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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.152 (2003/02/16)
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 □ 小口幸伸『外為市場血風録』
 □ 金子勝『長期停滞』
 □ 中島義道『不幸論』
 □ 山折哲雄『こころの作法』
 □ かわぐちかいじ『ジパング』
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●510●小口幸伸『外為市場血風録』(集英社新書177:2003.1.22)

 「血風録」とあるけれど、けっして血湧き肉躍るスリリングでリスキーで爽快な
体験が語られるわけではない。冷静かつ沈着、細心かつ縦横、プロフェッショナル
としての自負を奥底に秘めながら、しかし、いささかの悲憤も慷慨もなく、ただ淡
々と外国為替の実相を描写し、そこに脈々と流れる資本の論理を鋭く摘出する。

 あまつさえ、変動相場制への移行(70年代)から国際通貨危機の十年(90年代)
まで、世界史のうちに特筆されるべき前代未聞の30年を、その最先端で生き延びた
者にのみ血肉化する歴史観を踏まえ、政策立案・遂行者への警告と、来るべき通貨
危機への処方箋が説得力をもって示される。

 「現代資本主義の矛盾は通貨危機に表れ、それを乗り越えることで新しい時代の
システムが生まれる」。あとがきで紹介される宮崎義一氏の言葉には、まさに本書
のテーマが凝縮されている。そして、著者のメッセージが込められている。危機は
必ず到来する。だが、恐れるな。備えなきを恐れよ。そして、危機を糧として更新
せよ。

●511●金子勝『長期停滞』(ちくま新書358:2002.8.20)

 昨年、評判をとった新書のうち、たまたま手元不如意だったり、積ん読本が滞留
していたりで読めなかった(そういう事情なかりせば、たぶん評判をよぶ前に目を
通していたはずの)本をいくつか、後追いでパラパラと眺めた。まずは、名著『セ
ーフティネットの政治経済学』に続く、ちくま新書版金子勝怒りの反経済学・反グ
ローバリズムシリーズ第二弾。

 「スロー」ばやりの昨今、経済も「スローパニック」の局面を迎えた。2001年に
本格的に始まった世界同時不況は、単なる景気循環の局面としての不況を超えて、
歴史的転換期という面を持っている。しかし、「多くの経済学者や政治学者は、歴
史観と大局観の喪失に陥っている」。つまり、「いま我々はどのような時代に生き
ているかという時代認識が決定的に欠けている」。

《これまで見てきたように、バブルの中期波動と覇権システムの長期波動が下方局
面で重なっているとすれば、再び長期停滞の時代に入ってゆく可能性が高い。にも
かかわらず、かつて大恐慌前後の歴史的大転換期に生まれた、ニューディール(ケ
インジアン的介入国家)、福祉国家、中央計画型社会主義といった対抗理念は全て
有効性を失ったか失いかけている。逆説的だが、大恐慌以来、こうした対抗理念を
自らの内部に吸収して組み入れながら、資本主義市場経済はその生命力を維持して
きた。市場原理主義それ自体は、多様な価値を認めず、効率性という価値に社会を
一元化しようとするので、民主主義を破壊する傾向を持つからだ。皮肉なことだが、
対抗理念が存在して、はじめて多元的民主主義が機能する。歴史は逆説から成り立
っているのだ。

 大恐慌期に生まれた対抗理念の有効性が失われつつあることこそが、この閉塞状
況の根底にある本当の問題なのである。(中略)もはや、「第三の道」などと称し
て、安全な「真ん中」に寄ってゆき物分かりのよいふりをしても何の意味もない。
本当に問われているのは、社会哲学に裏付けられた、市場原理主義の暴走を食い止
める新たな政策体系と対抗思想なのだ。》(194-195頁)

 これもまた「正しすぎるほど」正しい議論だ。じゃあ、あなたが経済財政政策・
金融担当大臣になって、思う存分「新しい政策体系」とやらを展開してみせたらど
うだ、などと揶揄しても無効で、じゃあ、そう言うあなたは「歴史の逆説」に対し
てどういった行動をとるつもりか、と切りかえされるだろう。

 そもそも金子氏には、「喜劇」の一登場人物になどなる気はさらさらない。「社
会哲学」は会議では生まれない。事件は現場で起きているのだ。師マルクスの顰み
にならうなら、現場の手仕事のうちでこそ「対抗思想」は鍛えられる。実は、まだ
読んでいないのだけれど、成毛眞さんとの共著『希望のビジネス戦略』(ちくま新
書)あたりに、金子勝流の処方箋は示されているのかもしれない。

●512●中島義道『不幸論』(PHP新書223:2002.10.29)

 「われわれの惨めなことを慰めてくれるただ一つのものは、気を紛らすことであ
る。しかし、これこそわれわれの惨めさの最大のものである」。──パスカル(『
パンセ』)のこの絶望的な言葉から本書ははじまる。

 まず、著者は「幸福のための条件」と「さまざまな幸福論」を概観して、次のよ
うに結論づける。《各人の幸福は自分の五感で探すよりほかはない。そして、…全
身全霊でみずからの人生と格闘した後に、幸福に到達できないことを知って、絶望
するよりほかない。言いかえれば、ひとは自分が紛れもなく不幸であること、しか
も、それから永遠に抜け出られないことを、身をもって自覚するほかないのである。
》(85頁)

 こうして、「幸福がもたらす害悪」や「相対的不幸の諸相」をめぐって、中島義
道の実人生と実感に裏うちされた議論が続く。《どんなに必死に努力しても報われ
ないと思うのだ。(中略)自虐的であるわけではない。自滅を望んでいるわけでは
ない。ただ、そういう方向に自分の思考を向けていくと、なぜか落ちつくのである。
(中略)だから、私は人生を「半分」降りることにしたのである。》(173-174頁)

 最後に議論は「絶対的不幸」、すなわち「死」へと至る。《死は数々の相対的不
幸を撃退してくれる。だが、完全に撃退してはならない。なぜなら、不幸がすっか
り消滅し、幸福が息づきはじめるや否や、私はこの世に未練が残り、死ぬことが恐
ろしくなるからだ。/だから、相対的不幸に呑み込まれてはならないが、私はいつ
も不幸でなければならない。この絶妙なバランスを崩してはならないのである。》
(193-194頁)

 人生の目標は幸福になることではない。自分自身を選ぶことである。キルケゴー
ル(『あれかこれか』)はそう言った。自分自身を選ぶこと、それは自分自身の不
幸の「かたち」を選ぶことである。中島義道はそう書く。「あなたは自分自身を手
に入れようとするなら、幸福を追求してはならない。あなた固有の不幸を生きつづ
けなければならないのである」と。

 これはほとんど「中島教」教義のエッセンスである。受け入れたくなければ、聞
き流せばいいだけのこと。

●513●山折哲雄『こころの作法──生への構え、死への構え』
                      (中公新書1661:2002.9.25)

 如是我聞。「これからオレが書くことは人間のいうことではない、仏のいう言葉
なのだ」。最晩年の太宰治に託して、著者は「モラルの規制緩和」に抗する自著を
語る。そこに怒気は含まれていない。だが、究極の慈愛は憤怒に似ている。望郷の
念、他者との共感構造、野性もしくは獣性、奉仕と犠牲、道徳感情、義理人情、国
民感情と、七つの章でとりあげられたテーマとそこで綴られた言葉は、智慧の響き
とともに深い絶望の色で染め上げられている。絶望を知る者のみ、希望を語ること
ができる。

《これまでの保守的な「科学」の立場からすれば、「遺伝子」の領分と「脳」の領
分だけを全体から切り離して、そこにだけ「科学」の世界が存在するのだといいた
いのであろう。けれどもこれからの「科学」はそういう窮屈な自己限定の枠をとり
はらって、もっと自由な道にすすみでていってもいいのではないか。「脳」と「遺
伝子」のあいだにひろがる神秘の輝き、生命の不思議な美しさの前に謙虚にひざま
ずき、新しい科学の誕生をめざして、パラダイム転換の道を歩きはじめてもいいの
ではないだろうか。》(72頁)

●514●かわぐちかいじ『ジパング』1〜9(講談社:2001.1.23〜2002.11.22)

 大日本帝国が「戦後日本」と「ジパング」に分岐する、その歴史の断続点に石原
莞爾がいる。南北の戦線を縮小し、原爆開発前にアメリカと講和条約を結ぶ。そし
て、満州国を独立させる。その先に出現するのが、無条件降伏を回避したもう一つ
の戦後日本「ジパング」である。

 ──純粋軍事国家「やまと」の発想をよりスケールの大きい時空にあてはめたと
き、どのようなポリティクスが躍動するか。物語はようやくその骨格をあきらかに
しつつある。たとえそれが可能性の領域にあっても、およそ歴史のうちに超越者が
しめる場所はない。かわぐちかいじはついに、歴史の尻尾をつかんだ。

 第9巻で、「みらい」の角松副長が吐く言葉がとりわけ印象深い。「この戦時下
の世界で我々が 我々であり続けることを保証しているのはなんだ!? 使用するし
ないの問題ではなく武力を保有しているからこそ 過去の過ちを知る21世紀の人間
が意志を貫けるのだ その背景を失った時我々に残されるものそれはこの世界への
… 屈従だけだ!!」

 かわぐちかいじが描く「武人」たちの群像は熱い。冷徹な現実認識に支えられた
意志は、つねに熱い。

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