平岩城レポート
落城日 2006年9月18日(月)
落城者 かずひろ 以上1名
 結婚してからめっきりとバイクに乗る時間が少なくなった。
昔は行き先や目的がなくてもバイクに乗れたのに、今はそう
ではないようだ・・・。
 来週末の和歌山ツーリングに向け洗車とエンジンを約2ヶ月
振りにかけてみる。
 『ポロロンポロロン♪』何ともdevil管ではなくエンジェル管
と例えた方が良いような楽しげな排気音になってます。
 そうです。カブってます!カブってますとも!
そnカブりをねたに落城しに来たのが家から15分位の所に
ある『平岩城址』。前から地図では見つけていましたが近所
なんで後回しになってました。
例の如く『平岩城→0.5km』の看板にだまされて息切れして
汗書いて山登りする事15分、到着しました。
 ここに城があったなんて事は想像も出来ない位、何もない
です。
【平岩城の歴史】
 平岩城は、この地の豪族平岩茂直が、楠氏の赤阪挙兵に応じて築いた城である。
元弘元年(1331年)赤阪城攻略にむかい関東軍は、平岩峠を越えて大和から河内に進入したが、
茂直はこの城によって防戦した。
その後正平14年(1359年)、足利勢が河内に攻め入った時、楠木正儀は17の城を整備してこれを防ぎ、
この城も17支城の一つとして修築して茂直の子茂幸が防戦した。
中世の城として、その遺構がよく残っている。頂上が本丸跡で、本丸の入口両方から谷がせまって首のように
細くなっている所が木戸跡である。周囲の山で平らになっている所が出丸跡である。