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 ■ 不連続な読書日記                ■ No.93 (2002/01/13)
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 □ 宮部みゆき『模倣犯』
 □ サム・リーヴズ『長く冷たい秋』
 □ サム・リーヴズ『雨のやまない夜』
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年の初めに読んだ本、その一。昨年評判をとった本のうち、ジョン・ダワー『敗北
を抱きしめて』、三浦雅士『青春の終焉』、清水徹『書物について』の人文系三冊
とフィクション系から宮部みゆき『模倣犯』を選んで、年末年始のしずかな時間を
こころゆたかにすごすつもりが、結局読了できたのは『模倣犯』だけ。

上下巻あわせて千四百二十二頁(三千五百五十一枚)を丸二日かかって合計十五時
間で一気読みした感想は、怒濤、叫喚、重厚にして軽妙、洒脱にして沈痛、その圧
倒的な物量(文字量と人物の数)にただただ疲れた。

それから、年末年始にかけて断続的に(惜しみながら)読みつづけてきた久しぶり
のハードボイルドにすっかり酔いしれてしまったので、感想文ともつかない抜き書
きをしておきます。
 

●287●宮部みゆき『模倣犯』上下(小学館:2001.4)

 くっきりと濃く深く内面と外面の両方から丹念に造形された登場人部の一人一人
がそれぞれ一つの独立した物語世界の可能性を開示するなかで、ただ一人けっして
内側からその心の世界が叙述されることのない「ピース」の存在が際立っている。

 内面を持たない表情と言動だけの(つまりTV向けの映像だけの)人物、純粋な
悪の演出者にしてオリジナリティを希求する凡庸な模倣者(なぜなら「ピース」の
独創性は「大衆」の想像力によってあらかじめ夢見られた犯罪の模倣でしかないか
ら)。

 この前代未聞の人物を描ききるためにこそ、この物量は必要だったのだ。私はそ
う得心している。

 たとえば、オリジナルなコピーとも言うべき「ピース」の本質に同時に迫ってい
く、しかしその軌跡はついに交錯することがない二人の登場人物(ジャーナリスト
としての真相究明を最終的に断念するルポライターと、犯罪捜査の最前線に立つこ
とをあらかじめ放棄したデスク役の巡査部長)の次の述懐。

《この事件で本当にオリジナルなものがあるとしたら、それはたったひとつだけな
のかもしれない。犯人たちを動かしていた衝動。彼らが死んだときに、それも一緒
に消え去ってしまった。再現不能、再生不可能。あたしたちが──いいえ、みんな
と一緒よ、みんなでやってることよなんて顔をするのは卑怯だ──あたし、この前
畑滋子がやっているのは、彼らを動かしていた衝動の粗悪な模造品を、誰に何の許
可を受けることもなく、ただその模造品がどれだけもっともらしくつくれたかを見
せびらかしたいが故に、せっせとこしらえているというだけのことじゃないのか。
》(下巻289頁)

《「こう言えばいいかな。今度の犯人たちは、前代未聞のことをやってのけた。連
続殺人の実況中継だ。そしてその中継が一番盛り上がってる最中に、不可解な死に
方をして謎を残した。こんなべらぼうな筋書きが、ごく普通に暮らしていて、直接
的には事件に関係のない人間たちの心のなかに、いったいどんな感情を呼び起こす
ものなのか──俺はそれを知りたいんだ(略)」
 ネット上の未遂報告は、まったくの勘違いかもしれないし、最初から作り話かも
しれない。だが、そうだとしても、なぜそんな勘違いや作り話が生まれるのかとい
うことを探るのには意味がある。それらの砂上の楼閣は、今回の未曾有の事件を社
会が消化してゆくために必要なものであって、だからこそ創り出されたのだろうか
ら。
 そして、そういう創作をするエネルギーは、実はほかでもない、犯人たちを動か
してあんな事件を起こさせたエネルギーと根を等しくするものなのではないかと、
武上は思うのだ。》(下巻450-451頁)

●288●サム・リーヴズ『長く冷たい秋』
                (小林宏明訳,ハヤカワ文庫:1993.10/1991)

  以前、ちょうど本書が刊行された年、ニューヨーク・スター紙のトップ記者ジョ
ン・ウェルズが活躍するキース・ピータースンのハードボイルド四部作──『暗闇
の終わり』『幻の終わり』『夏の稲妻』『裁きの街』(創元推理文庫)──に陶酔
したことがあった。

 シカゴを舞台にしたサム・リーヴズの「叙情的」ハードボイルド第一作は、ほぼ
八年ぶりの陶酔を与えてくれた。これまでにシリーズ四作が翻訳されている。第五
作があるのかどうかはしらないけれど、しばらくはサム・リーヴズの世界にはまり
続けることだろう。

 ヴェトナム帰還兵で挫折したインテリでタクシー運転手のクーパー・マクリーシ
ュ。最近はカール・ポッパーの『開かれた社会とその敵』を読んでいて、アメリカ
のヴェトナム介入より「もっと大きなテーマ」で本を書くべきかどうか決めかねて
いる。「あれは本じゃない。セラピーみたいなもんさ」(クーパーのこの科白はシ
リーズ第二作に出てくる)。

 八歳年下の恋人ダイアナ・フローリックはウェイトレスをしながら金を稼いで大
学へ入り直すつもり。部屋にはバルガス・リョサやボルヘスやペレス・ガルドスや
ウナムーノのスペイン語の本が並んでいる。

《「いいかい」クーパーはなんとか彼女にわかってもらおうと、身を乗り出して言
った。「ちゃんと説明させてくれ。おれが好きなのは、人を傷つけることなんかじ
ゃない。おれが好きなのは、どこかのろくでなしの顔にあの表情、世の中はおれを
中心にまわっているんだっていうあの表情を見て取って、そういう考え方を改めさ
せてやり、自分を変えるためにひと汗かかせてやることなんだ。おれはそれが好き
なんだよ。それは認める。なぜって、連中がなんの罰も受けないでのさばってるの
にがまんできないからだ。ほんとにがまんできない。もううんざりなんだ。子供の
ころは、右のほおを打たれれば左のほおを出せって教えられた。だが左のほおを出
すってことは、両方のほおが傷つくってことだ。そういうのは、もううんざりなん
だ」》

●289●サム・リーヴズ『雨のやまない夜』
                 (小林宏明訳,ハヤカワ文庫:1994.9/1992)

 シリーズ第二作でもクーパーはポッパーを読んでいる。いや、本など読む暇もな
く愛するダイアナの危機を救うべく奮闘する。──読者は休む間もなく『春までの
深い闇』『過ぎゆく夏の別れ』を読み継いでいく。一気読みの誘惑と戦いながら。

《雨はいっこうにやまなかった。長い時間がたったあと、彼のわきにしずかに横た
わっていたダイアナが言った。「あたし、このところずっと便器の底で暮らしてい
たような気がするわ」
「実際そうだったんだよ。人間がただの肉の塊でしかない世界で暮らしていたんだ。
みんながお互いをそんなふうに見ている世界なんて、ぞっとする」
「あたしはそんな世界を一度も見たことがなかった。そんなぞっとする世界はね。
以前にはそんな世界を歩くことも、そのにおいを嗅ぐことも味わうことも、その手
を感じることもなかった。なにもかも枯れて腐ってしまう世界だわ」
「たしかにしばらくはそうさ」クーパーは言った。「だが、やがて雨がふってくる」
 彼は、くたびれたレンガを打っている外の雨を見た。「そして太陽が昇り、月が
出て、地球がまわっていれば、また色が見えてくる。そんなものさ。ひとりぼっち
でなければ」
 彼女にそんな力があろうとは、夢にも思わなかった。こんなふうに自分をきつく
抱きしめる力があろうとは。》

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