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 パソコンや携帯で文字を打ち出すことに慣れた現代人のあいだで、「漢字を読めるけど書けない人」が増えています。これは、漢字を手書きしていた時代に、手が筆順を覚えていたのが手書きをやめたために、その動きを忘れてしまったからです。

 これまでの漢字学習は、漢字の筆順を何回も繰り返して書き、丸暗記して覚えることが中心でした。しかし、この方法は手書きを放棄した現代人にとって最善の方法とは言えません。手書きをほとんどしない私たちは、漢字の字形のなかに漢字を復元するヒントを見つけて漢字を覚える必要があります。

 そのための最善の方法は、音符を活用することです。音符はこれまで名前のとおり、漢字の音を表わす記号と考えられてきました。例えば「距キョ」「拒キョ」の字では「巨キョ」が音符となり距・拒の発音「キョ」を表わしています。しかし、音符巨キョは単独では、大きい(巨大)という意味ですが、音符として他の漢字と組み合わさった時、「へだてる・へだたる」意味があるのです。

 したがって、拒は「手+巨(へだてる)」で、手を前に出して相手をへだてる、つまり拒否をする意味に、距は「足+巨(へだたる)」で、鳥の足先の爪とへだたっている蹴爪(けづめ)の意味で、転じて「へだたる=距離がある」意味となります。また、常用漢字以外でも、炬キョは「火+巨(へだてる)」で、地面などからへだてて管理されている火、つまり、かがり火や、たいまつを意味し、音符の意味は貫徹されています。

 このように、音符が音を表わすとともに意味も表わす文字を、会意形成文字といいますが、組み合わせ漢字には会意形成文字が非常に多いのです。本字典は、音符の役割を徹底的に追求して明らかにした上で、部首と組み合わせて漢字を覚える方法を開発して編集されています。

 書けない漢字があったとき本字典を見て、音符と部首の関係を把握してください。また同時に同じ音符が他の部首と組み合わさってどんな漢字が出来ているかを把握することにより、音符を中心とした漢字の成り立ちを理解できます。こうした作業を繰り返すことによって、漢字を音符と部首の関係から理解することができ、漢字を記憶し書けるようになります。一度覚えた音符は、常用漢字以外の漢字にも応用が利きます。音符による漢字の学習は体系的に漢字を理解できるすぐれた方法だと断言出来ます。

 【著者紹介】石沢誠司(いしざわ せいじ)
1943年、長野県上田市生まれ、京都大学文学部卒業。京都府職員として府立総合資料館・京都文化博物館・府立図書館等に勤務。退職後、2008年から2年間、上海師範大学で日本語を教える。日本語教育に携わり始めてから漢字音符に興味を持ち、漢字を音符で分類する作業を続ける。2010年に帰国後、常用漢字を音符順に配列した字典の編集を開始し、パソコンを用いて入力し完成させた。
 著書に『七夕の紙衣と人形』(ナカニシヤ出版)がある。


            『音符順 常用漢字学習字典』の内容と特徴
  1. 常用漢字2136字を787字の音符順に配列し解字・意味を説明しています。これにより音符を中心とした漢字のつながりが理解できます。音符自身が常用漢字であるものは541字です。残りの246字は常用漢字ではありませんが、基本となる文字ですので全て収録しています。
  2. 音符や漢字が当初のかたちと変わってしまった場合は、語呂合わせ等で覚えるよう工夫されています。
  3. 2010年に新たに追加された196字の常用漢字も収録されています。
  4. 本文中の余白を利用して、漢字の成り立ちに関するさまざまな話題を「コラム」として掲載しています。
  5. 常用漢字以外の文字でも、その文字の音符が本字典にあれば、関連付けて覚えることが可能です。
  6. 大学入学試験や漢検2級までの漢字書き取り問題は、基本的に常用漢字から出題されますので受験対策にも有効です。

           『音符順 常用漢字学習字典』 目次

     はじめに 音符で分類すると漢字の成り立ちが解る …………… ⅰ

     漢字は究極の絵文字 ~古代文字の音符~ …………………… ⅵ

     凡 例 ………………………………………………………………ⅹⅳ

     音訓索引………………………………………………………………1-26

     本 文…………………………………………………………………1-497

     コラム目次………………………………………………………………498

     総画索引………………………………………………………………1-12

     本文497ページ、まえがき・索引等53ページ、全550ページ B5版 定価4000円(送料込)


石沢書店

〒567-0888 大阪府茨木市駅前1丁目5-8
メール seijiishizawa@yahoo.co.jp
電話 072-627-0271



「音符順 常用漢字学習字典」の「まえがき」全文

              
はじめに -音符で分類すると漢字の成り立ちが解るー
               
                                                         石沢 誠司

  音符とは何か
 本書は漢字の発音をつかさどる部分である音符(声符)を取り出して発音順に配列し、同じ音符を含む漢字を集めて解字・解説した日本で初めての常用漢字字典(辞典)です(注1。「音符」という言葉は、音楽の楽譜に使われる音記号である「♪」などがよく知られていますが、漢字の音符はあまり知られていません。では、漢字音符とはいったい何でしょうか。

漢字における音符とは、その漢字の発音を表している部分を言います。例えば「距キョ」や「拒キョ」の音符は「巨キョ」となります。漢字は「かたち」があり、その「かたち」は意味を持つとともに、その「かたち」を示す発音があります。もっとも初期にできた漢字は、山・川・人・魚・虎のような象形文字ですが、その発音はそれぞれ「サン」「セン」「ジン」「ギョ」「コ」です。象形文字は文字と発音が一致しているので「かたち」は同時に発音を表す記号である音符になります。
 
 
後に、象形文字の多くは組み合わせ漢字の中で部首となり、漢字の意味を担う構成要素となったので音符としての用途は限定されます。ところが部首とならず、音符として使われる象形文字的な漢字が多くあります。例えば、人が脚を交差させた象形である「交コウ」や、イナズマの象形である「申シン」、人のお腹の中に胎児がやどる象形である「包ホウ」などです。これらの漢字は、あたかも部首のような役割をはたしつつ音を表す音符として使われます。

「交コウ(p152)は、交差させる・まじわる意で、「校コウ「絞コウ」「効コウ」「較コウ」「郊コウ」などの組み合わせ文字ができます。p152の要約は以下のとおりです。
「校コウ」は、「木+交(交差させる)」で屋根に交差した木を組んだ建物。転じて校舎の意。
「紋コウ」は、「糸(糸束)+交(交差させる)」で、糸束を交差させてしぼること。しぼる・しめる意となる。
「効コウ」は、「力+交(交差する)」で、ハサミなど交差した道具の柄をもって力をいれること。てこの原理でより大きな効き目がでる。
「較コウ」は、「車+交(まじわる)」で、多くの車が一箇所で交わりあうこと。その結果互いに相手の車を見較くらべること。
「郊コウ」は、「阝(むら)+交(まじわる・行き来する)で、町から行き来することができる範囲の村里の意となる。

「申シン(p258)」は、イナヅマ・のびる意で、「神シン」「伸シン」「紳シン」などがあります。p258の要約は以下のとおりです。
「神シン」は、「ネ(示:祭壇)+申(イナヅマ)」で、イナヅマを神の現れとしてまつること。
「伸シン」は、「イ(ひと)+申(のびる)で、人がのびのびすること。転じて、のびる・のばす意。
「紳シン」は、「糸(糸を織った帯)+申(のばす)」で、腰に巻いた帯を前でたらす装束。貴人の礼装に用いられた。「紳士」

「包ホウ(p424)は、つつむ・まるくふくれる意で、「抱ホウ」「胞ホウ」「砲ホウ」「泡ホウ」「飽ホウ」などです。p424の要約は以下のとおりです。
「抱ホウ」は、「手+包(つつむ)」で、手で包むようにかかえること。抱く・抱える意。
ホウ」は、「月(からだ)+包(つつむ)」で、胎児を包む皮膜のこと。えな・母の胎内の意。「同胞
ドウホウ
「砲ホウ」は、「石+包(つつむ)」で、石を包んではじきとばす弓。のち鉄砲・大砲のこと。
「泡
ホウ」は、「水+包(まるくふくれる)」で、まるくふくれた水のあわ。「水泡スイホウ」
「飽ホウ」は、「食+包(まるくふくれる)」で、食べ過ぎてお腹がまるくふくれること。「飽食ホウショク

音符として一番多く使われるのは、象形文字を組み合わせて作られた会意文字です。例えば、大きな人の両側に人を配置した「夾キョウ」、刀と口を組み合わせた「召ショウ」、立った人にひっくり返った人を組み合わせた「化」などです。これらの字も「夾キョウ」は、はさむ・はさまれる意、「召ショウ」は、まねく・めす意、「化」は、変化する・かわる意を持ちながら音符となります。

「夾キョウ(p 95)は、はさむ・はさまれる意で音符となります。「峡キョウ」「狭キョウ」「挟キョウ」「頬キョウ」など。p 95の要約は以下のとおりです。
「峡
キョウ」は、「山+夾(はさまれる)」で、両側を山にさまれた谷間。「峡谷
キョウコク」
「狭
キョウ」は、「ケモノ+
夾(はさまれる)」で、両側をヤブにはさまれたケモノ道。転じて、せまい意となる。
「挟キョウ」は、「手+夾(はさむ)」で、手ではさむこと。「挟撃キョウゲキ」(はさみうち)
「頬キョウ」は、「頁(かお)+夾(はさむ)」で、顔の両側をはさむようにある「ほお」の意。「頬杖ほおづえ」

「召ショウ(p242)は、まねく意で音符となります。「招ショウ」「沼ショウ」「昭ショウ」「照ショウ」「紹ショウ」など。p242の要約は以下のとおりです。
「招
ショウ」は、「手+召(まねく)」で、手招きすること。「招待ショウタイ」
「沼
ショウ」は、「水+召(まねく)」で、川の流れが変わり、その結果、本流から水を招きいれたようになってできた沼。
「昭
ショウ」は、「日(日光)+
召(まねく)」で、日をまねく意。
日光が輝いて明るいこと。あかるい・あきらかの意。
「照
ショウ」は、「灬(火)+昭(あきらか)」で、火の光で明らかにすること。つまり照らすこと。
「紹ショウ」は、「糸+
召(まねく)」で、呼び寄せて糸でつなく意。つぐ・とりもつ意となる。「紹介ショウカイ

「化(p33)は、かわる意で音符となります。「花」「貨」「靴」など。p33の要約は以下のとおりです。
「花」は、「草+化(かわる)」で、草が姿をかえてできる花。
「貨
」は、「貝(かい)+化(かわる)」で、貝が値打ちのあるものに変わる意で、たからやお金の意。「金貨キンカ」
「靴」は、「革(かわ)+化(かわる)」で、革が変わってできたくつ。「軍靴グンカ」

音符の中には漢字の原型となったものの、今では使われなくなったプリミティブな形もあります。例えば、「作サク」の原字で、枝をたわめる・つくる意をもつ「サク」、太陽の「陽ヨウ」の原字で、あがる意をもつ「昜ヨウ」、「桶ヨウ・おけ」の原字で、中が空洞の意をもつ「甬ヨウ」などがあり、これらを音符にもつ字は以下のとおりです。(※印は形声文字)

 サク(p178)」は、枝をたわめる・つくる意で音符となります。「作サク」「詐」「搾サク」「昨サク※」「酢サク※」など。p178の要約は以下のとおりです。
「作
サク」は、「イ(ひと)+乍(つくる)」で、人がつくる意。「作業サギョウ」
「詐」は、「言(ことば)+乍(つくる)」で、つくりごとを言うこと。「詐欺サギ」
「搾
サク」は、「手+窄(せばめる)」で、手でしめてせばめること。「搾乳サクニュウ」 窄は「穴+乍(たわめた枝)」で、枝をたわめてまるく曲げるように穴の入口がせばまること。

「昜ヨウ(p468)」は、あがる太陽・あがる意で音符となります。「陽ヨウ」「場ジョウ」「揚ヨウ」「湯トウ」「瘍ヨウ」「腸チョウ※」など。p468の要約は以下のとおりです。
「陽ヨウ」は、「阝(おか〕+昜(あがる太陽)」で、あがった太陽の光が丘に当たる形。太陽の光のほか、丘の日の当たる側の意。
「場ジョウ」は、「土+昜(あがる太陽)」で、あがる太陽を祭る儀式が行なわれる土地。「場所バショ」
「揚ヨウ」は、「手+昜(あがる)」で、手で高くあげること。「揚力ヨウリョク」
「湯
トウ」は、「水+昜(あがる)」で、勢いよく湯気をあげて沸き立った湯。「熱湯ネットウ」
「瘍ヨウ」は、「疒(やまい)+昜(もちあがる)」で、皮膚がもちあがるできものの意。「腫瘍シュヨウ」

「甬ヨウp466)」は、「通ツウ」「痛ツウ」「踊ヨウ」「ユウ」「湧ユウ」など。p466の要約は以下のとおりです。
「通ツウ」は、「之(ゆく)+甬(つらぬく)」で、ある場所をつらぬいて行くこと。「通行ツウコウ」
「痛
ツウ」は、「「疒(やまい)+甬(つらぬく)」で、からだを貫くような激しい痛み。「激痛ゲキツウ」
「踊
ヨウ」は、「足+甬(つらぬく)」で、人がとんとんと突き抜けるように上下に足踏みし、その反動でとびあがったりする動作。「舞踊ブヨウ」
ユウ」は、「力+甬の略体(=踊:つきぬけるように足をふむ)」で、力があふれ足踏みして奮い立つこと。「勇気ユウキ」
「湧
ユウ」は、「水+勇(=甬:つきぬける)」で、水がつきぬけるように湧くこと。「湧出ユウシュツ」

意味が複数ある音符
 
このように、ほとんどの音符は意味を持ちながら音を表します。これを会意形声文字といいます。音符のなかには複数の意味を持つ場合が多くあります。例えば、「監カン(p68)という音符は、水の入った皿の上に伏せた人を配し、人が水鏡をみている形です。ここから、まず、①水鏡をみる(監る)という原義が誕生し、続いて、②見張る(監視)、さらに、③ろうや(監獄)、という(いんしんぎ)が生まれました。そして、原義の「かがみ」の意が発展した④「手本・かんがみる」という意味もあります。一方、音符として使われる場合の意味は、意味①の「水鏡・みる」、②の「見張る」の二つに加え、私は水をいれている水鏡の「わく(枠)」という概念を設定しました。以下のとおりです。(詳しくはp68参照)

かがみ・よく見る  監 カン・みる    カン・かがみ  ラン・みる 
 「カン」は、「金(金属)+監(かがみ)」で、金属の表面を磨いたかがみ。「銅鏡ドウキョウ」
 「ラン」は、「見+監の略体(水かがみ)」で、水かがみは下を向いて見るので高いところから下を見る意。転じて、広くながめる。全体を見渡す意。  

見 張 り す る   カン・いくさぶね
  「カン」は、「舟+監(見張りする)」で、監視する舟で、軍艦のこと。

  (枠)     ラン・みだりに  ラン・あい   塩[鹽]エン・しお
 枠の意味を設定すると、濫ランは「監(わく)」で、枠をこえて水があふれる。藍ランは「艸(草)+監(わく)」で、枠の中(藍がめ)で染めるのに使う草(あいぐさ。また、あいいろ)の意。塩[鹽]の旧字体は、「鹵ロ+監(わく)」で、枠(塩田)の中で作る(しお)の意なります。

 このように音符として使われる時に持つ意味を、本来の漢字の意味と区別するため私は「イメージ」と名付けました。これは音符の
(いんしんぎ)といえます。

音符の発音は変化する
 音符は漢字のなかに組み込まれて音を表しますが、必ずしも音符本来の発音がそのまま引き継がれるわけではありません。上記の例からわかるように、「監カン」の発音が「覧ラン」「濫ラン」「藍ラン」に変化しています。これは、カ(ka)の音がラ(ra)に変化した形で子音krの変化となります。この形の変化は、「兼ケン」が「廉レン」に変化する際にも、ケ(ke)→レ(re)の変化として見られます。

音符が変化する最もポピュラーなかたちは、①清音から濁音への変化(例:タ→ダ)②五十音図のタテの中での変化(例:タ→チ・ト)です。それ以外は上記のkrの変化のように、個別的な変化になるので全体を法則で把握するのはむずかしい側面があります。ここでは「音符の発音はある程度の法則性をもって変化する」と理解すれば十分です。大事なことは、音符の字形は変化しないことです。(新字体への変化を除く)

会意文字と会意形声文字の違い
 上記に例をあげたように、音符が意味を持ちながら発音を表す漢字を会意形声文字といいます。一方、二つの文字が組み合わさって全く異なった発音と意味になった文字を会意文字といいます。例えば、「山サン」と「鳥チョウ」が組み合わさって、「海上で鳥が羽を休める山=嶋・しま」という新しい意味と音になった「嶋(新字体では島)トウ」という字が会意文字です。先に例を挙げた「申シン」では、雨と組み合わさった「雨の中のイナビカリ」を示す「電デン」が会意文字となります。しかし、発音が複雑な変化をした場合の会意形声文字と、一般の会意文字との識別はむずかしいものがあります。本書では字統などに準拠して区分けしていますが、「電デン」を会意形声としている字典もあります。

こうしたことから本書では会意となった文字が、さらに音符となって新しい文字をつくる場合を除いて、会意も形声も同じ音符の中に入れています。

 形声文字の役割
 音符の多くが意味を持ったまま発音を表すのに対して、意味を持たず音だけを示す字が形声文字です。形声文字は、?()をつけて川の名前を表したり、?()を付けて獣の名前を表したり、魚へんを付けて魚の名前、艸(草)や木へんを付けて植物の名前を表したりします。これらの音符の中には意味を持つものもありますが、ほとんどがもともとあった名前の発音と同じ音符が付けられる形で成立しています。また、仏典を漢訳した際に梵語の音に当てた形声文字もあります。例:佛(仏)陀:梵語「buddhaブッダ」(ほとけ)の音訳語。

一般の名詞や動詞などにも形声文字がありますが、この場合は少し事情が異なります。というのは、画数が多く、書くのに手間のかかる音符は、もっと簡単な同じ発音の音符に置き換えられる傾向があるからです。例えば「白ハク」という字は、意味は「しろい」ですが、この意味で音符になる字はほとんどありません。多くが「博ハク(ひろい)」「薄ハク(うすい)」「搏ハク(うつ・たたく)」の意味で、「伯ハク」「舶ハク」「泊ハク」「迫ハク」「拍ハク」などの形声字を作ります(p377参照)。同じような例に「丁テイ・チョウ」等があります。このように、他の文字の音に当てはめた用法を、私は「(~の音に)通じる」と表現しています。

  なぜ音符字典を創ったのか
 ところで、漢字の専門家でない私が、なぜ、このような音符別の字典をつくったのでしょうか?
その理由は私が漢字を書けなくなってきたからです。二十数年まえ、私はワープロを使い始めました。以後、職場や自宅で文章を書くときワープロ⇒パソコンに頼り、手書きすることは殆どなくなりました。その結果、漢字が書けなくなってきたのです。漢字は読めます。しかし、少しむずかしい漢字は書けなくなりました。「読めるけど書けない病」になったのです。しかし、日常生活でそんなに不便を感じませんでした。会議や調査などでメモを取るとき、書けない漢字はカタカナで書いておきパソコンに入力するとき漢字変換していたからです。メモはカタカナで書く方が早く書けるメリットもありました。

 転機は、職場を停年退職し上海の大学で日本語を教えることになった2008年に来ました。上海赴任が決まったとき、私は次のような不安に駆られました。「授業中、黒板に漢字を書いていて書けない漢字があったら学生の物笑いになる」。そこで、赴任前から私は漢字の書き取り練習を始めました。しかし、練習して書き方を覚えたつもりでも、しばらく経ってから復習してみると書けないのです。私は「六十の手習いは無理だ。丸暗記するのでなく、漢字の形から論理的に覚える方法を開発しなければ…」と思い、漢字を構成している部首や旁(つくり)から漢字の成り立ちを理解し、その上で書くことができる方法を模索し始めたのです。

  藤堂明保氏の『学研漢和』から、白川静氏の『字統』へ
 最初、私が注目したのは藤堂明保編『学研漢和大字典』です。この字典は、「音符は基本的に意味を持つ」という立場から解字を行なっており、その説明はわかりやすく魅力的でした。私はこの解字をみて「これだ!」と思いました。そして、上海へ行く時この字典を持って行き、暇を見ては音符を抜き出してまとめ、ノートに書き取る作業を続けました。それは漢字を間違えないためのオマジナイのようでもありました。

 一年経つとかなりの音符がノートにまとまりました。ファイリングノートに写し換え、1頁に1音符を記述し音符の読みの順に配列しました。すると、不思議なことが起こったのです。同じページの中で共通の音符をもつ文字同士が、まるで何年も経て再会したかのように挨拶を始めたのです。少なくとも、私にはそのように見えました。というのは、音符の意味が複数ある場合、彼らは音符のどんな「イメージ」を担当しているかがわかるようになったのです。そして、同じイメージをもつ者は親しげでした。また、音符相互の関係や他の音符との近親関係まで分かってきました。中には全く関係のない者(音符の音だけ借りていた者)もいました。

2010年8月、私は2年間の日本語教師生活を終えて上海から帰国しました。2年間で主要漢字の音符をまとめる作業は完成に近づいていました。帰国後、この中からまず常用漢字だけまとめてみようと思い立ち編集に入りましたが、このとき役に立ったのが、山本康喬著『漢字音符字典』です。この本は約6300字の漢字を音符別に配列した字典です(各文字の解字や意味の説明はありません)。音符の確定に迷った漢字については、この字典をみて参考にさせていただきました。もうひとつ参考になったのは、やはり白川静著『字統』でした。特に音符となる漢字についての深い洞察は、私にとって音符のイメージを作り上げる際にとても参考になりました。白川氏の洞察の根拠は甲骨文字や金文に始まる古代文字の深い理解と解釈からきていました。そこで、今回、音符の解字には古代文字も掲載させていただくことにしました。そして、自分のパソコンで入力編集したのが本書です。どうしても出てこない文字は手書きしました。

音符で分類すると漢字の成り立ちが解かる
 本書は常用漢字2136字を音符によって配列しています。項目を立てた音符787となります。音符のうち、音符自身が常用漢字であるもの541、残りの246は常用漢字ではありません。しかし、これらの中には、「禾」「瓜」「其」「喬キョウ」「圭ケイ」「頁ケツ」「彦ゲン」「之」「此」「勺シャク」「昌ショウ」「辰シン」「亘セン」「朋ホウ」「夭ヨウ」「卜ボク」など日常生活や人名で馴染み深い字も多く、また常用漢字を理解するうえで欠かすことのできない基本となる文字ですので、全部収録しました。

 これらの音符は最も初歩的で原初的な文字です。基本となる漢字ですから部首となるものもあります。音符となる漢字は当然、意味を持っています。組み合わせ漢字となった時、その一つの役割として音を担当しているのです。ですから、部首と音符とからなる組み合わせ漢字は、形声文字を除くと、両方の意味が合わさって新しい概念の文字となっているのです。

 音符をこのようにとらえると、音符順に配列した漢字字典の特徴が明らかになります。それは、同じ音符の文字が集まることにより、音符を中心に展開される漢字のグループの存在が浮かび上がることです。それらのグループの関係を読み解くと漢字の成り立ちが分かるとともに、漢字を記憶することができるのです。

 また、常用漢字以外の漢字を理解するのにも音符順の配列は威力を発揮します。ある漢字の音符を特定することで、その漢字の成り立ちを把握することが出来るからです。ですから、一度覚えた音符は、常用漢字以外の漢字にも応用が利きます。音符による漢字の学習は体系的に漢字を理解できるすぐれた方法だと断言出来ます。

  ゴロ合せは現代の解字
 現在の字のなかには、古代文字の形からまったく変化してしまったものがかなりあります。こうした漢字は古代文字の解字を行なっても、現在の形の理解に結びつきません。こうした文字について私は新しく解字を考えました。いわゆるゴロ合せの方法です。これには長崎あづま著『漢字川柳』を引用させていただいたり、自分で新たに考案したりしました。本来の解字を理解したうえでゴロ合せを覚えるのは、丸暗記をするよりずっと合理的でいったん覚えると忘れない便利な方法だと思います。ゴロ合せは現代の解字です。決して卑下することはありません。

  本書の使い方
 書けない漢字があったとき索引でその漢字を検索し、該当する漢字とその音符との関係を把握してください。同時に同じ音符の他の漢字を参照して、該当する漢字との違いを理解してください。忘れたらまた引いてください。こうした作業を繰り返すことによって、漢字を部首と音符の関係から理解することができ、漢字を記憶できるようになります。

 この字典は、2010に新しく指定された196字の常用漢字も収録しています。新指定の漢字には◎印を付けています。大学受験や漢検2級までの漢字書き取りは、基本的に常用漢字から出題されますので、その対策にも有効です。さらに、常用漢字以外の文字を覚える場合、その音符が本書に収録されていれば、その漢字の成り立ちを推理することができます。

本書が、広大で無限の魅力をもつ漢字の森に足を踏み入れるきっかけとなれば幸いです。私もさらに勉強して、次は常用漢字から漏れた文字も含め、日常生活でよく使われる4000字程度を収録する音符字典を目指します。

注1)漢字の音符をまとめた字典に山本康喬氏の『漢字音符字典』がありますが、この字典には各文字の解字や意味の説明はありません。

<参考文献>

藤堂明保編『学研漢和大字典』学習研究社 1978年

白川 静『字統』平凡社 2007年

福井県教育委員会編『白川静博士の漢字の世界へ』平凡社 2011年

山本康喬『漢字音符字典』アド・ポポロ 2007年

加納善光『漢字の成立ち辞典』東京堂出版 1998年

落合淳思『甲骨文字小字典』筑摩書房 2011年

城南山人編『古代文字字典 甲骨・金文編』マール社 2002年

鎌田正・米山寅太郎『大修館漢語新辞典』大修館書店 2001年

日本漢字能力検定協会『漢検漢字辞典』日本漢字能力検定協会 2001年

新村 出『広辞苑』岩波書店 電子辞書

友野 一『漢字の教え方・学び方 3巻』さ・え・ら書房 1971年-1983年

宮下久夫 『分ければ見つかる知ってる漢字』 太郎次郎社 2000年

小山鉄郎『白川静さんに学ぶ 漢字は楽しい』2006年 共同通信社

小山鉄郎『白川静さんに学ぶ 漢字は怖い』2007年 共同通信社

長崎あづま『漢字川柳』論創社 1995年

『改訂常用漢字表』文化財審議会答申平成22年6月7日 文化庁HP