〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
 ■ 不連続な読書日記               ■ No.15 (2000/10/27)
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
 □ 高山宏『奇想天外・英文学講義』
 □ ジョン・ノイバウアー『アルス・コンビナトリア』
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

途方もない本(『奇想天外・英文学講義』)にめぐりあった。半日、勤め先を休ん
で読み耽り、極彩色の万華鏡世界、満艦飾の高山植物にとりつかれ、ほんとうに眩
暈(イリンクス)に襲われ、気分も少し悪くなって、まだ経験したことのない高山
病とはこういう症状を呈するものだったのかと畏れ…、とにかく途方もなく刺激的、
としか形容のしようがない。

本書に「口語性」(164頁)という語彙が出てきます。高山宏さんのまさに「傍若
無人」な語り口と、「蛇行と脱線」そして「循環(サーキュレーション)」の名人
技からくりだされる「異貌」の泰西文化史と書籍案内は、文字通りの「口語性」(
なにしろ本書は「語りおろし」ならぬ「喋りおろし」なのですから)ゆえの独特の
噛み合わせの悪さと、ところどころにぽっかりあいた微妙な穴、というか奇妙な綻
びのようなものが、かえって読み手の想像力と好奇心と探究心を刺激してやまない
のです。こんな本を読んだ日には、心静かな宵のひとときと悪夢なき熟睡は断念せ
ざるを得ないでしょう。(現に、寝つきの悪かったこと。)

いま一冊(『アルス・コンビナトリア』)は、本書でも大きく取り上げられていた
書物で、昨年暮れに読み、完璧にノックアウトされたもの。こんな浩瀚かつ深甚な
書物をめぐって軽々な言葉をひねりだすのも気がひけるので、その頃、妄想をたく
ましくしていた「実験神学」をめぐって書いた文章から、同書に言及した断片を抜
粋しておきました。(そういえば、十八世紀末、ラファーターの『観相学断片』が
刊行された頃、断片、つまり「フラグメント」とは百科事典の代名詞であったと『
奇想天外』に書いてあった…。もしかすると、高山さんの「口語性」の特徴は、断
片性だったのかもしれません。)
 

●27●高山宏『奇想天外・英文学講義』(講談社選書メチエ:2000.10)

 これから、急ぎ足ではあるが、ぼくが三十年かけて考えてきた「英文学」につい
て記す。──プロローグに出てくるこの一文を目にしたからには、もはや素通りす
ることはできない。まして、あとがきならぬ「口上──傲慢謝辞」に、英文学には
もう飽きたしキリがついた感じがするので、しばらくは視覚文化論の方に歩を進め
てみたいと思っている、などと書いてあっては、何をおいても読まねばなるまいと
気が急いてしまった。二日間の「喋りおろし」(カバーには「機略縦横、傍若無人
の英文学しゃべりたおし!」とあって、思わず快哉)をもとにまとめられた高山流
「超」英文学史兼奇想天外英文学史。文献案内「超える本たち」がとても便利で、
随所にちりばめられた六十数葉の図版もいい。

 著者はプロローグでまず、「観念史派」を率いたマージョリー・ホープ・ニコル
ソンの仕事に言及しつつ、ニュートンの『光学』(1704)が十八世紀以降の英文学
に与えた影響──動詞中心の「形而上学の詩」から「ニュートン詩人」たちの形容
詞、副詞を多用した形態描写の精緻化へ、美術館めぐり(グランドツアー)による
風景の発見を経てピクチャレスク、ロマン派へ──を概観する。第一章「シェイク
スピア・リヴァイヴァル」では、山口昌男著『本の神話学』(1971)が著者にもた
らした「衝撃」から説き起こして、「言葉」と「物」の関係に決定的な断裂が起き、
それらを人為的につなぐ「リプリゼンテーション(表象)」がうまれ精緻化してい
くこととなったフランスの一六六○年代(フーコー『言葉と物』)と同じことが、
フェルメール(やスピノザ)が活躍したオランダとイギリス(王立協会が勅許を得
たのが一六六六年)でも起きていたこと、そして十七世紀初めのアンビギュアス(
両義的)な文学の富を一九二○年代、マニエリスムの伝統色濃き東・中欧の知性が
発見し、それを一九六○年代(たとえば、ヤン・コット)がリヴァイヴァルしたこ
と、つまり文化史の視点からいえば、二十世紀はこの二つの十年を「ヤマ」にした
「表象批判の知の世紀」ということになると結ぶ。以下、コメニウスとフランセス
・イエイツ著『薔薇十字の覚醒』にはじまる第二章「マニエリスム」から第七章「
子供部屋の怪物たち」まで、江戸視覚文化への度々の言及に心躍らせながら「ハズ
ミがついたように五世紀もの話を一気呵成に」読み切って、しばし破天荒、驚天動
地のタカヤマ・ワールドを満喫。痺れた。

 なかでも興味深く読んだのは本書のちょうど真中にあたる第四章「蛇行と脱線」
で、「ヨーロッパ十八世紀文化を理解する根本は造園術だ」と喝破し、ピクチャレ
スクとピカレスク、ネットワークとフットワークと韻を踏んで一気呵成にかけめぐ
るその叙述の面白さもさることながら、イギリス経験論をピカレスク・ロマンで注
釈し、「ばらばらなものを何でも、とにかく一つのものにしてみたいという多面の
哲学者」ライプニッツの「魔術思想」を造園術にからませたあたりは秀逸で、これ
らと第六章での現象学への言及や最終章でカントほかの近代哲学を「アントロポモ
ルフィズム(擬人化)」の一言で規定したくだりなどとあわせて考えるなら、そこ
から「超」哲学史兼奇想天外哲学史をひねりだすことができはしまいかと思った。
また、本書のキーワードは「マニエリスム」(認識論・レンズ・幻想文学の三要素
で定義される!)と「メディア論」(小説はメディアだ!)に尽きると思うのだが、
十七世紀のメディアとしての手紙(フェルメールの絵の十枚のうち三枚が窓際で手
紙を読んでいる絵である!)や日記(英文学では当時「スピリチュアル・ダイアリ
ー」と呼ばれた!)、黙読の習慣と耳の衰弱、「見る、分類する、展示する、売る」
と一八五二年のデパートの誕生に極まる西欧視覚文化、そして魔術の道具としての
写真、さらにロマン派と機械、コンピュータとマニエリスムの関係等々、たたみか
けるように繰り出される話題群に翻弄される続けるうちに、ベンヤミンへ、ベンヤ
ミンへと私の意識は向かうのだった。

●28●ジョン・ノイバウアー『アルス・コンビナトリア 象徴主義と記号論理学』
                  (原研二訳,ありな書房:1999.10/1978)

 コンピュータ・サイエンスの根底にはユダヤ的な思考が──いいかえれば、土着
的なものから遊離した「軽快でハンディ」でコンパクトな“ものの見方”としての
ユダヤ的な知の存在形態が?──潜んでいるという説がある。私自身はむしろ、プ
ロティノスからプロクロス、ヨハネス・エリウゲナへと至るネオ・プラトニズムの
神学思考と情報学との間の方により深い関係が潜んでいるのではないかと見当をつ
けているのだが、これは素人考えというものだろう。それはともかく、ユダヤの「
抽象」とネオ・プラトニズムの「感覚」との融合のうちに、アルス・コンビナトリ
ア(結合術)的なアルゴリズムが結実し、やがて意味生成のオートマティズムと、
本来は交通不可能な宗教的体験をめぐるコミュニケーションの場が設営されること
となる──などということができるだろうか。もしそうだとすれば、「実験神学」
とは、身体や共同体のリアリティ(ヴァーチャルなものであれアクチャルなもので
あれ、あるいは「かたち」にかかわるものであれ「はたらき」にかかわるものであ
れ)をもたらす「設計図」や「オペレーティング・システム」のようなものに作用
し、これを書き換え再編集して、身体や共同体における知覚と想起の様態変化の実
相を「観測」する試みである──などということができるだろうか。さらに言葉を
重ねるならば、「この身体」や「この共同体」が属する「この世界」の時空構造を
脱臼させ、虚数的(虚体的?)次元を介して「あの世界」に属する「あの身体」や
「あの共同体」の存在様式の変化の可能性を「観測」する試みである──などとい
うことができるだろうか。

 ジョン・ノイバウアーは本書で、ノヴァーリスの文章を引用しつつ次のように書
いている。《「言葉の運指法、拍子、音楽的精神に細やかなセンスを持つ者は、そ
うして言葉内部にひそむ自然の繊細な力を自分の中に聞きとり、それに応じて舌を
動かし、手を振る者は、予言者となるだろう」。したがって言語の意味論的レヴェ
ルではなく、音楽的統語論的レヴェルが言語の自律性と力の根拠となる。こう言っ
た方がいいか、意味論を指示してくる要素はシンタックスと音楽の中に含まれてい
るのだ、と。》(208頁)──私はいま、ここに出てきた「音楽」と「シンタック
ス」と「意味」を、茂木健一郎氏のいう「クオリア」と「志向性」と「主観性」に
対応させて考えている。茂木氏は、心脳問題における三つのハード・プロブレムと
して、クオリアと志向性と主観性(〈私〉)の問題を挙げ、これらの難問の背後に
言語の問題が見え隠れしている、と指摘している(「言語の物理的基盤」,『言語』
1999年12月号)。

〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
 ■ メールマガジン「不連続な読書日記」/不定期刊
 ■ 発 行 者:中原紀生〔norio-n@sanynet.ne.jp〕
 ■ 配信先の変更、配信の中止/バックナンバー
       :http://www.sanynet.ne.jp/~norio-n/index2.html
 ■ 関連HP:http://www.sanynet.ne.jp/~norio-n/dokusyo.html
 ■ このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』 を利用し
  て発行しています。http://www.mag2.com/ (マガジンID: 0000046266)
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓