは「心の泥棒」)といえば、グレッグ・ベアの『女王天使』に
「サイコダイブ(潜脳)」というアイデアが出てきたし、夢枕獏にサイコダイバー
・シリーズがある(まだ読んだことはないけれど)。『ザ・セル』では、異常心理
殺人犯の精神世界への潜入捜査の映像が記憶に鮮やか。タイムトラベラーより魅力
的なドリームナビゲーターが主人公の『バルバラ異界』は、この先どこへ行くのか。
(だから、連載継続中のマンガは読みたくなかった。)

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