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 ■ 不連続な読書日記               ■ No.116 (2002/06/02)
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 □ W.B.イエイツ『ヴィジョン』
 □ 『日夏耿之介詩集』
 □ S.G.セミョーノヴァ/A.G.ガーチュヴァ編著『ロシアの宇宙精神』
 □ 西平直『シュタイナー入門』
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連休明け頃からどうも調子が悪くて、最近は何を読んでもたいして感動が湧かず、
そのうち活字を目に入れるのさえ鬱陶しくなってきて、なんとか読み終えてみても、
感想を書く気がしない、そんな悪循環が続いているうち、とうとうワールドカップ
が始まってしまったものだから、もう駄目。

それでも、橘玲という匿名作家(「海外投資を楽しむ会」の創設メンバー)が書い
た『マネーロンダリング』(幻冬舎)には久しぶりに時を忘れて、ずいぶん気持ち
も高揚したのですが、この機を生かして一気に元気回復とまではいかなかった。

そういうわけで、今回は昔書いたものをいくつか並べてみました。イェイツの『ヴ
ィジョン』は、昨年の十月、ちくま学芸文庫から出た『幻想録』(島津彬郎訳)を、
木原誠、謙一兄弟の『イェイツと夢』『イェイツと仮面』(彩流社)を参考にしな
がら読み直してみようと、ちょうど囓りかけたところだったのだけれど、いま述べ
たような事情もあって、早々に頓挫してしまいました。
 

●365●W.B.イエイツ『ヴィジョン』(鈴木弘訳,北星堂書店)

 1917年10月24日、結婚4日目の日の午後、ケルト・リヴァイヴァルの中心人物で
あった詩人W.B.イエイツの新妻が、突然自動筆記をはじめた。驚くべきことに、
「我等がここに来たのは、おまえに詩歌の隠喩[メタファ]を教えるためである」
と、謎の伝達者は彼に語りかけたのである。

 妻の手によって書き留められ、やがて睡眠中の妻の口を通して話されることとな
った事柄をもとに、イエイツは1925年“A VISION”を著し、1937年にはその改訂版
を発表した。

 興味深いのは、イエイツに対して明らかにされた事柄の内容よりも、むしろイエ
イツと伝達者たちとのやりとりの方なのだが(たとえば、伝達者の一人は庭でふく
ろうが鳴くのを耳にして「ああしたひびきを聞くと、たいへんいい気持ちになる」
といったとか、イエイツが出す質問のなかに伝達者たちの使わない用語が出てくる
と彼らが憤激したなど)、ここでは『ヴィジョン』の中に書き残された「四つの機
能」と「四つの原理」をとりあえずメモしておくことにしよう。(これら謎めいた
四組の封印の解かれる日がいつか来ることだろう。)

 四つの機能──意志[Will]と仮面[Mask]、創造心[Creative Mind]と運命
体[Body of Fate]。意志とその対象(あるいは「あるがままの姿」と「あるべき
姿」)、思惟とその対象(あるいは「認識者」と「認識対象」)。

《存在者が自身を独立した存在者として意識するようになるのは、「対立」と「離
反」とにともなう明白な事実、すなわち、<意志>と<仮面>との情運的「対立」、
<創造心>と<運命体>との知的「対立」、<意志>と<創造心>、<創造心>と
<仮面>、<仮面>と<運命体>、<運命体>と<意志>の、それぞれにおける「
離反」があるからである。》

 死後の生に密接に関連する四つの原理──外殻[Husk]、情念体[Passionate
Body]、精霊[Spirit]、天上体[Celestial Body]。

《<精霊>と<天上体>とは、精神とその対象(統合された神の理念)をいい、<
外殻>と<情念体>とは、<意志>と<仮面>との関係に相当し、感覚(衝動、心
象。自身に関連ある心象を聞いたり見たりする働き──耳、目など)と、その対象
をいう。<外殻>は人間の肉体を象徴的に表現したもの。《原理》は相互葛藤をと
うして現実を示現するけれども、なにものをも創造しない。》

●366●『日夏耿之介詩集』(思潮社)

 1912年12月、西条八十らとともに早稲田系の文芸同人誌『聖盃』を創刊(1915年
6月まで全29冊)。この雑誌は八号から『仮面』と改題された。

 1914年3月、『仮面』同人その他と月例の「愛蘭土文学会」を開催。(一高三年
の芥川龍之介もこれに参加している。後に書かれた随想「『仮面』の人々」には、
早稲田の連中が「正常なる僕[芥川]に悪影響を及ぼしたことは確かだ」とある。)

 1917年12月、第一詩集『転身の頌』を刊行。
《凡そ、詩篇は、所縁の人に対して、実在が、そのまことの呼吸の一くさりを吹き
込めたものの、或る機会の完き表現でなければならぬ。それは、選ばれたものにも
儘ならぬ、選ばれぬものへの宿命的示唆である。媒霊者のない自動記書である。》
(『転身の頌』序)

 1922年5月、訳詩集『英国神秘詩鈔』を刊行。同年発表された「全神秘思想の鳥
瞰景」では次のように書かれている。

《あらゆる時代のあらゆる国々の神秘家は、その汎神論者風たると超越神論者風た
るとを問はず、あるひは、哲学的たると神学的たるとを問はず、一切有を底流する
実在を直接の体験によって認識し、神学的主理説や宗教上形式主義を斥けて、神人
一如、忘我、法悦の心境に彳立することによつて福祉を感じる人々である。けれど
も、時と処を異にしてその特徴も亦自ら千差万別であることはいふまでもない。た
とへば、神秘家の独逸的なるものと、ケルト的なるものとは、仏蘭西的なるものと
西班牙的なるものとが異るが如くに異り、東方波斯白法衣派[スーフィズム:引用
者註]の神秘世界は、西洋文芸復興期に栄えた神秘家の世界と、内質に多大な差別
がある。》

 これら様々な神秘思想の源流として“Lofty Mysticism”たるプラトーン哲学に
まで赴いた日夏耿之介は、プローティヌス、アウグスティヌス、ディオニシウス・
アレオパギータ、そして「愛蘭の哲学者」ヨハン・スコーツス・エリュゲーナへ、
さらにスコラ期の神秘家、エックハルトやヤーコブ・ベーメらの独逸神秘派、西班
牙、仏蘭西の神秘道へと降っていく。

《英国は如何か。批評家マシウ・アーノルドがケルト文学論で述べた如く、英民族
の複雑さは、テュートンとスカンディナビヤとケルトとの混血から来てゐるので、
従つて英国神秘主義の特徴はライオネル・ジョンスンの云つた如く…ラテン的理想
主義に偏せず、テュートン的形而上学に片寄らない「奇怪と偏畸とにみちみちた文
学、情緒の微動してゐる思想の文学」の中にあり、その領土は、哲学の中よりも、
宗教の中よりも、一番、文学の中、特には詩歌の中に円満に現はれてゐる。》

 十三世紀以後の英国詩史を概観し、「英国神秘詩人の最大なる者」ヰリヤム・ブ
レークやオーズオース、エミリ・ブロンテらに言及した後で、日夏耿之介は次のよ
うに総括している。

《近代の神秘詩は更にイエエツ William Butler Yeats (1865─)とA.E.(Geor
ge Russell 1867─)に至って、かなり変形して基督教本部の神秘説以外に大乗仏
教の涅槃思想や玄秘学[オッカルティズム]の神秘的一面等に深い感化を得て総じ
て大陸の近代神秘説と一縷の交渉を保つてゐる。畢竟するに、十九世紀の英国神秘
説はあらゆる方面に分散され各方面で別種の収穫をあげたので以上の如き神秘説本
部に近い詩人以外に、ニューマンやキーブル等牛津運動の一派の神秘思想はキーツ
よりロゼッティ一派に及ぶ芸術至上主義のそれと対立し、習慣を重んじるテニスン、
宇宙的霊を信じるシェリ、篤信の女人妹ロゼッティ、夫人ブラウニング等近代思想
の複雑多岐多彩な各方面の特質とわが性格の特質と相交錯した一点に立って神秘的
思惟を行つた。》

 なお「全神秘思想の鳥瞰景」は、そのほかスヱーデンボルグ、エマスンをはじめ、
ノヴァリス、ユヰスマンズ、オスカア・ワイルドらに触れている。

●367●S.G.セミョーノヴァ/A.G.ガーチュヴァ編著『ロシアの宇宙精神』
                   (西中村浩訳,せりか書房:1993/1997)

 原書のタイトルは「ロシア・コスミズム、哲学思想アンソロジー」で、文芸批評
家セミョーノヴァによる序論と十七人の思想家のテクスト(訳書ではそのうちの六
人を選んでいる)を収めたもの。以下に目次を転記する。

序論 ロシアの宇宙精神
 上昇進化/精神圏的な課題/愛の変形/人間の「地球上の幽閉」からの脱出
フョードロフ[1829-1903]
「共同事業の哲学」「科学と芸術の矛盾はどのようにして解決できるか?」
ソロヴィヨフ[1853-1900]
「自然における美」「愛の意味」「キリストは蘇りぬ!」
ブルガーコフ[1871-1944]
「経済のソフィア性」「社会主義の魂」
フロレンスキイ[1882-1937]
「器官投影」「ヴェルナツキイへの手紙」
ツィオルコフスキー[1857-1935]
「宇宙の一元論」「宇宙哲学」
ヴェルナツキイ[1863-1945]
「人類の独立栄養性」「精神圏についての緒言」

 ロシア・コスミズムとは何か。──十九世紀の半ばから成熟しはじめ、世紀末か
ら二十世紀初めにかけて宗教・哲学、文学・芸術、科学思想などの分野で大きく展
開されたこの「潮流」の発生上の特徴について、セミョーノヴァは「世界に対する
原理的に新しい態度である」と規定している。

 また、セミューノヴァは「序論」の最後で、ロシアの宇宙論的、能動進化論的な
哲学と科学の特徴をあらためて強調している。それは、現在は「上昇進化」への過
渡的・危機的な段階にあるという認識と、来るべき新しい意識的・能動的な進化段
階(精神圏あるいは霊圏)をもたらす主体は、「進化し、創造的に自己を越えてい
く宇宙的な生物」としての人間、より精確には死者も含めた「人類総体」であると
いう認識である。

 そこでは、現代世界の基本的な創造の力である科学もまた、新しい方向が与えら
れる。すなわち、科学はさまざまな学を統合した「生命に関する普遍的な宇宙科学
」として、明確な道徳的・倫理的基準たる究極の目的(宇宙変革という共同の事業
)に奉仕しなければならないものとされたのである。

 こうしてロシア・コスミストたちは「能動進化と精神圏が論理的にも客観的にも
不可避であることを立証した」と、セミューノヴァは指摘し、第二次世界大戦が始
まったころ、ヴェルナツキイが日記に書いた文章を紹介している。「「野蛮化の力
」は敗北するにちがいない、なぜならそれは精神圏的過程に逆らい、世界の発展の
客観的な法則に逆らっているからである。」──以下、補遺として。

《ロシアのコスミストたちの理念は長い間葬り去られるか、あるいはほとんど価値
のない科学・文化遺産として扱われてきた。あるいはまた、「観念的なたわごと」
とか「気まぐれ」といったおどろおどろしいレッテルを貼られて、隅に追いやられ
ていた。この二、三十年の間にようやくその復活がはじまったのだが、それはます
ます本格的なものになりつつある。》

《ロシアのコスミズムという思想潮流は全人類的な意義をもっている。それは深遠
な理論を提供し、現代だけでなく、はるかかなたの遠い未来に対しても驚くべき洞
察を見せてくれる。集団的な希望、惑星的な規模の希望に地平線を切り開いてくれ
るような原理的に新しい思考形態が求められている今日、ロシアのコスミストたち
の残したものはとりわけ人々を惹きつけるものとなるだろう。》

●368●西平直『シュタイナー入門』(ちくま新書)

 梅雨のあいまの「五月晴れ」の陽光に心地よい眠気を誘われながら、西平直さん
の『シュターナー入門』を読んでいて、シュタイナーが晩年のニーチェと「面識」
のあったことを知りました。(二十八歳の青年カフカが五十歳のシュタイナーに人
生相談をもちかけていたことも初めて知って、いたく刺激を受けたのですが、これ
はまた別の話題です。)

《……宇宙は素粒子の組み合わせで成り立っている。素粒子の数が有限であるかぎ
り、組み合わせも有限である。可能なかぎりの組み合わせが尽きれば、繰り返すし
かない。その組み合わせは、かつてすでに生じていたであろうし、これからも繰り
返されるだろう。ということは、宇宙の同一状態が永遠に反復する。当然、人の人
生も、同じ組み合わせで、未来に生まれ変わるに違いない……。/こうして、ニー
チェは「人生の繰り返し」という観念を、同じ体験が繰り返されることと理解し、
その繰り返しによって、霊的に成長してゆくとは考えなかった。その点が、シュタ
イナーのニーチェに対する批判であった。》

 僕は「復活」という観念について、ニーチェの永劫回帰説との関係で考えてみる
ことはできないか、そしてそこで回帰するものに永井均さんがいう〈この私〉は含
まれているのだろうか、などと漠然と考えていたのですが、これはまだ生煮えの段
階でしかないので、これ以上は書きません。

 ただし、西平さんの紹介している永劫回帰説がニーチェがほんとうに考えていた
ことなのかどうか──あるいは「ニーチェがほんとうに考えていたこと」云々をお
いても、永劫回帰説のほんとうの凄味(?)を伝えているのかどうか──僕には疑
問がありますし、またシュタイナーによるニーチェ批判の指摘についても──もし
これを字義通りに読むならば──僕にはずいぶんと迫力のないものに思えてならな
いのです。

 むしろ『シュターナー入門』の後半に出てくる次の文章の方が、事柄の本質をつ
いているように思いました。(シュタイナーの「死後の発達段階論」を紹介し、そ
して「生命が生命からのみ生じるように、自我(私)も自我(私)のみから生じる
」とシュタイナーが自説の自然科学的な理論性を主張していることへの「違和感」
を率直に告白したあとで、にもかかわらずこの理論が魅力的に見えるのはなぜかと
自らに問うた箇所の締めの文章。──このくだりは本書の白眉だと思う。)

《ひとつの魂が、今世はこの〈わたし〉に宿っている。この〈わたし〉として生き
ている。今世の旅を終えれば、〈わたし〉から離れながら、しかし、また再び〈別
のわたし〉として転生する。/では、その〈別のわたし〉と〈このわたし〉は同じ
なのか。違うとしたらどの「部分」が違うのか。一体〈わたし〉は、どこから来て、
どこへ行くのか。なぜ、この〈わたし〉として生まれてきたのか。何のためなのか。
どんな使命を担ってきたのか。/シュタイナーの地平は、そうした問いを受け入れ
る。そうした問いを、問いとして語ることを可能にする。そうした人生の問いが、
場違いでない空間。答えの出ない問いとつき合い続けることを可能にする空間。問
う本人が、その話の中に登場してしまうミュトス(神話・お話)。/シュタイナー
の話を聞くたびに、事は我が身の問題となってしまうのである。》

 それにしても西平さんの本はよくできた「啓蒙書」で、「超感覚的世界・霊的世
界を自然科学の方法で理性的に認識する」というシュタイナー思想の核心となる方
法意識をきちんとおさえ、そのことが現在どのような意味をもつのかを、それと語
らずして読者に考えさせてしまう力をもった書物だと思いました。

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