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 ■ 不連続な読書日記               ■ No.51 (2001/05/05)
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 □ 今村仁司『交易する人間』
 □ 妙木浩之『心理経済学のすすめ』
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「魂の経済学」への序走、その二。──『交易する人間』に出てくる次の文章は、
とても「参考」になりました。

《ここで言う霊性とは心理学的な「霊魂」の観念ではない。魂もまた一つのスピリ
ット(精神)であるから、霊性をおびるとみなされるが、魂が霊的であるのは、そ
れが霊的なものを受け取るいわば容器だからである。霊魂以前に「霊性」がある。
霊性が人間のなかの何かに作用するとき、身体のある種のものが「魂」と呼ぶしか
ないようなものを生み出す。》(90頁)

《プラトンのコーラは、たとえば英語でレセプタクル(受容器)と翻訳されるが、
それはイメージでしかない。受容器なるものが存在者として存在するわけではない。
だから人間の言葉でもって言い表わすこともできない。それは「語ることのできな
いもの」である。「ある」とも「ない」とも言うことができない何かである。》(
128頁)

ついでに、中村雄二郎さんの『精神のフーガ』から抜き書きしておきます。

《しかし、捉えにくく問題なのは、この〈場〉(コーラー)がいかなるものか、と
いうことである。それは一口でいえば、感覚的事物にかたちを与える母胎であり、
一種の容れ物であるが、その中身の雑多な力によっていろいろと揺さぶられ、外観
を変える。これは、或る外観がその〈なか〉で現われるものであり、ちょうど映像
に対する〈鏡〉のような働きをする。そしてこのコーラーは、容れ物の類に譬える
なら、振動させることで穀物を選り分ける〈箕〉にもっとも近い。この振動によっ
て、似た者同士が集められ、違ったものは相互に引き離されるようになり、その結
果、宇宙が秩序づけられるときには、それらのものはそれぞれ違った場所を占める
ことになるのである。》(46-47頁)
 

●125●今村仁司『交易する人間(ホモ・コムニカンス)』(講談社:2000.3)

 今村氏の本を読んでいつも思うことだけれど、そこで提示される理論は少々でき
すぎている。氏の新刊に接するたびきまって知的興奮を覚えるのだが、それはひと
ときの熱気であって、読後の時間の経過とともにいずれは冷めていく。

 抽象度が足りないのだと思う。だから知的刺激を誘う読み物としては(少なくと
も私にとって)最高の部類に入る書物なのに、私自身の経験の能力の核心部分には
浸透していかない。これは決して批判の辞ではないし、抽象度の不足は本書の欠陥
などではない。むしろその分、知的潮流への的確な目配りに支えられた豊富な素材
と射程の広い創見がちりばめられていて、知的興奮が去った後、冷静に自前の思考
を紡いでいく際の手引書として最適だ。

 本書の理論的骨格をなす命題は、たとえば「交易は交換不可能な物を交換の場に
引きずりださなくては開始しない。交易不可能なものが交易を可能にするのである」
(222頁)というパラドクスでもって示される。この謎を解く鍵は「原媒介」とで
もいうべきものの介在である。

《人と人との関係(相互行為または交易)は、必ず、神々と人間の関係によって媒
介される。(略)人間たちは、人間だけで、社会関係を構築することが原理上でき
ないのである。(略)人間関係のなかに「人間でないもの」が参加するときに、よ
うやく人間の相互関係が動きだす。「人間でないもの」が介入して「はじめて」、
あるいはそれによる媒介と「同時に」、あるいは「その後で」、自分を人間である
と称する存在たちがおもむろに互いに交渉しはじめるのである。》(144-5頁)

 こうした命題を支える今村氏の理論的構図そのものは、「労働と霊性の関係」と
いう問いを踏まえて、たとえば次のように図式化されている。

《してみると、霊的世界(アニマ的世界、生ける自然)のなかから、祈りを媒介に
して、聖なるものと俗なるものとが分離される事態が理解されるだろう。こうして
供犠と祈りは一体となり、霊的な世界のなかに、一時的に開口部をこじあけて、霊
的効力を宙づりにして、霊的世界を一時的に事物化するのである。事物化した世界
が俗なるもの、すなわち生業であり、他の部分が聖なるものである。そして聖なる
ものは、擬人化的な神話的思考によって、霊的力が実体化されて神々の住まう領域
に縮減される。霊的世界を聖なるものに「縮減する」ときに、想像的な神話的思考
が強く関与する。祈りのなかに宗教的儀式と神話が不可分にからみあっている所以
である。この神話がなければ、祈りの生産力をもってしても聖なるもの、すなわち
神々を結果として生産することはできないであろう。》(102頁)

 このいかにもアルカイックな様相を帯びた社会理論に出てくる「霊性」を自然に、
「祈り」をテクノロジーに、「聖」と「俗」を言語化可能な「制度」と無意識的な
「構造」という社会を成り立たせる二つの要素にそれぞれ置き換え、さらに「擬人
化的」で「想像的な神話的思考」をマスメディアの思考様式にあてはめてみるなら
ば、それはそのまま情報資本主義段階へ以降しつつある現代にも妥当するだろう。

 それは「マルクスの所有論的な歴史的考察の成果とモースによる贈与体制の論理
と倫理への考察の成果」(273頁)に基づく「人間学的な普遍的構造」の把握に向
けた、著者の現時点での到達を示している。(付言すると、著者はエピローグで、
「政治もまた社会的相互行為としての交易であるという事態」をめぐる著書を予告
している。次なる知的興奮と速やかな冷却の読書体験を期待している。)

●126●妙木浩之『心理経済学のすすめ』(新書館:1999)

 「心」を経済的な現象とみる心理経済学。心は一つの経済活動であり、一定の需
給環境によって成り立っている(181頁)。そもそも心は社会経済的状況の産物で
あるから、必然的に社会経済的枠組みに影響される(236頁)。──著者の臨床で
の治療体験に根ざした「心の経済」という発想に立ち、フロイトとマルクスを起源
とし、ニーチェを先駆者にもつ学問。

 フロイトやマルクスが生きた金本位制の時代(〜1913)から固定ドル本位制(19
45〜70)へ、変動ドル本位制(1973〜84)を経てプラザ合意以後の「ドル救済のた
めのマネーシステム」、そして「マネーゲーム」の時代へと、経済システムは変化
してきた。

《構造主義が明らかにしてきたように、システムが違えば、そのなかの意味も異な
ったものになります。ということは、フロイトの時代と今では「お金」といっても
意味が異なるのです。今日私たちの世界は、金本位制の時代のように、リアリズム
と本質主義の時代ではありません。(中略)今や変動する差益を基準として、さら
に大きなお金が動くというハイパー・マネーの世界なのです。ここでは家族や個人、
つまり精神にもさまざまな循環が起きています。思想は構造主義、さらには相対主
義の時代です。家族は多元化しています。》(15頁)

 多元化した現代の家族は、市場原理(貨幣の原理)に対する共同体原理(愛の原
理)を割り振られた「共同体の最後の防波堤」として、かつて「妖怪」という恐れ
と不思議、脅威と驚異が同居する中間領域が果たしたショック・アブソーバーの機
能(共同体の外部と内部の緩衝帯)を欠いたまま、共同体意識と市場原理の「心の
戦場」になった。そこで闘われているのは、まさに心理戦、情報戦である。

《今、日本は、昭和初期と同じように外部のマネー経済に振り回されているのです。
振り回されているのは当然です。庇護社会[母性的なものを期待し、それを求める
社会]で失われやすいのは、先の金融マネー社会で必要な(一)市場原理に対応でき
る情報戦、(二)主体的なリスク・マネージメント、そして(三)個人主義的な意思決
定、なのです。どれもハイパー・マネーの世界で必要なものばかりですが、日本で
は家族でも、学校でも教えてこなかったものです。庇護社会は、外部のマネー経済
に二度目の侵襲を受けている危機的状況にあるのです。》(281頁)

 心理経済学は循環あるいは反復を前提として、「悪循環」の解消をめざす。そし
て、これからの社会経済状況のなかで生き残るための「心の戦略」を示す。

《そもそも庇護社会は、主体的な行為と情報戦は苦手なのです。これは第二次世界
大戦で起きた数々の失敗が証明しています。にもかかわらず、新しい外圧である外
部のマネー経済が登場し、金融ビッグバン以降の日本はこの心理戦の世界に向かっ
て金融の世界を開こうとしています。そこでは「経済主体」と「心の戦略」が不可
欠なのです。心理経済学という領域が切に必要だと、今ここで考えているのは、こ
うした文脈からなのです。不幸な反復を避けるためには経済的な「心の戦略」が必
要な時代になっているのです。》(294-295頁)

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