【21】 模倣作用から記憶作用へ

 模倣作用が私たちの社会の表層に構築する閉域。──登録の刃による個化と鏡像による身体のイメージ化と珠玉の言説による教化。これらが三位一体となって自給自足的な価値の産出と破壊を繰り返す共同体。いわば、擬似的な表象作用を内臓した擬似社会。

 私たちの社会の表層にわだかまる閉域を切開し、これを私たちの社会の語りえぬ領域へと繰り込むこと。模倣作用が産み出したメディアの原形式、すなわち伝説・民話・神話・スキャンダルを「分類」のための枠組み(タクソン)として活用し、際限のない「検索」を通じてこれらをインデックス・シンボル・イコン・マスクという社会的記号へと精練すること。それこそ、記憶作用である。


【22】 分類過程と検索過程

 記憶作用は、まず私たちの社会の表層において産出される様々な事象を登録し、比較し、体系化し、保存する。分類過程を構成するこれらの作業の形式は、模倣作用が自らの稼働の場を社会的実在として表象する際のメカニズムを通してあらかじめ「夢見られて」いる。分類とは、いわば夢の中でそれと知らず成就されていたプロセスを抽出し、これを意識的な操作群から合成されたものとして、固有の原理に立脚する分類形式として再構成する作業に他ならない。

 また、分類過程を経て保存された事象は、検索過程を通じて反復的(自己言及的)に復元され、相互引用の折り重なりのうちに記号体系として整序される。分類がオブジェクトレベルにおいて事象間の関係を構成する操作であるとすれば、検索はメタレベルにおいてこれらを統制する操作であるといえるだろう。

 検索の形式は分類のそれに対応し、分類の形式はその第一の作業である登録のそれに対応している。そして、登録の形式は命名過程における四つの記憶術に対応している。したがって、記憶作用を構成する分類・検索の過程は四つの形式に区分される。


【23】 分類・検索の形式(その1)

 分類・検索の四形式。第一は、事実上の隣接性に基づく連接的な連鎖関係[∧,⇔]、すなわち「換喩」関係に基づく事象の登録をもって開始される。  換喩的登録を基礎とする分類法は、諸事象をいわば機械として再構成する「反復」的な比較の作業へ、次いで因果の関係を遡及して得られる始祖的な事象(原型的事象)を介して諸事象の差異を「説得」的に識別する、原型とその変種に基づく体系化の作業へと推移し、最後に名をめぐる保存形式としての「伝説」化の作業、とりわけ原型的事象に割り振られた原名を核とする親族体系の制作をもって完了する。

 ところで、名は模倣作用のうちの命名過程において主題的に取り扱われるものであった。そして、換喩的命名(契約等)を支える社会基盤のうちに原型的事象への予感もしくは共同体験が潜んでいたのであるから、原名と親族体系に基づく分類形式は、登録そのものを第一原理とする分類法であり、この分類法に対応した検索の形式は、名に割り振られた「インデックス」に準拠するものとなるだろう。

 第二は、論理的な類種性に基づく離散的な連鎖関係[∨,¬]、すなわち「提喩」関係に基づく事象の登録をもって開始される。

 提喩的登録を基礎とする分類法は、諸事象の器官的結合から有機的全体を「再現」する比較の作業へ、次いで論理的同型性や相互変換可能性の基体となる深層構造を介して諸事象の関係の関係を「論証」する体系化の作業へと推移し、最後に生々しい身体性を帯びた証拠資料[corps]をめぐる保存形式としての「民話」化の作業、とりわけ象徴的原身体[corps]を核とする器官的階層構造の制作をもって完了する。

 ところで、身体は模倣作用のうちの儀礼過程において主題的に取り扱われるものであり、儀礼の四類型は性的結合におけるそれに相同的なものであった。そこでは、他者の身体との比較に根差す器官的・再現的結合こそが目的─役割体系としての社会システムの原形式をなすものであったから、原身体と器官的階層構造に基づく分類は、比較そのものを第一原理とする分類法であり、この分類法に対応した検索の形式は、身体に割り振られた「シンボル」に準拠するものとなるだろう。


【24】 分類・検索の形式(その2)

 分類・検索の四形式(承前)。  第三は、事実と論理、具象と抽象を結合するアナロジカルな類似性[⇒]、すなわち「隠喩」関係に基づく事象の登録をもって開始される。

 隠喩的登録を基礎とする分類法は、諸事象の複合体である機械と有機体を共在させる上位の準拠枠の「再生産」による比較の作業へ、次いで他事象との位置関係や全体とのトポロジカルな通底性の提示を通じて諸事象の意味を「教え」る体系化の作業へと推移し、最後に意味関係をめぐる保存形式としての「神話」化の作業、とりわけ聖痕を核とする教説体系の制作をもって完了する。

 ところで、意味は模倣作用のうちの言説過程において主題的に取り扱われるものであり、言説の四類型は推論におけるそれに相同的なものであった。そこでは、切れ切れの痕跡から全体を読み取る洞察[ab-duction]の推論こそが私たちの社会における諸価値の生産を開始させる契機であったから、聖痕と教説体系に基づく分類は、体系化そのものを第一原理とする分類法であり、この分類法に対応した検索の形式は、聖痕を象った「イコン」に準拠するものとなるだろう。

 第四は、事実と論理、可視と不可視を結合するアイロニカルな両義性[⇔,¬]、すなわち「逆喩」関係に基づく事象の登録をもって開始される。

 逆喩的登録を基礎とする分類法は、原型の欠損、破片としての諸事象を「複製」的に復元する比較の作業へ、次いで特権的器官(仮構された聖痕)による「誘惑」に基づく諸事象の価値の体系化の作業へと推移し、最後に価値をめぐる保存形式としての「スキャンダル」化の作業、とりわけ価値測量の技術体系の制作をもって完了する。

 ところで、価値は模倣作用のうちの生産過程において主題的に取り扱われるものであった。そして、スキャンダル(特権的身体の擬似死と再生の説話)による価値保存を支える社会基盤のうちに価値の数量化の契機が顕現していたのであるから、価値測量の技術体系に基づく分類形式は、保存そのものを第一原理とする分類法であり、この分類法に対応した検索の形式は、インデックスとシンボルとイコンを複製的に兼ね備えた「マスク」に準拠するものとなるだろう。


【25】 検索過程をめぐって

 検索過程は「司法」過程である。  司法とは、究極の法原則から普遍かつ絶対無謬の解決を導く作用ではない。また、客観的な真実の発見や正しい解決策の考案という本来人知や人間の能力を超えた作業を行うことでも、あるいは手続的なルールの遵守により真実性や正当性を擬制することでもない。

 問題(記憶=記号体系)を共有しあう人々の間での交渉と説得を通じて、法的な原則や議論のルールへの言及、解釈、さらには新たな原則やルールの提案をも含む法的な修辞活動を通じて、その場その時に応じて妥当な解決策を推論すること(記号を共同制作すること)にこそ、司法過程(検索過程)の本質がある。