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 ■ 不連続な読書日記               ■ No.33 (2001/01/28)
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 □ 柄谷行人編『可能なるコミュニズム』
 □ 柄谷行人『ヒューモアとしての唯物論』
 □ 柄谷行人・中上健次『小林秀雄を超えて』
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NAMへ至る柄谷氏の「思想的軌跡」を遡行する、後編。(『探求』をはずしたの
は、別段深い意味があってのことではありません。たまたま手元に本がなかったの
で、再読できなかっただけのこと。でも、案外とこれは意味深なのかもしれない。)

『可能なるコミュニズム』に収められた柄谷論文「『トランスクリティーク』結論
部」と西部論文「〈地域〉通貨LETS 貨幣・信用を超えるメディア」、それか
ら『エンデの遺言』やら岩井克人氏の『二十一世紀の資本主義』あたりをとりあえ
ずの参考書にして、友人と勉強会を立ち上げました。

とりあえず「情報経済研究会」と名づけて、情報システムとコミュニティ経済とい
ったテーマで、コミュニティ・マネーもからめながら一年間やってみる。すべての
根っこにエネルギーにありということで──エネルギー生産消費協同組合としての
アソシエーション!──「エネルギー・精神・情報・経済文化研究会」と大きくい
きたいところだけれど、それはまあ今後の話。

実をいうと、研究会の「結成」は昨年五月ことで、もうかれこれ八か月も経ってい
ます。だのに、最近になってようやく集めておいた文献類を読みはじめたばかり。
個人的な伝を使って、ローカルな財団からわずかばかりの「助成金」をいただいて
いるので、面倒になったから止めますというわけにはいかず、少々焦り気味。

そういえば、学生の頃、ごく少数の友人と「アナーキズム研究会」というのをやっ
たことがあって、たぶん一度も会合を開かないまま終わってしまったと記憶してい
ます。あの時は、ハーバード・リード(だったと思う)の本を抜き書きしながら、
かなり熱心に読んで、大杉栄の文章にすっかりはまってしまって、そのうちフーリ
エだとかの「空想的社会主義」へと関心を漂流させてしまいました。

柄谷さんが『原理』で、もちろんいくつかの限定つきなのですが、「われわれのい
うアソシエーショニズムは、根本的にユートピアニズムとアナーキズムに由来する
ものである」と書いているのを読んで、何かしら懐かしいものがこみ上げてきまし
た。──もしかすると私はすでに「NAM的なもの」にとりつかれていたのかもし
れない。「本当に絶望したことのある人だけが見いだすような理念」(『可能なる
コミュニズム』あとがきでの柄谷氏の言葉)など、何も知らぬ頃から。もちろん、
今でもわかっちゃいないのだけれど。

付言。前回、『原理』をめぐる感想文のなかで、子供時代の「結社ごっこ」の例を
あげました。でも、その言葉で私が表現したかったのは、「ポストモダニズム的戯
れ」などといわれるものとは(たぶん)まったく異なった事態でした。子供の「お
遊戯」は、とても真剣なもので、そこには戦略など介在しません。佐々木正人さん
が『知覚はおわらない』のあとがきで、「アフォーダンスのお稽古」という言葉を
使っていましたが、「結社ごっこ」とはそのような「お稽古」でもあるものだった
と私は思っています。これは、いわずもがなの蛇足だったかもしれません。

それから、笠井潔さんに言及して「アナーキズム国家(?)」と書いたのは、正確
には「アナルコ・キャピタリズム」です。わかっていながらそう書いたのですが、
別段意図があってのことではないので、これもまたいわずもがなの蛇足ですが、付
言しておきます。
 

●70●柄谷行人編『可能なるコミュニズム』(太田出版:2000.1)

 本書を読んで印象に残ったこと。その一、夢の思想と夢の作業、あるいは価値実
体と価値形態。――まず柄谷氏が、フロイトが『夢判断』で夢の思想と夢の作業を
分けていることを踏まえて、夢の思想として語られている事柄(尖ったものはペニ
スの変形だなど)には疑問を感じるけれど、とにかく一定の「思想」を想定しない
と、それがどのように変形されるのかという仕組みやプロセス(ラカンのいう圧縮
と置換、メタファーとメトニミーなど)が分析できないのであって、価値形態とは
いわばそのような仕組み(dream work)のことである、と述べる。

 これに対する山城むつみ氏の「懐疑」。《価値実体[労働時間:引用者註]は価
値形態の結果であって原因ではない、それをあたかも実体が最初からあるかのよう
に思うのは遠近法的倒錯である。ただ実体がまずあるものとして、叙述しないと分
析できないからマルクスは叙述の必要上、価値実体論を最初においたのだというよ
うなアクロバティックな読み方はそれはそれで見事だとは思いますが、僕は懐疑的
です。僕はもっと素朴な読み方がないかと思います。(以下、略)》(203頁)

 その二、二つの抽象力と無意識。――山城氏の論文「生産協同組合と価値形態」
に「思考抽象」(意識のレベルで思考が行う抽象)と「実在抽象」(社会的存在の
レベルで、すなわち当事者の意識の外部で無意識的に、たとえば商品交換という行
為そのものが行う抽象)という言葉が出てくる。

 これはゾーン=レーテル(『精神労働と肉体労働』合同出版)が提起した概念で、
スラヴォイ・ジジェクはこの「実在抽象」という概念からラカン的な無意識の概念
を引き出している(のだそうだ)。

《マルクスは、価値に交換価値という印を押し、労働に抽象的人間労働という印を
押しているものがどこにあるのか、その場所を特定している。交換行為である。交
換行為のなかにこそ、価値を使用価値から抽象して交換価値たらしめ、労働を具体
的有用労働から抽象して抽象的人間労働たらしめる抽象力が働いている。
 それは、当事者が頭の中で意識的に行う抽象ではない。交換するという行為その
ものが、いわば手で無意識的に行なう抽象である。》(263頁)

●71●柄谷行人『ヒューモアとしての唯物論』(筑摩書房:1993.8)

 いつ読んでも、何度読み返しても柄谷氏の「批評」は鋭い。鋭すぎて、二時間以
上続けて読むと疲れる(私の場合)。とりわけ本書には、その後著者によって充分
展開されていないものが「可能態」(デュナミス)のかたちでわだかまっているよ
うに思えて、なおさら息詰まってしまう。

 たとえば「ライプニッツ症候群」で、スピノザとの対比において批判的に描かれ
たシステム論としてのモナドロジーは、もしかすると将来「トランスクリティーク」
でのカントのように、柄谷氏の思考世界で大きく変貌するかもしれない。あまり根
拠はないけれどそんな気がした。

 というもの、本書に収められた文章が書かれたのは柄谷氏の「批評家時代」の頃
であって、ここでいう批評とは哲学批判にほかならず、また「党派性」(原理性)
がなければ有効な批評は繰り出せないからだ。

『文學界』(2001.2)のロング・インタビューで柄谷氏は、「ドゥルーズは普通の
意味で哲学者ですが、僕はそうではない。やはり、批評家だという気持ちがありま
したけど、カントをやったときに初めて、自分が哲学者というものになったのでは
ないかなと思いました」と語っている。

 だとすると、「ライプニッツは千年単位の天才、カントは百年単位の天才」(坂
部恵)といわれるそのライプニッツを哲学者・柄谷行人が「やる」ことだって、こ
れから先考えられる。でも、このあたりのことを追求する体力が今はないので、以
下、例によって本書を読んで印象に残ったことをメモしておく。

 本書に収められた「個体の地位」で、柄谷氏は「単独性 singularity」(言語で
いえば、一般名に対する固有名がもつ様相)の概念について、クリプキの可能世界
論に言及しつつ、それは「他で在りえたであろうが斯く在ったという現実性」とし
て、すなわち「他ならぬこれ」として「現実性」(柄谷氏は「現実的」に actual
をあてている)を見るときに出現するものであって、倫理性や歴史性(あるいは共
同体的なものに対する「社会性 sociality」)をめぐる思考は、「それは何か」で
はなく「それは誰か」の問いに対応する単独性(前者の問いに対応するのは、特殊
性)においてのみ見いだしうると述べている。

 「可能」なるアソシエーション。──ただしそれは、実現態(エネルゲイア)に
対する可能態(デュナミス)のことではない。いいかえると、アクチュアル・リア
リティに対するヴァーチャル・リアリティのことではなくて、アクチュアルな「可
能」性として、つまり、柄谷氏の言葉でいえば「唯物論」的な「精神的態度」によ
って見いだされるもののことだ。《自分は世界(歴史)の中にあって、それを越え
ることはできず、越えるという思いこみさえもそれによって規定されているという、
超越論的な批判こそが、「唯物論」であり、それは何よりもヒューモアなのだ。》
(「ヒューモアとしての唯物論」)

 補遺。本書でもっとも注目すべきものは、未完の「江戸思想論」もしくは「註釈
学的世界」の一部をなす「伊藤仁斎論」ではないかと思う。柄谷氏によると「註釈
学」とは哲学批判の異名にほかならないのだが、私は「註釈」とは「単独性」とし
てあるものをめぐる「コミュニケーション」の異名ではないか、そしてそれは使徒
的報道やベンヤミン的「翻訳」の問題ともつながってくるのではないかと考えてい
る。だが、これはまだ思いつきの域を出ない。ここではそのさわり、というより議
論の出発点となる部分をメモするだけにしておく。

「伊藤仁斎論」の「はじめに」から。──今日「日本社会」の特徴と見えるものは、
実のところ、徳川体制の特徴である。徳川体制は、徳川家の支配を永続しようとす
るシステムである。システムを維持することだけが徳川体制の目的であり、自己目
的である。ここでは、原理性はつねに斥けられる。むしろ、それはつねにあいまい
でなければならないのだ。原理的に徹底すれば、崩壊せざるをえないからだ。

●72●柄谷行人・中上健次『小林秀雄を超えて』(河出書房新社:1979)

 本書に収められた小林秀雄論「交通について」(柄谷)によると、マルクスが『
ドイツ・イデオロギー』で「生産」や「分業」とともに戦略的に使用した「交通」
(Verkehr)という語は、交易、コミュニケーション、生産関係、戦争を意味して
いる(英訳の intercourse には性交の意も)。

 ここで、「柄谷節」を一つ引用しておこう。
《しかし、パスカルが「私はなぜここにいて、あそこにいないのか」と問うたとき、
いいかえれば、事実としてここにいることに驚いたとき、彼は近代物理学の「均質
な空間」を前提していたのである。同様に、歴史の一回性・偶然性が驚くべきもの
となるのは、歴史を構造論的な組みかえにおいてみるマルクスの視点においてのみ
である。》

 対談「小林秀雄を超えて」では、中上氏の物語論や関西語の音韻変化、東洋音楽
の音階と私小説の文章をめぐる話と、柄谷氏の自然科学をめぐる発言──《たとえ
ば、自然科学者にとって、「交通」は当り前のことで、たえず相互的な関係と蓄積
の上で仕事をしている。》──が面白い。

 ちなみに『可能なるコミュニズム』で柄谷氏は次のように発言している。
《たとえば、近代科学の特性は知識の公開性にあるわけですね。(中略)近代科学
の原則から言えば、人類が獲得した知識は人類が共有すべきであって、それがコミ
ュニズムです。》《…公開的、パブリックであることは権力に対抗する唯一の方法
であると思います。》

 任意にノートに書き抜いた断片を、以下、文脈を無視して転記しておこう。まず
柄谷氏の発言から。
《…それは「自意識」の問題なんかじゃなくて、言語の問題なんだ。…マルクスは、
ドイツ語という世界から出たんだ。文字どおりそこから出たんだよ。》
《僕は徹底的に唯物論者です。唯物論しか方法はないんだから。》
《…分業と交通のシステムの自然成長的な発展しかない。いうならば、それは分業
化(分化・差異化)として自然史をみることであって、先験的に「人間」とか「意
識」なんかから出発するかぎり、プラトニズムなんだよ。マルクスの唯物論はそう
いうもので、ぎりぎりのところから出てきているんです。》
《小林秀雄がなぜ夏目漱石を敬遠したのか。夏目漱石は交通を知っており、科学を
知っており、唯物論者だったからです。》
《武田泰淳の仏教というのは、彼の言葉で言えば物理学だ。》
《…メタファーというのはいわばできごとなんだ。文あるいは言述の中でしかメタ
ファーはない。それはできごととしてある。》
《…小林秀雄が、歴史というのは、母親が死んだ子を思い出すことだというのがあ
るだろう。その反対に、子供の側から見てもらいたいんだよね。》

 中上氏の発言から。《文学より物語の方が、恐いんですよ。ちょっと考えてみて
も物語とは肉を斬らせて骨を斬るというように文学すら取り込んでしまうような法、
制度でもあるんです。》
《…物語というものに批評はあるかと考えれば、批評という物語があるだけで、そ
れは物語をずらす物語という事と一緒になると思うんです。》
《…数理とはつまりモーツァルトなんだね…》
《…物語を超えるというのは交通しかないんですよ。》
《日本語という交通の痕跡の強い言葉があるから、近代になって進歩出来たという
パラドックスを小林秀雄は分かっていない。》
《親は、その偶然性を必然性であったように存在する。》

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