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 ■ 不連続な読書日記               ■ No.126 (2002/09/01)
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 □ かわぐちかいじ『メドゥーサ』
 □ 麻生幾『加筆完全版 宣戦布告』
 □ 福井晴敏『亡国のイージス』
 □ トム・クランシー『大戦勃発』
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日本において丸山真男のいう「古層」が抑圧されなかったのは、たんに異民族によ
って軍事的に制圧されなかったからである。──天皇制の根拠をめぐる議論のなか
で、柄谷行人さんはこのように語っています。(『日本精神分析』)「偶然」をい
かに受容するか。すべてはこの一点にかかっている?
 

●395●かわぐちかいじ『メドゥーサ』全8巻(小学館文庫:2000)

 あの「政治の季節」がめざしたもの──明るい未来と豊かな社会。そこへいたる
二つの道──メドゥーサ(非合法)=榊陽子とペルセウス(合法)=榊龍男。この
二つの魂が再び相交わるとき、世界は終わる。「あと3分で世界が終わるなら…最
後の3分…お前と一緒にすごしたい。」

《「メドゥーサ」とは……別称……支配、統治する女(神)…!》(T巻,228)

《メドゥーサは魔女なんかじゃないんだ!! メドゥーサは古代ギリシャ人の…大
地の神だったんだ!! (中略)メドゥーサは蛇の化身なんだ、陽子。古代人にと
って蛇は生命と大地の神秘のシンボルだった… 日本の縄文人も古代ギリシャ人も
蛇を豊饒と再生の象徴としてあがめた。だが人間が森林を拓き、文明が自然への畏
敬の念を失うにつれ、蛇は忌むべき敵となったんだ。ギリシャ神話はそうした文明
人が創ったものだ。今もメドゥーサは文明に対する自然からの警告として、人々の
中に生きている…》([巻,325-329)

 ──状況に応答する政治(権=状況判断)と状況を作り出す政治(力=意志)。
あの「政治の季節」を思想的に総括する(?)ためには、マルクス=レーニン主義
(というより西欧の神学的形而上学)と中国の道徳・政治思想とを比較するしかな
いのではないか。「存在」(自然)と「道徳」(自由)と「政治」の三組(『道徳
を基礎づける』)の関係を原理的に考察すること。あるいは「愛」と「仁」、「神
」と「天」の関係。

●396●麻生幾『加筆完全版 宣戦布告』上下(講談社文庫:2001/1998)

 現未来シュミレーション小説とか情報小説とか、ジャンルでいえばそうなるのだ
ろう。有事法制なき国家、政治的リーダー不在の国家の愚かさ。ここでいう「国家
」は「政府」でも「国民」でもない。現に、この作品では、国民の反応や世論をか
きたてるマスコミの動向はほとんど戯画的にしか描かれない。そもそも、なぜ北朝
鮮は武装兵士を敦賀半島に送り込んだのか、中国軍はなぜ出撃したのか、そしてア
メリカは何を考えていたのか、それすら描かれない。

 現実に生じてしまった事実をいかに定義し、このクライシスにどう対応するか。
その判断の基軸となる原理は何か。生身の人間の死でさえ一片の情報と化してしま
う宣戦布告なき戦争という極限状況のなかで、生まれつつあった「国家」は流産し
てしまう。──事変があっけなく終結した後の新総理と内閣情報官との対話(下巻,
414-415頁)。

「瀬川君、敦賀半島の件で、日本は何か変わったと思うか?」
「今のところは何も」
「そうさ、変わっていない。いや、これからも変わらんかもしれない。阪神・淡路
大震災でも、何か変わったものがあったかと訊かれても、私は答えるのにまる一週
間はかかるかもしれん。血の教訓は日本人には向かないのか」
「しょせん、日本人はアングロサクソン系の民族ではないから、という学者もいま
す。今年が凶作でも一年待てば豊作になる。そう考える国民です」

●397●福井晴敏『亡国のイージス』上下(講談社文庫:2002/1999)

 軍事ポリティカル・フィクションとしての圧倒的な面白さに加え、人間が、とり
わけ三人の主要登場人物(いそかぜ艦長・宮津弘隆、同先任伍長・仙石恒史、同一
等海士・如月行)の逡巡と決断の間をさまよう心情の軌跡が実に丹念に描かれてい
て、物語の濃くと厚みを増している。希にみる傑作だと思う。

 腐敗臭を漂わす国家。死者との和解による更新。亡国(aimless)の楯(aegis)
がかいま見せた「国の形」。国家と共同体(民族?)との結合。そして、物語の外
部に超越するアメリカという存在もしくは原理、意思。

《守るべき国の形も見えず、いまだ共通した歴史認識さえ持ち得ず、責任回避の論
法だけが人を動かす。国家としての顔を持たない国にあって、国防の楯とは笑止。
我らは亡国の楯[イージス]。偽りの平和に侵された民に、真実を告げる者》(上
巻,515頁)

《この後、事件がどのような帰結を迎えるかはわからない。(中略)それでも、今
はこれでいいと思えるのは、この小さな戦争の中で、どこかで律儀にならずにはい
られない日本人の心のありようを見たからであるし、いざとなったら戦いを厭わず、
団結して困難に立ち向かおうとする人々の生きざまを見たからでもあった。
 それは、ひとつ対処を誤れば過剰に反応して、半世紀前の悲劇をくり返す結果に
なる両刃の力なのだろう。が、人には憎悪を乗り越えられるだけの力があるらしい、
と知ることができた心は、その有機と覚悟を示してゆけば、戦争という巨大な災厄
であっても冷静に対処し、それを根絶してゆこうとする国の形──真の平和国家と
いう、守り、残してゆくべき国の形が、いつかは獲得できると信じているのだった。
 だから、急ぎすぎはよくない。それが、まがりなりにも平和と心中すると宣言し
た国家が育んだ人の心根ではなく、極限状態の中でたまたま発揮された個人の美徳
でしかないのだとしても、そうできるのかもしれないという端緒、萌芽は、確実に
見出すことができた。》(下巻,497頁)

●398●トム・クランシー『大戦勃発』全4巻(田村源二訳,新潮文庫:2002)

 8月の上旬をほとんどこの本だけで凌いだ。2巻の途中あたりから止まらなくな
った。これは良質のエンタテインメントの宿命だと思うが、ラストに大きな不満が
残った。すべての登場人物とエピソードが成仏し切れていない。それを余韻という
べきなのかもしれない。訳者もあとがきで引用していたけれど、ジャック・ライア
ン(もうひとつの原理主義国家あるいは普遍主義国家の大統領)がロシア対外情報
局長官に語る次の言葉は印象的。

《私の国では、すべてが可能なんだ。きみたちにその気があれば、ロシアもそうな
る。民主主義を受け入れるんだ、セルゲイ。自由を受け入れるんだ。アメリカ人は
民族ではない。われわれは人種的には世界に生きるあらゆる人々とちがわない。要
するに雑種なんだ。アメリカ人の血管のなかには、あらゆる国の人々の血が流れて
いる。アメリカと他の国とのちがい、アメリカ人をアメリカ人たらしめているのは、
ただひとつ、アメリカ合衆国憲法なんだ。単なる規則集。それだけだ、セルゲイ。
だが、それが実によく機能しているんだ。》(3巻,323頁)

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