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 ■ 不連続な読書日記               ■ No.60 (2001/07/23)
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 □ 佐藤正午『Y』
 □ 芦原すなお『東京シック・ブルース』
 □ 酒見賢一『ピュタゴラスの旅』
 □ 星野之宣『ブルー・ワールド』
 □ 宮部みゆき『魔術はささやく』
 □ 乃南アサ『凍える牙』
 □ 柴田よしき『月神の浅き夢』
 □ 幸田真音『日本国債』
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●152●佐藤正午『Y』(角川春樹事務所:1998.11)

 佐藤正午の小説は、ほぼ九年前、芦原すなおの『青春デンデケデケデケ』と一緒
に『個人教授』を読んだのが最初で、それ一冊だけ。その時の感想が「村上龍の『
69』以来の楽しめる青春小説」(これは『デンデケデケデケ』と共通の感想)と
「村上春樹の世界を思わせる知的に乾いた叙情」で、村上春樹のことは『Y』を読
んでいてもやっぱり(『リセット』の北村薫とともに)連想した。つまり、これは
上手い小説であり、私の好みの作品であったということ。

 18年分の記憶をもったまま18年前の自分に戻り、二度目の人生を送った男から、
一番目の人生で友人であった男(主人公)あてに届いたフロッピー・ディスク。「
Y」というのは時間の分岐をあらわす記号で、フロッピー・ディスクに綴られた「
作中作」のタイトルでもある。この小説にはたぶん、時を彷徨う男の三番目の人生
(それは主人公にとって、もう一つの別の人生である)を構成することとなる人物
(たとえば、女性の新聞記者)や素材がそれとなく描かれている。小説はなぜ書か
れるのか、そしてなぜ読まれるのか。これがこの作品の隠れたモチーフである。

●153●芦原すなお『東京シック・ブルース』(集英社:1996.9)

 休日の午後、1時過ぎに目覚めて、まだこんなに朝寝ができるのだと、妙に充実
した気持ちになって、早々と訪れた昼下がり、36度を記録した外気を避けて、部屋
でだらだらと時間を潰していて、何気なく手にしているうち止まらなくなり、最後
まで一気に読んで、どことなく『三四郎』や『ノルウエイの森』を思わせる世界に
浸って充実した気分になって、すこしだけ翳った陽をたよりに、あてもなく出かけ
た。いい一日だった。

 名作『青春デンデケデケデケ』に続く純愛青春小説(と、確か文庫版のカバーに
印刷されていた)。「自然」の観念をめぐる「教養小説」の薫りが上質。

●154●酒見賢一『ピュタゴラスの旅』(集英社文庫,原著:1991.1)

 表題作を含む五つの短編が収められている。小説という虚構世界の五つの型を示
している。と言いたいところなのだが、虚構性そのものをテーマにした「そしてす
べて目に見えないもの」、現実性と虚構性の決定不能性を示す「籤引き」、そして
幻想世界と現実世界との物語的融和を描く「虐待者たち」の区別はつけられるのだ
けれど、「ピュタゴラスの旅」と「エピクテトス」の手法の違いがよく判らない。
が、それにしてもこの二作品はよく出来ていた。この手の作品をもっと読みたい。

●155●星野之宣『ブルー・ワールド』(講談社漫画文庫)

 永井均の『マンガは哲学する』で、星野之宣の作品が三つ取り上げられていた。
(『ブルーホール』と『2001夜物語』と『スターダシトメモリーズ』。)

 極限状態でより多くの人間が生き延びるため足手まといになる人間を殺害するこ
との是非をめぐる英国海軍中尉と軍医の二人の女性の確執、その中尉が自ら生き延
びることの意味を少女とその祖父の救出に置いていたこと等々、この作品にも「哲
学の問題」はちゃんと用意されていた。が、そういうこととは関係なく、よくでき
た作品だった。

●156●宮部みゆき『魔術はささやく』(新潮文庫,原著:1989.12)
●157●乃南アサ『凍える牙』(新潮文庫,原著:1996.4)
●158●柴田よしき『月神[ダイアナ]の浅き夢』(角川書店:1998.1)

 無性に日本人のそれも女性が書いた物語を読みたくなって、立て続けに読んだ。
三作ともミステリーで、だから猟奇的かつ不可思議な殺人事件と探偵(うち二作は
女刑事、残りは少年)、伏線やトリック(催眠術に調教、トラウマと二重人格)と
謎解きの趣向はもちろん講じてあるのだが、そういったところにはもともと関心は
なかったし、さほどの感銘も受けなかった。

 いずれの作品も、ほんのちょっとの手捌きで駄作になってしまう危うい緊張の上
に、見事に緊密な虚構世界を築き上げている。男性作家が描くと組織小説になる題
材が、女性作家の手になると家族小説になる(?)。

 『魔術』は、この素材とテーマと筋立てでよくぞここまでの作品に仕立て上げた
ものだと、作者の力量に舌を巻きながら一気に読み切った。

 『牙』は新幹線の中で3時間かけて、少し長い目の映画を観るような感じて読ん
だ。ウルフドッグ疾風[はやて]とヒロイン音道貴子の追跡シーンと一瞬の交錯。
作者はこのクライマックスを描くためだけにこの作品を書いたのではないか。すべ
ての結構はこの一点に向かって収斂していく。人間の犯罪の矮小さなど、この際ど
うでもいいことだ。(安原顕の解説は、ちょっとひどい。)

 『月神』は村上緑子シリーズの第三作。シリーズ物特有の重層的な構成が設えて
あって、横溝正史賞をとった第一作『RIKO』以来ずっと気になりながら未読だ
った前二作を読めば、もっと「深い」味わいがあったのだろうとは思ったけれど、
これはこれで楽しめた。

●159●幸田真音『日本国債』上下(講談社:2000.11)

 小説としての結構が下巻で崩壊している。フィクションとしての濃度が薄まり興
はそがれたけれど、著者のメッセージは強烈に伝わってきて最後まで飽きずに読め
たのだから、これはこれでよく出来ているのだと思う。それにしてもこの小説作法
はどうにかならないものか。いっそ、ノンフィクションに徹すればいいのに。惜し
い。

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