メッセージ   2012年 2月19日
 「熱心に祈り続ける」    (使徒の働き12章5〜17節)

 初代教会のリーダーたちに身の危険が迫っていた。先に殺されたヤコブに続きペテロも捕えられ処刑されようとしていた。教会の仲間たちは共に集まり、熱心に祈っていた。

神様は祈りに答えられ、ペテロは厳重に警備されていた牢獄から脱出することが出来た。しかし、ペテロが仲間たちのところへ戻ったとき、みなその事実をすぐには受け入れることができず、祈りの集まりが混乱した様子を聖書は記している。助かることを願って祈りながらも、彼らは半ばあきらめていたようである。先にヤコブが殺されたことからも覚悟していたのかも知れない。確信がないままに祈ったが、祈りは聞かれたのである。彼らは苦難を通して熱心に祈りを重ね、結果として主権が神にあることを改めて知ることとなった。

坂本竜馬の甥である坂本直寛はクリスチャンであった。政治家やジャーナリストを経て、植村正久らの感化を受け伝道者として北海道で活躍した。彼は停滞気味だった信仰や教会の立て直しを願いつつ、有志で祈る集まりを約一年にわたって続けた結果、ある日リバイバルが起こり、仲間たちは聖霊の臨在を感じ、熱い感動で満たされたと言う。その集まりには長野政雄もいた。鉄道員だった彼はそれから二年後の明治42年228日、逆送する車両を自らのからだを張って止め、殉職することになる。やがてその出来事が三浦綾子の小説『塩狩峠』の題材となり、多くの人々に福音を伝えることとなった。

熱心に、具体的に、定期的に…記憶されるほどに祈ることは大切である。そしてそれは記録されることでより多くの人々に励ましや慰めを与える。聖書の記述はまさにそのことを示している。すぐに答えは出なくても、現実がどれほど不可能に思えても、祈りを大切にしたい。

「まことに主は青銅のとびらを打ち砕き、鉄のかんぬきを粉々に砕かれた。」(詩篇107:16)