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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.159 (2003/04/13)
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 □ 齋藤孝『からだを揺さぶる英語入門』
 □ 五木寛之『サイレント・ラブ』
 □ 寺門琢己『みんなのからだ』
 □ 河合隼雄・松居直・柳田邦男『絵本の力』
 □ 星野道夫『クマよ』
 □ 乾千恵/谷川俊太郎/川島敏生「月・人・石──乾千恵の書の絵本」
 □ 池内紀『少年探偵隊』
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保坂和志さんのHPに、メディア未発表「ヒサの旋律の鳴りわたる」(70枚)を定
価 1,000円にてメール出版いたします、とある。そこに記された作者の言葉が面白
いので、ペーストしておく。〔http://www.k-hosaka.com/sohsin/nobel.html〕

《私にとって、〈人間の肯定〉とは“〈私〉のこの肉体を肯定する(発見する)こ
と”なのです。〈私〉とは同時に、〈あなた〉であり〈彼〉であり〈彼女〉である
――というか、〈私〉よりさきに〈あなた〉〈彼〉〈彼女〉がいるということもこ
の際、書き添えておくことにします。だから私の書くことは、一見どれだけ思弁的
に見えても、どれも徹底的に即物的なのです。だから、私の書くことに思弁的な批
評を加える人は、思弁も即物も知らない、つまり“生きる歓び”を知らない人、と
いうことになるわけですが、それはともかく、この『ヒサの旋律の鳴りわたる』は、
かなしみも時間も追憶も、すべてが肉体の次元に還元されていく、というものすご
く美しい小説で、美しさもまた当然、肉体の次元に還元され、読後感もまた肉体の
次元に還元されることでしょう。》

ここ数日、春先の風邪、花粉症という「肉体の次元」の問題にかかずらわっていて、
まともな思考を練ったり、言葉を操ることが一切できなくなっている。こういう時
は、ただ、からだの鍛錬あるのみ。それか、こころとからだとことば(とたましい
)が一体だった頃の感覚を思い出すか。
 

●535●齋藤孝『からだを揺さぶる英語入門』(角川書店:2003.2.25)

 復刊された野口整体や古武道関連の本が売れたり、ポリネシアンセックスの思想
と方法がブームになったり、鹿島茂さんのH関連本が矢継ぎ早に出たり(これはあ
まり関係ないか)、このところ身体感覚や身体技法ばやり。これは少し前の「癒し
」や「私探し」が、もっとさかのぼれば「超能力」が、サイエンスとテクノロジー
に、つまりポップ・サイエンスとしての「脳科学」の流行(たとえば快楽の「脳汁
=神経伝達物質」還元主義など)と「からだ」ブーム(性的快楽の探求など)に分
岐していったと見ることができる。(その次に来るのは、たぶんスピリチュアリテ
ィ・ブームだと思う。聖地巡礼とか。)

 その「からだ」ブームの仕掛人の一人が齋藤考さんで、春先恒例の心身のアンバ
ランス状態(あるHPの簡易診断をやってみたら、パニック障害のおそれありと出
た)から抜け出したくて、直感に頼って買ったら、これがみごとにヒットした。以
来、毎晩1時間ほど、付録のCDを聴いてはテキスト片手に部屋を歩きながら英文
を朗読(素読復誦)している。──「日本語の身体」から「英語の身体」(パブリ
ックな場で、堂々と自分を打ち出して話す身体性)へのモードチェンジを技として
身につける。英語を話すのに適した身体の状態への移行の感覚自体を技化する。

 大きな声を出すのが楽しくなって、ついでに『松浦寿輝詩集』を朗読している。

●536●五木寛之『サイレント・ラブ』(角川書店:2002.12.20)

 うろ覚えなのではっきりしないが、ずいぶん前のこと、いつかポルノ小説を書き
たい、そして晩年には児童文学に手を染めたい、といった趣旨のことを五木寛之さ
んが書いていたのを読んだ記憶がある。ポルノ小説を経て五木さんが書く児童文学
は、たぶん絵本のようなものに近づいていくんじゃないかとそのとき思った。

 いくつかの写真と組み合わせて頁ごとに活字がレイアウトされた『サイレント・
ラブ』は、「ゆっくりと、そして静かに」物語を味わうための絵本をめざしている
に違いないのだが、残念ながらそれは装丁、造本の趣向にとどまっている。五木さ
んの文章も、理に傾きすぎている。でもそれは、私がまだ絵本の読み方がわかって
いないからかもしれない。

●537●寺門琢己『みんなのからだ いっしょにできる114の体操』
                    (メディアファクトリー:2003.2.17)

 この本も一種の絵本だ。「からだモード体操」から「相互運動」へ。これはまる
でもう一つの「サイレント・ラブ」だ。

《人のからだは、仕事や勉強からくる疲労や緊張にしばられています。いつも頭で
考えている状態を「頭モード」といいます。そして、頭ではなくからだで感じられ
る状態を「からだモード」といいます。からだモード体操は頭の使いすぎによるか
らだの緊張を解放し、リラックスして「からだモード」に切り替えるための体操で
す。》

《自分自身のことは意外にわからない。人にさわってもらってはじめて冷えていた
ことに気付いたりするものです。まずは安心して人に背を向けてリラックスできた
り、さわられたりさわったり……その心のキャパシティの広さが、からだを解放す
ることにつながります。気を許し合った者どうし、安心してからだをまかせる、さ
われることだけでも充分意味があるのです。もちろんさわってもらえば気持ちがい
いし、実はさわっているほうもからだがあたたまって気持ちよくなっていく。これ
が相互運動です。やってもらう・やってあげる、という関係から、お互いに気持ち
よくなる、感覚の共有へ。今まで以上の充実感が感じられるはずです。》

 ──『ダ・ヴィンチ』の広告に載っていた読者(32歳・男性)の言葉がいい。「
女の子たちの気持ちよさそうな表情は みてるだけで癒されるよー。」

●538●河合隼雄・松居直・柳田邦男『絵本の力』(岩波書店:2001.6.18)

 「絵本は二十一世紀において、ますます大切なものとなることだろう」(河合隼
雄)。自分で読んでいても絵本はわからないよ、「絵本というのは、絵を見ながら
読んでもらうときに不思議な働き、大きな世界をつくっていくんですね。(略)実
は子どもは挿絵を見るのではなく、読んでいるんです。絵というのは、すべて言葉
の世界です」(松居直)。絵本は子どもの時、子どもを育てる時、そして人生の後
半に入った時の三度読むべきもの、とくに人生後半に入った人にとって絵本は「魂
の肥し」「魂の糧」になる大きな存在だ、「一番大切なものは何かといったことが、
絵本の中にはすでに書かれているんですね」(柳田邦男)。

●539●星野道夫『クマよ』(たくさんのふしぎ傑作集,福音館書店:1999.10.31)

 クマの神々しさと獰猛さ、愛らしさと不気味さ、アラスカの四季の大地と空と水
と植物のぞっとするほどの美しさや広大さ。星野さんの写真と文章は、この世なら
ぬところからさしこむ光の陰翳であり、音の響きであるかのようだ。

《夜になると すこし こわいんだ おまえがいると 思うだけで テントの中で
 じっと 耳をすましてしまうんだ でも そんなとき ふしぎな気持ちになるん
だよ おれは 遠い原始人になったような気がして おれは 動物になったような
気がして 夜になると すこし こわいんだ でも そのふしぎな気持ちが 好き
なんだ》

 ──たしか星野さんはクマに襲われて亡くなった。「この本は、星野道夫氏の遺
稿と使用写真についてのメモをもとに作りました」と編集部の注記がある。本書は、
柳田さんが『絵本の力』で、21世紀に残したい絵本の一つとして紹介していた。

●540●乾千恵・書/谷川俊太郎・文/川島敏生・写真「月・人・石──
    乾千恵の書の絵本」(『こどものとも』562号,福音館書店:2003.1.1)

 近所の図書館で『クマよ』を探していて、とても印象的な絵本を見つけた。13
の文字をめぐる書と写真と言葉(詩)のコラボレーション。一頁一頁に、たくさん
の時間が凝縮している。それでいて、とても自在だ。

●541●池内紀『少年探偵隊』(平凡社:1992.6.15)

 少年時代に読んだ本は、文字通り血肉化している。言葉の響きと物語と挿絵が、
肉感的な匂いを伴って、生々しくありありと、今でも甦ってくる。入院した時、会
社帰りの父親が、枕元で読んでくれたガリレオ・ガリレイの伝記やジュール・ヴェ
ルヌの海底二万哩、どうしても書名が思い出せないアマゾン探検記は、私の無形文
化財だ。いくどか引っ越しをして、そのつど棄てていったから、もう一冊も残って
いないけれど、少年時代の乏しい蔵書の思い出は、たとえば図書館で読んだファー
ブルの科学読み物や、友達から借りて読んだ少年少女世界名作文学とともに、私の
大切な宝物だ。

 「ひそかに夢をたのしんできた」と池内紀さんはあとがきに書いている。「幼い
ころに親しんだ本を、もう一度、読み直す。遠い記憶をたしかめながら、いまの目
であらためて見直してみる。そんな「二人の読み手」を通した少年文学についての
本を書いてみたい」と。──私もひそかに夢をたのしんでいる。ああ、どこかに、
あの頃読んだ本がみんなひっそりと保存されている図書館がないものか。

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