第1章 きのこ祭りのいけにえ



  1 きのこの森の人々

 ぼくの名はリング。ミコータの国、ガルメ村にうまれたリングだ。
 ガルメ村には、古くから言い伝えがある。

   ガルメ村のリンガ、美しきリンギをめとり、リングをうむ。
   ガルメ村のリング、心やさしきリンゲをめとり、リンゴをうむ。
   ガルメ村のリンゴ、諸国を旅し、リンガとともに帰還する。

 ガルメ村で、リンガという名の父と、リンギという名の母からうまれた男の子は、必ずリングと名づけられる。そして、このぼくが、リングだ。
 ガルメ村は、ギリスの都の人々が「きのこの森」とよぶ、深く暗い森の中にある。村人は、無尽蔵にはえてくるきのこを狩って、暮らしていた。その昔、村の守護神が、若い男に、だれも知らないきのこの見つけ方と、その料理法を教え、村の長にした。その若い男が、何代か前のリンガだ。
 別の伝説もある。森の隠者が、小さな動物を殺して食べていたガルメ村の人々に、きのこの栽培法を教えた。そして、一人の男の子を弟子にした。槍や弓にかわる武器として毒きのこを教え、人をこのうえもなくしあわせな気分にしてくれる「黄金のきのこ」の製法を伝授し、「きのこ職人」の称号を与えた。その男の子が成人して、リンガと名のったというのだ。
 また、別の伝説がある。リンガは、手のほどこしようのない乱暴者だった。ある日、森の妖精に会って恋に落ち、いやがる妖精をさんざんおいかけた。森の奥深くおいつめられた妖精は、大きな樹の根元に倒れて、美しい小さなきのこに変身した。それを嘆いたリンガは、心をいれかえて、そのきのこを大切に育てた。それから、森には数えきれない種類のきのこがはえるようになった。リンガの魂は、死後も森の大樹の中に宿り、村を見守っている。
 こんな伝説は、ガルメ村にうまれた人の数だけある。またいつか、機会があったら話そう。
 ぼくのうまれた家は、村の人々から特別な目でみられていた。そして、この家にうまれたぼくには、逆らえない運命がまっていたのだ。


  2 ギリスの都

 十三歳になった春のある日、父がギリスの街へ連れていってくれた。ギリスはミコータ国の都で、森のなかにぽっかりつきでた丘の上の街だ。
 ギリスの住人が一体どんな暮らしをしているのか、ぼくはなにも知らなかった。ミコータ国には、人の住んでいるところはギリスの都と、ガルメ村しかなかった。それなのに、ギリスとガルメの住人たちは、ほとんどつきあうことがなかった。
 毎年、春と秋にギリスの商人がガルメ村にやってきて、たくさんきのこを買っていく。ガルメ村の大人たちは、年二回ギリスの街へでかけ、すっかり使いきって帰ってくる。ぼくたち子どもは、時おり聞かされるギリスの街の話から、まだ見ぬ都への憧れをかきたてていたのだ。
 でかける前に、父はいった。
 「はぐれないように、しっかりついてくるんだ。もし迷子になっても、ガルメ村から来たというんじゃないぞ」

 ギリスは、石畳の街だった。大きな石の家がたちならんでいた。木と草でできたガルメ村とは、まるで雰囲気がちがっていた。なによりも、人が多かった。父の手をしっかりにぎって、足早に街をかけぬけた。でも、旅芸人の一座が、街頭で人集めをしているのについ気をとられているすきに、ぼくは父の姿を見うしなってしまった。
 父を探しているうちに、ぼくはずいぶん遠くまできてしまった。目の前に大きな石の門があった。手をふれるとすっと門が開いた。中は庭園だった。見たこともない花が咲きほこっていた。
 ガルメ村には、花が咲かない。きのこが、時おり花に似たものを咲かせることがある。でも、手でふれるとかき消えてしまい、後にはいやなにおいが残る。そのにおいは人を悲しい気分にさせた。
 この庭園の花はちがっていた。手でふれても消えない。それどころか、ひんやりとした確かな手ごたえでぼくにこたえてくる。それに、この言葉ではいい表せないかおりのすばらしさはどうだ。ガルメ村のきのこにもかおりのいいものはあるし、きれいな色のきのこもたくさんある。でも、これほど見る人を楽しませてくれるものはない。
 ぼくは夢中になって花のかおりをかいで歩いた。その時、ぼくのうしろで声がした。
 「だれなの。そこにいるのは」
 驚いてふりかえると、ぼくと同じくらいの年の女の子が立っていた。女の子はまっすぐにぼくを見ていた。どこか虚ろなまなざしだった。目が見えないのだろうか。
 「お兄様、早くきて。誰かがここにいる」 
 どこからか四つの影があらわれた。ぼくは逃げた。でも、石の門のところまでいかないうちに影においつめられた。
 「おまえは誰だ。どこから来た」
 影かと思ったのは、黒い服にすっぽりつつまれた少年たちだった。
 「ここで何をしていた」
 ぼくは逃げ場を失った。
 「ぼくの名はリングだ。父にはぐれてここに迷いこんだ。悪いことをしていたわけではない。花を見るのははじめてだから」
 そこまでいってぼくはしまったと思った。
 「おまえはガルメ村の者だな」
 「ガルメ村?」
 少女がおびえたようにいった。
 「神を裏切った人たちが住むという、あの呪われた村のこと?」
 「そうにちがいない。ガルメ村には花も咲かないときいたことがある。気味の悪いきのこがいっぱいはえているそうだ。それも神に見離されたためさ」
 四人の兄のうち、いちばんのっぽの少年がぼくを見くだすようにそういった。
 「うそだ。ガルメ村は神に見離された村じゃない」
 「それじゃ、なぜおまえの村では花が咲かないんだ」
 ぼくにはこたえられなかった。
 「お兄様、なにをしているの。はやくこの悪魔をつかまえて」
 少女が叫んだ。四人の少年がぼくをとりかこみ、石の門は閉ざされた。ぼくは庭園の奥へと逃げるしかなかった。少年たちよりはぼくの足の方がはやかった。広い庭園を走りぬけると、そこに大きな館があった。ぼくはその中に逃げこんだ。


  3 きのこ祭りの夜

 館の中にはだれもいなかった。高い天井にぼくの靴の音が響いた。十人以上は手をつないで通れそうな広い階段が、どこまでも続いていた。ぼくは走るのをやめた。
 階段の下に、かたい木の扉がすこしだけ開いている部屋があった。のぞきこむと、この館の使用人らしい女たちが、きのこを山積みにしたテーブルのまわりでひそひそと話しこんでいた。
 「いよいよだね」
 若い女が興奮した声でいった。
 「おそろしいことじゃ。おかわいそうに」 
 「だれがかわいそうなの」
 「お姫様のことじゃ。ガルメの男と一緒にさせるために育てたわけでもあるまいに」  「ねえ、なぜ姫様がガルメの男と結婚しなければならないの? きのこ祭りって一体なんのこと?」
 いちばん若い女が老婆にきいた。
 老婆があたりをはばかるような低い声で話しはじめた。
 「この前きのこ祭りがあったのは、わしがちょうどおまえくらいの年のことじゃった」
 老婆の話は、ぼくの心を凍らせた。

 ガルメ村の長の家に男の子がうまれ、同じ年にギリスの街の領主に女の子がうまれたならば、この二人はいいなづけどうしになる。これはずっと昔からのしきたりで、だれの力をもってしても変えることは許されない。
 二人が十三歳になった年、三番目の月が出てから十八日目の夜に結婚式がおこなわれ、これを祝って三日三晩、ギリスとガルメの人々がひとつところに集う。
 「それがきのこ祭りじゃ。祭りは黒い森の中でおこなわれる。きのこの森のもっと奥にある、あの黒い森の中でな」
 黒い森のことならよく知っている。ガルメ村の守護神が宿るといわれる、古い大樹のはえているあたりから奥のうす暗い森のことだ。父からも母からも、決してその中にはいってはならないといわれている。人が近づくと毒の粉をあびせかける魔のきのこが、びっしりとはえているのだそうだ。
 「黒い森には魔物が住んでおる。ガルメの者たちは皆、その魂を魔物に捧げ、きのこづくりの技を授かるのじゃ」
 うそだ。ぼくは思わず声をだしそうになった。
 「じゃがの、きのこ祭りがおこなわれるときには、もっとおそろしい捧げものが求められるのじゃ」
 老婆はそういうと、目をとじ、手をあわせて祈りの言葉をぶつぶつとつぶやき始めた。
 「一体、なんなの? その捧げものは」
 若い女が、声をはずませてきいた。老婆はそれをたしなめるように、厳しい目を若い女にむけた。
 「結婚式をすませたばかりの二人じゃ」
 老婆が語ったのは、次のような話だ。
 三日三晩にわたるきのこ祭りで、ギリスとガルメの住民に祝福された若い二人は、祭りの最後の夜、黄金のきのこをすりつぶして作ったジュースを飲まなければならない。このジュースを飲むと、からだから魂がぬけでて二度と一つにならない。魂は黒い森のなかを永遠にさまよいつづける。そして、ぬけがらになったからだはいつまでも腐らず、若さをたもちつづける。
 老婆のいう「おそろしい捧げもの」とは、ガルメ村の長の息子とギリスの都の領主の娘の、二つの若い魂なのだ。そしてその犠牲者は、このぼく、ガルメ村の長であるリンガの息子リングと、おそらくさっき庭園のなかでぼくを「悪魔」とよんだあの女の子なのだ。
 「それじゃ、この館の姫様が、おそろしい魔物のいけにえにされるの?」
 「そうなのじゃ。おいたわしいことじゃ」 
 「なぜそんなおそろしいことを」
 「これはもうずっと昔から決められたことなのじゃ。この前のきのこ祭りのときも、今の姫様にまけぬほどお美しかったお姫様が、あの乱暴者のガルメの若者と、いやいや結婚させられ、あげくに魂をぬかれての。お姫様のなきがらはきっと今も黒い森のなかに眠っておるはずじゃ」
 そんなばかなことがあってたまるか。ぼくは激しい怒りのきもちをおさえかねて、かたい扉を思わずたたきつけてしまった。
 「だれじゃ」
 老婆がぼくの方を見た。その目は赤く、裂けた口からするどい牙が光っていた。


  4 森の古老

 そのとき、階段の上の方でがやがやと人の声がきこえた。
 「それじゃリングさん、打ち合せ通りよろしくお願いしますぞ」
 「こころえましたとも」
 父の声だった。ぼくはおお急ぎで父の方へ走っていった。
 「お父さん」
 「なんだおまえか。こんなところで何をしていたのだ」
 父はこともなげにそういって、太った男とまた話しはじめた。
 階段の上からぼくをじっとみつめる人影があった。それは、さきほど庭園で出会った女の子だった。

 その日、ガルメ村に帰る道で、ぼくは父にあの老婆の話を確かめてみた。父は最初のうちは笑ってとりあってくれなかった。でも、ぼくがなんども同じ話をむしかえすと、最後には不機嫌そうに黙ってしまった。そして日が暮れて村に帰ってきたとき、あたりをはばかるような低い声でぼくにこういった。
 「おまえには、父さんの力ではかばってやれない試練がまっている。だがこれだけはいっておく。なにがあっても決してあきらめるな。そして、いいかリング、さっきの話は二度とするな」
 ぼくはただうなづくしかなかった。

 老婆の話では、きのこ祭りは三番目の月があがって十八日目の夜からはじまる。それはあと数日後にせまっている。ぼくは毎日、不安なきもちと腹立たしい思いとにさいなまれていた。
 村の人たちは、何十年ぶりかの祭りの準備に興奮していた。ぼくの気のせいかもしれないが、みんながぼくの方を悲しげに見た。
 ぼくは、父との約束を守った。友だちにはおろか、母にもなにも話さなかった。
 ある夜、ぼくは夢にうなされて一人めざめた。夢に、祖父がでてきた。ぼくが小さい頃になくなったときいているから、その顔を覚えているはずがない。夢の中にあらわれた白い髭の老人が祖父だとすぐにわかったのは、その声のためだった。懐かしい、心がとろけるようなやさしい声だった。
 小さいぼくを膝にだいて、祖父がぼそぼそとしゃべっている。
 「リング。よく覚えておおき。おまえがうまれた家は、代々ガルメの村の神を守ってきたのじゃ。おまえも大きくなったら、その大切な役をになうことになる」
 「おじいさん、神様はどこにいるの?」
 夢の中のぼくがそうきいている。
 「黒い森の入口に、天にもとどきそうな樹がある。もう千年以上も昔から、そこにたっている。それが、わしらの村の守り神じゃ。おまえが大きくなって、なにか困ったことがおきたら、そこへいけばよい。かならず神がたすけてくださる」
 祖父はそういうとすっと姿を消した。そしてぼくの目が醒めた。
 そういえば遠い昔にそんな会話をかわしたことがあるような気がする。ぼくは父と母に気づかれぬように家を出た。こうこうと月が照っていた。
 黒い森へいってみよう。夢のおつげにしたがってみよう。ぼくは一人、森の奥へはいっていった。月の光に照らされて、いつもならおそろしい夜の森がなんとなくやさしげに感じられた。
 黒い森の入口にたどりついた。大きな樹がうっすらと光っていた。びっしりとはりついた小さなきのこが夜の闇の中で光つていた。
 ぼくはじっと樹を見あげていた。心がすうっとからっぽになっていくようだった。
 「やっと来たのう、リング」
 しわがれた声がぼくの名をよんだ。いつのまにか樹の根っこのところに、老人がすわっていた。老人は、長いキセルでたばこをふかしていた。
 「おまえを待っておったんじゃ」


  5 ガ族とギ族のたたかい

 ぼくはすっかりうれしくなった。
 「あなたがガルメ村の守り神ですか」
 老人は声をあげて笑った。
 「わしが神様なものか。ただの旅人じゃ。夜の森を一人さまよう旅の商人じゃ」
 「でも、ぼくを待っているといった。ぼくの名を知っていた」
 「ほっほっほ。そんなことはたわいもないことじゃ。夜の森はのう、人の夢の中の世界に通じておる。おまえがさっき見た夢をわしはちゃんと知っている。だからさきまわりしてここでおまえを待っておった」
 老人はそういうと大きくたばこをすいこんで、うまそうに目をとじた。
 「わしはこの世のありとあらゆる物語を知っておる。おまえが知りたがっている話、つまりなぜきのこ祭りが始まったかもな。それがわしの売り物なのじゃ」
 「ぼくにはその話を買うお金がない」
 「ほっほっほ。わしは金などいらぬ」
 「どうすればその話を買うことができるんだい」 
    「わしに新しい話を教えてくれればいいんじゃ」
 「ぼくはガルメ村の古いいいつたえをたくさん知っている」
 「そんな話はとうに知っておる」
 「じゃあ、ぼくには教えられる話なんてない」
 「そんなことはない。おまえが新しい話を作ればよいのじゃ」
 「そんなことできない」
 「心配するな。わしの話をきけば、おまえは新しい物語をうみだすことになるのじゃ。おまえはおまえをこえたものの力によって動かさておる。おまえの思いにかかわらずな。いつかおまえにもそれがわかるじゃろう」
 ぼくには老人のいっていることがよくわからなかった。でも老人がぼくに語ってくれた話は、とてもよくわかった。

 ミコータ国が、今みたいに森に覆われていなかったころの話だ。丘の上に住むギの一族と、草原に住むガの一族が激しく対立していた。
 ガ族は戦士たちの集団で、ギ族は神につかえる神官たちの集団だった。ともに力をあわせてミコータ国を治めていたのだが、あることから仲違いした。
 ギ族の王女がガ族の王子を恋し、王子も王女を恋した。王女は神の花嫁となる身だったし、王子も隣国の姫君との結婚が決まっていた。だが王子と王女の気持ちは強く、ある夜二人はミコータの国をすてて旅だってしまった。王女はその時、神への捧げ物をいっしょにもっていった。それは千年に一度はえるという黄金のきのこだった。この事件があって以来、ふたつの部族は敵対するようになった。
 神への捧げ物を失ったギ族はその力を失い、ミコータ国の実権はしだいにガ族のものになっていった。
 何代かのちのガ族の王子が、ある日森の中で鹿を追っていた。木々が密集し逃げ場のないところへ追いつめられた鹿は、とつぜん振りかえった。どこからともなく王子にむかって話しかける声がきえた。
 ──わたしは森の守り神だ。どうかお願いだ。その鹿を殺すのはやめてくれまいか。その鹿はわたしにつかえる巫女なのだ。月の光をあびれば人の姿にもどる。もし見逃してくれるなら、おまえの望みをひとつかなえてやろう。
 王子は森の神の願いをきいた。そしてそのかわり、久しく見失われたままになっている黄金のきのこを手にいれたいと神に望んだ。
 ──それはどんなきのこなのか。
 王子はこたえられなかった。黄金のきのこがいったいどんなものだったのか、ミコータ国のだれも覚えていなかった。ただ千年に一度はえるということ以外には。
 ──おまえがいう黄金のきのことは、不老長寿のきのこのことかもしれない。森の奥に大きな古樹がある。その根をほりおこせばみつかるはずだ。ただし一本ほりだしたなら、それ以後千年間は手をつけてはならぬ。さもないとおそろしいことがおこる。
 王子をじっとみつめていた鹿が、とつぜん身をひるがえして森の奥へ駆けていった。
 王子は鹿を追いかけた。そして鹿にみちびびかれて、昼とはいえ暗い森の中にかすかに光る古樹をみつけ、その根元をほった。土の中に光るきのこがいっぱいはえていた。
 その時、神の声がふたたびきこえた。
 ──不老長寿のきのこを食した者は、月の光をあびるとその体が透けて、だれからもみえなくなる。そのことを忘れるな。


  6 旅の始まり

 王子は、光るきのこをその場で口にした。
 その夜は満月だった。月の光をたっぷりとあびた王子は、ギの一族がたてこもる城へ忍びこんだ。王子はギ族の王の暗殺をもくろんでいたのだ。
 姿の消えた王子はだれにもみとがめられることなく、王の寝室にはいりこんだ。そこには、病のためいまにも死にそうな細い苦しい息をしている老王と、その手をしっかとにぎりしめ目に涙をうかべている王女とがいた。
 王子は、かくしもった刃を手にすることができなかった。ギ族の王女を悲しませたくなかった。王子は、一目見たばかりの王女を恋してしまったのだった。
 王子は、ギ族の城の秘密のにげみちをみつけた。
 次の日の朝、日の光をあびて姿をとりもどした王子は、昨日のできごとを一部始終、父王に話した。ガ族の王は王子の快挙を誉め、ただちに一軍をひきいてギ族の城をせめた。王子は精鋭の騎士たちとともに、秘密のにげみちからせめいった。ギ族の兵たちはろうばいし、たちまちのうちに王はガ族の王子と騎士たちにとりかこまれてしまった。
 ──父を殺さないで。
 病をおして戦おうとする王をかばって、王女が叫んだ。
 王子は王女の手をとってこういった。
 ──あなたの望みをききとどけよう。あなたがわたしの妃になるならば。
 こうしてギ族はほろび、ミコータ国はガ族が統治するところとなった。王子は、とこしえの生命と美しい妻を得た。
 ところが、物語はこれで終わらなかった。
 ガ族の王は、部下に命じて森の古樹の根をほりかえさせ、光るきのこを手にいれた。
 おそろしいことが起こった。森がとつぜん大きくなり、草原を侵しはじめた。ギ族の神官が神におうかがいをたてた。
 ──森の守り神がお怒りじゃ。いけにえを捧げぬかぎり、ミコータ国は森に覆われてしまう。
 王は王子とその妃をいけにえとして処刑した。森の守り神との約束をやぶったのはこの二人だと国じゅうにふれまわった。王は、ミコータ国の英雄となった王子がうとましかったのだ。
 しかし森はどんどん大きくなり、とうとうミコータ国は日の光のとどかぬ闇の国になってしまった。そしてギ族の城が建っていた丘だけが残った。
 ガ族の民はほろび、姿の見えなくなった王はいつまでも森の中をさまよい続けた。ミコータ国はギ族の民によって再興され、今日にいたっている。

 「これでしまいじゃ、おまえが知りたがっていた物語は」
 老人そういうと、新しいたばこに火をつけた。
 「ガ族の王は今も黒い森の中をさまよい、人々から魔物とおそれられておる。そしてきのこ祭りは、この魔物をなぐさめるために始められたのじゃ」
 そんな王のために、ぼくは殺されなければならないのか。でたらめな話だ。
 「おまえも不運な男だ。じゃが、のがれる道はある」
 「ぼくは逃げるのはいやだ」
 「逃げるのではない。歴史をつくりかえるのじゃよ」
 「どうやって?」
 「おまえに、黒い森へ一人ではいっていく勇気があればよい」
 「黒い森へはいって、それからどうすればいいんだ」
 「わしにもわからん。黒い森の中で黄金のきのこをみつけだし、時の中をさまよい、ガ族とギ族の昔の世界へむかうこと。わしにいえるのはそれだけじゃ」
 「ぼくは黒い森へはいる」
 「これで商いは成立した。これはわしからのはなむけじゃ」
 老人は、きのこからつくったというたばこを何本かぼくにくれた。
 「これをすえば、何もこわくなくなるはずじゃ。では達者でな」
 老人の姿は、すうっと消えてしまった。
 ぼくは、一人夜の森の中に残された。老人からもらったたばこを一本すってみた。からだから心がふわふわとぬけでそうだった。夜の森の不気味な静寂が、なにやら楽しげなざわめきにかわった。
 ぼくは、黒い森の中にはいっていった。