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 ■ 不連続な読書日記               ■ No.49 (2001/05/03)
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 □ 柄谷行人他『NAM生成』
 □ ベルナルド・リエター『マネー崩壊』
 □ あべよしひろ・泉留維著『だれでもわかる地域通貨入門』
 □ 河邑厚徳+グループ現代『エンデの遺言』
 □ ゲゼル研究会編『自由経済研究』第1号〜第14号
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以前「情報経済研究会」のことを書きました。某財団から「助成金」をいただいて、
昨年、友人と私的に始めた勉強会のことです。報告書の提出期限がとうとう過ぎて
しまったのに、まだ一行も書いていません。少し焦って、このゴールデン・ウィー
クをまるまる執筆にあてる予定だったのに、参考文献や資料類(それも財団に提出
したテーマに直接関係しないもの、私の個人的なテーマである「魂の経済学」関係
のものが多い)を読むだけに終わってしまいそうです。(どうしよう。)

というわけで、私生活上の窮状とはいっさい関係なく、これから数回にわたって、
連休前半に読み込んだ書物を紹介することにします。まず、地域通貨関係から。
 

●117●柄谷行人他『NAM生成』(太田出版:2001.4)

 柄谷氏を交えた三つの対話(浅田彰・坂本龍一・山城むつみ「『倫理21』と『可
能なるコミュニズム』」、村上龍「時代閉鎖の突破口」、王子賢太・三宅芳夫「二
○世紀・近代・社会主義」)と、二つの書き下ろし(鈴木健「ネットコミュニティ
通貨の玉手箱」、山住勝広「希望を紡ぐ学校─ニュースクール構想について」)で
構成されている。

 浅田氏の「スターリン主義的」なまでの「われながらうまい司会」とツッコミが
冴えた対話や『希望の国のエクソダス』をめぐる村上氏との対談が面白かったし、
シティ・カレッジあるいはソーシャル・センターとしての「ニュースクール大阪」
構想をめぐる山住氏の文章も示唆に富んでいたのだが、なんといっても鈴木氏の文
章が「ぶっ飛ん」でいて新鮮かつ刺激的だった。

 NAMやcode(坂本龍一主宰)が採用を決めた通貨発行ソフトウェアGET
S(Glocal Exchange Trading System)の開発プロジェクトやInterGETSをめ
ぐる話題、貨幣商品説や貨幣法制説の向こうを張った「貨幣評判説」(評判言語と
しての貨幣)の提示、そして、一次産品だけで生活できるような素朴な社会に適合
的なLETS(すべての取引を販売‐購入型の絶対値取引として扱う)に対して、
生産関係が複雑に絡み合う高度に分業化された経済システムに適合的な「相対値貨
幣」(すべての取引を投資‐被投資型の相対値(=割合)取引として扱う。利潤を
対価とする直接金融や利子を対価とする間接金融に対して、付加価値を対価とする
第三の金融手段)のアイデアや「すべてが出資であるような経済圏」の構想。

《現在のどんな大企業でも、実は一つ一つのプロジェクトは二○○人程度で行われ
ていたりする。相対値貨幣が目指すのは、巨大企業は形成されず、どんなに大きく
ても一○○○人程度のプロジェクトが生成と協力と崩壊を繰り返すような社会だ。
バーチャルな組織体としてのプロジェクトはそれ自体としては何の目的も持たず、
巨大なプロダクトはそれら中小企業の連合(あくまで取引という名の投資)として
生まれてくるだろう。企業は、コースのいう取引コストを最小化させ、付加価値を
最大化させるための単なる道具なのだ。決して利潤を最大化させるための道具じゃ
ない。
 いま、はやく起きて欲しい、というよりも起こしたいのは、協同組合やNPOの
職員が一生使い切れないほどの金持ちになるという事件だ。スケールでいえば、年
収一○○○億円くらいはありえると思う。(中略)このとき、従来の意味での資本
主義的企業はNPOに絶対勝てなくなるだろう。》(204-205頁)

 あらゆる取引が投資として行われる究極の資本主義の中ではNPOしか存在しえ
ない。──この仮説ひとつ取り上げてみても大胆かつ魅力的なものなのだが、鈴木
氏の奔放な構想力は、ネット貨幣と実世界インターフェイスをめぐる議論(脳とコ
ンピュータの接続によるクオリアつき貨幣!)を経て、さらには経済的な問題を越
え政治や法律の分野を取り込んだ「貨幣・投票・所有の情報論的融合」をめぐる議
論へと、すなわち e-democracy の新しい形態、あるいは公私二項対立の図式を越
えた共(コミュニティ:共同体)のパラダイムにおけるガバナンスをめぐる社会工
学的な議論へと進んでいくのであって、まことに斬新かつ不羈にして説得力と問題
提起力に満ちた論考だった。

 とりわけ最後に出てくる次の文章など、私はほとんど心脳問題(貨幣=魂=価値
や心の形式・容器と置き換えるならば、「魂脳問題」)への示唆に満ちた言及とし
て読んだ。(貨幣の問題は古代ギリシャ哲学、中世スコラ哲学以来の西欧形而上学
の、そしておよそシステムをめぐる思考の根幹にかかわっている。)

《貨幣は心(志)の配置に影響を与えるだけであって、心そのものじゃない。つま
りこういうことだ。ぼくは貨幣なんぞに、全く興味がない。そして、貨幣そのもの
は無価値だからこそ、ぼくは貨幣について考え、新しい貨幣をつくろうとしている。
貨幣を考えるときの空しさは、ぼくが健康であることの証拠だ。》(215頁)

 備忘録。村上龍との対話の中で、柄谷氏は「エコマネー」とLETSの違いにつ
いて、「これは、福祉に国家予算を使わない、さらに、地域経済を国際的変動から
守ろうという意図から出てきたものですね。しかし、地域通貨一般になじみができ
るのは悪くないので、僕は反対しません」(105頁)と語っている。

※本書未掲載部分を含む未編集版が、鈴木氏のHP上で公開されている。
 ☆ http://sacral.c.u-tokyo.ac.jp/~ken/frame-j.html
 

●118●ベルナルド・リエター『マネー崩壊──新しいコミュニティ通貨の誕生』
               (小林一紀他訳,日本経済評論社:2000.9/1999)

 地域通貨に関連した本のうち、私がこれまで読んだものの中でもっとも得心し感
銘さえ覚えた書物。懇切で丁寧で簡明で、歴史認識の的確さや周到な理論的目配り
に支えられ、政策論としても抗い難い説得力がある。

 著者はベルギー中央銀行で欧州統合通貨ECUの設計に携わった経歴の持ち主。
最終章で提示される「四段ギア」のマネーシステム(グローバルな基準通貨「テラ
」、三大多国籍通貨、いくつかの国家通貨、地域レベルの補完通貨)へのシナリオ
は、異論はあるかもしれないが雄大。本書の続編『貨幣の神秘』もぜひ読んでみた
いと思う。

 無尽蔵といってもけっして言い過ぎではない「情報」がふんだんに盛り込まれた
本書から、ここでは一点だけ抜き書きしておこう。──情報革命が社会に与える影
響を概観した後で、著者は次のように述べている。

《しかし、情報革命が解き放つ可能性のなかでも「本当の革命」は、今日の国家通
貨以外の様々な種類の通貨がものすごい勢いで電子化への道を歩み始めたことだろ
う。サイバースペースは新しいマネーの開拓地として理想的であり、そこではお金
のもつさまざまな可能性が開花することが期待されている。私たちの国家通貨は工
業社会の遺物の一つであり、それが新たな情報時代の影響を受けないとは考えにく
い。》(88頁)

《私たちにとっては、「マネーシステムを選択することができ、そしてその選択が
大きな意味をもつこと」に気づいたときから全てが始まる。歴史的に見ても、マネ
ーシステムの特徴のほとんどは意識的にデザインされたものではない。それはただ
“進化”し、結果的にその社会の権力構造や集合的無意識が反映されていったもの
である。(略)グローバルなレベル、国家レベル、企業レベル、草の根レベル、も
しくは個人レベルで意識的にマネーシステムを選択することは、情報時代に「持続
可能な豊かさ」を生み出せるか、あるいは別の世界の終わるかのかを分ける強力な
決め手になるかもしれない。》(89頁)

●119●森野栄一監修/あべよしひろ・泉留維共著『だれでもわかる地域通貨入門』
                            (北斗出版:2000.5)

 貨幣の歴史や利子生み資本としての貨幣がもたらす諸問題、オルタナティヴな協
調的マネーシステムとしての地域通貨(補完通貨、自主通貨、自由通貨、会員制通
貨、コミュニティ通貨、グリーンドル、エコマネー、オリジナルマネーとも)が地
域資源循環型経済への転換や地域共同体の再構築に果たす機能、そして地域通貨の
歴史や現状、その実際(レインボーリング)と導入マニュアル。

 これらの広範にわたる内容をコンパクトに整理した入門書。理論的ではないけれ
ど実践的で、とりわけ第七章「地域通貨に関するQ&A」がよくできている。──
本書は『週刊プレイボーイ』[2000.5.23] で紹介されていた。記事に出てくる見出
し「まずは遊び、そして出会いがある」が、事柄の本質を衝いていると思う。

●120●河邑厚徳+グループ現代『エンデの遺言 「根源からお金を問うこと」』
                           (NHK出版:2000.2)

 出版された直後、ミヒャエル・エンデとシルビオ・ゲゼルを取り上げた部分(第
3章まで)を読んで、そのまま放置していた。興味を失ったのではない。それどこ
ろか「ここから何かが始まる!」と興奮して、じっとしていられなくなったのだ。
私自身は具体的に何か行動を起こしたわけではないけれど、たぶん本書刊行を引火
点として、日本のここかしこで地殻変動が起き始めている。

 エンデは「自然界に存在せず、純粋に人間によってつくられたものがこの世にあ
るとすれば、それはお金なのです」「お金は人間がつくったものです。変えること
ができるはずです」と語っている。深い叡智の言葉だと思う。

※本書のもとになったNHKのBS1での放送(1999年5月4日)は観ていないが、
その内容は次のHPで紹介されていた。
 ☆ http://www3.plala.or.jp/mig/will-jp.html

●121●ゲゼル研究会編『自由経済研究』第1号〜第14号
                      (ぱる出版:1995.10〜1999.11)

 地域通貨関連で買いためていた雑誌類をまとめ読みした。『自由経済研究』は現
在第18号まで出ているらしい[http://www.alles.or.jp/~morino/INDEX.HTML]。
プルードン、ゲゼル、ケインズの経済思想の流れは実に面白い。『エンデの遺産』
を特集した第14号には、森野栄一氏によるリエター「地域通貨、21世紀の新たなツ
ール」の翻訳が掲載されていた。

 そのほか『大航海』No.27 (特集「金融とは何か」)と『環』vol.3 (特集「貨
幣とは何か」)を流し読んだ。それぞれ刺激的な論考がちりばめられていた(と思
う)。『週刊金曜日』No.352の特集「やってみたら?! 地域通貨で何かが変わる」
で紹介されていた社内通貨「ヴァンドルディ」の実験レポートも興味深いものだっ
た。「バーチャルでスーパーフラットな」スクエア(広場)をめざして文字通り正
方形のカタチになった雑誌『広告』(2001年3月号)では、掲載されていた九つの
プロジェクトのうちマイケル・リントン編集の「open money project」と鈴木健編
集の「post corporation project」をやや丹念に読んだ。

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