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 ■ 不連続な読書日記               ■ No.88 (2001/12/22)
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 □ 太田肇『囲い込み症候群』
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最近たて続けに「心脳問題」(あるいは「神経哲学」)をめぐる必読本が出版され
て、ちょっと困ったことになっています。

まず、ここ数年、翻訳を待ち望んできたロジャー・ペンローズの『心の影1』(み
すず書房)とデイヴィッド・J・チャーマーズの『意識する心』(白楊社)が、ど
ちらも林一さんの訳で刊行され、つい勢いで、二月前に発行された河村次郎さんの
『脳と精神の哲学』(萌書房)と四月前のフランシスコ・ヴァレラ他『身体化され
た心』(田中靖夫訳,工作舎)とのまとめ買いをした矢先、今日になって茂木健一
郎さんの新作『心を生みだす脳のシステム』(NHKブックス)が出たものだから、
とうとう手元不如意のまま年を越すことになってしまった。

それはいいとしても(ほんとうはよくない、消費税抜きで計一万四千八百七十円也
の出費は、忘年会を二回ほどキャンセルすれば済むはずだけれど、キャンセルでき
ないししたくないものだから、いずれどこかでこの無理はたたる)、いったいどう
やって時間をやりくりして、どれから読み始めればいいのだろう。──いや、その
前に、読みかけの本を仕上げておかないと。
 

●267●太田肇『囲い込み症候群──会社・学校・地域の組織病理』
                          (ちくま新書:2001.12)

 日本の企業組織研究の蓄積を踏まえて、著者は自らの問題意識をより「大局的な
視点」に立って再設定する。すなわち、日本の組織に共通してみられる最大の問題
点は組織が個人を囲い込むことであり、その弊害を一言で表すならば、個人のレベ
ルでは「不自由」、全体社会(国家)のレベルでは「不平等」、中間組織(個人と
国家の中間に位置する組織)のレベルでは「不適応」(非効率)をもたらすことに
ある。

 こうした問題を解決する道筋を示し「組織や社会の未来像」を描くために、著者
はまず囲い込みの論理と生理を実証的に明らかにする(第一章)。そこで展開され
るいわゆる日本型組織(プロセスを重視し個人責任をあいまいにする、柔軟で「人
間的」な有機的組織)への批判は鋭い。

 次いで、囲い込みが遂行される場としての「中間組織」がもつ保護と抑圧の二重
機能を摘出する(第二章)。著者はここで「個人の自由や平等を保証するために全
体社会が中間組織に対して優位に立つべきだ」という立場を鮮明に打ち出している。
そして「強者の論理としての分権」批判(これも鋭い)をもとに、全体と個の媒介
をめぐる政治の問題、つまり全員の責任といった観念的な責任の問題ではなく「中
間組織の内外で生じる権力争いや多数者の専横から個人の権利を保護し、普遍的な
基準で人々を律する」という「より上位の組織の責任」(75頁)の問題を論じるた
めの足場を固める

 こうしてあぶり出された日本的中間組織の病理は、組織に対して限定的・手段的
にかかわる「仕事人[しごとじん]」に典型的な個人の意識や価値観の変化によっ
てその条件が崩れつつあり(第三章)、これに伴い会社・学校・地域といった範囲
の中で部分最適を図ろうとする「組織の論理」そのものが破綻に瀕している(第四
章)。

 以上の考察と分析を経て、最後に日本型組織再生への三つの処方箋が示される(
第五章)。第一に、会社や労組、職業団体、政党や自治体、自治会・町内会やPT
Aといった旧中間組織の改革に向けて、「インフラ型組織」や「間接統合」の理論
など企業組織研究の過程で培われた著者の理論装置が総動員される。その結論は、
組織を「仕事の場を提供するところ」ととらえ、メンバー個人を積極的に選別・管
理しない、入りやすく出やすい「小さな組織」あるいは「遠心組織」へと組み替え
ることである。

 第二に、全体社会(国家)の権力の肥大化や独走をチェックする存在としての「
代替セクター」が構想される。この「新しい中間組織」には、これまで以上に人々
を引きつける「求心組織」としての魅力と、社会的な正当性が強く求められる」。
著者は、参加の任意性、活動分野の限定性、地域的な非閉鎖性という三原則を提示
した上で、新しい組織づくりに際しては「「最初に組織あり」という前提から出発
するのではなく、具体的な目的や必要性によって自発的に組織に参加し、また組織
をつくっていく」といった組織の原点に立ち返ることが必要だとする。(ここまで
の議論は実に明快で示唆に富む。)

 第三に、基本的に特殊利益を追求する中間組織に対して普遍性を追求する「超」
組織、つまり「社会全体を俯瞰し、すべての構成員を公平に扱う」ための上位の組
織(国家)の必要性と、かりに内容に差異があっても実質上の平等が保たれるなら
ば問題はないとする「実質等価の原則」に即してその役割が考察される。

 著者がほんとうに書きたかったのはこの最後の節だったのだと思うが、私はそこ
に若干の不満を覚える。代替セクターとしての新しい中間組織論やそれへの個人の
多元的帰属(ジンメル)をめぐる議論と、「超」組織としての国家をめぐる議論と
の関係がしっくりこないのである。というより、そもそも著者がいう「国家」がイ
メージできないのである。それは統治機構のことなのか、中央政府のことなのか、
システムや市場のように目に見えない観念上のもの(それでいてアクチュアルなも
の)なのか、あるいは個人ではなく中間組織をメンバーとする組織の組織ともいう
べきものなのか、それとも「普遍性」の異称なのか。

 第二章の「分権の功罪」を論じた箇所で、著者は次のように書いていた。《個人
の立場からすると、とくに組織のメンバーが同質的で利害が一致するとき、組織に
権限が委譲されることの意義は大きい。(中略)このように分権の一つのポイント
は、いかにして利害の共通する切り口を見出すかである。現実的かどうかはともか
く、理屈のうえではテーマごとに分権の範囲と担当すべき中間組織のレベルを変え
るのが理想であり、NGOやNPOが部分的にはその道を開くかもしれない。》

 私はこの指摘は玩味すべき豊かな内容をもっていると思う。代替セクターとして
の新中間組織と国家の関係を明確にし、「個人の立場」に徹して「国家」の「超」
組織性の実質を理論化していくためには、まず「個人」の概念規定を精緻化する必
要があるように思った。

 ──著者の今年二冊目の新書を読み終えて、斎藤環氏の『社会的ひきこもり』(
PHP新書:1998)を思い出した。「囲い込み」と「ひきこもり」との言葉の連想
によるのではなくて(この二つの現象もしくは概念の関係は、それはそれで考察に
値すると思う)、ひきこもりは悪循環の「システム」であるという斎藤氏の指摘と
そこで示された「個人−家族−社会」の社会的ひきこもり模式図(これは確か村上
龍の『最後の家族』でも使われていた)が、太田氏の議論と重ね合わせになって私
の思考を刺激したのだ。

 個人と家族と社会を表す三つの円が接点を欠いたまま同心円状に分離するとき、
そこから独力で抜け出そうとするのは靴紐を持って自分を引き上げようとするよう
なものだ(ベイトソン)という社会的ひきこもりの「システム」が完成する。ここ
に出てくる「家族」と太田氏が論じている「中間組織」を同列に扱うのは無論乱暴
な話だ。これは悪しきアナロジーにすぎないのかもしれないが、「組織病理」をそ
の根源にまで論じ尽くすためには「精神病理」をめぐる学知に学ぶ必要があるので
はないか。

 斎藤環氏のホームページ[http://www.bekkoame.ne.jp/~penta2/]に掲載されて
いた「解離現象からみた「おたくとオウム」」に、「解離型社会」における「倫理」
に関する次の記述が出てくる。《筆者がここで「倫理」としてよりはむしろ「おた
くのためのスキル」として強調しておきたいのは、以下の三点である。「現世利益」
を含む多数の虚構コンテクストを等価ならしめる、唯物論的な基盤を忘れないこと。
コンテクスト・レヴェルの的確な判断力と、いつでもメタ・コンテクストへとジャ
ンプしうる柔軟性を鍛えておくこと。解離したコンテクストに自閉せず、諸コンテ
クスト間の交通を回避しないこと。》

 ジンメルのいう多元的帰属の問題と斎藤氏が論じる解離型社会や抑圧と解離の問
題を、私は切り離して考えることができない。繰り返すが、問題は「国家」とは何
かであり、だから「個人」とは何かなのだ。その答えは、太田氏の言葉をもじれば
「最初に国家あり」という前提を立てないことのうちに見えてくるのではないか。
いずれにせよ、私たちは国家をつくった経験がない。これだけは確かではないか。

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