「さよなら怪傑黒頭巾」

 

黒は東西南北の北を守る神「玄武」を象徴し、「さよなら怪傑黒頭巾」で庄司薫氏は、「赤」に象徴される「他者への愛」という夢が遭遇する厳しい現実という戦場を見つめたのです。(「狼なんかこわくない」庄司薫著より)

 この小説は他の3作と異なり、若者だけではなく、薫の一世代上の、お兄さんたちが重要な役割を演じています。若者が思い描く「他者への愛」という夢、そしてやがて大人になっていった脇役たちがその夢を失う、あるいは挫折するという両者相容れないストーリーの上で、薫は悶々とします。

 薫だけのストーリーを追うと、朝7時に目覚め、やがて、結婚式への出席依頼が来る。食い意地のはった薫クンは喜んで参加するが、披露宴で何か異質な空気に触れる。その後はソフトな美人のノンちゃんや、はっとするぐらい美人なアコという二人の女の子とデートをし、やがて飲みなれないお酒を呑みすぎて、最後には吐いてしまうという、まことにうらやましい1日を送ることになります。

 話はそれますが、ぼくはこのアコにも相当猛烈にまいってしまっていて、由美がだめならアコだと思ったものです。(何てやつだ、ぼくってのは)

 一方、この物語では、薫クンとは別のストーリーが全編を通じて流れていきます。それは、「他者への愛」という夢を失った大人たちの挫折の物語でしょうか。結婚こそが人生最大の目的とでも言うように、粛々と披露宴をすすめていく山中さん。彼はシュバイツァーにあこがれ、他者の救済を目指して学生運動の先鋒を務めたわけですが、今や敵としていた教授の媒酌で、病院のあととり娘と結婚をする。自分の夢は破れたんだから、せめて結婚が人生最大の夢の実現のように振舞うわけです。

 他方、薫の次兄たちが敬愛する政治学者が70年安保を目前に、留学を決める。その行為が敵前逃亡に見られるんじゃないかと案じ、次兄たちとふらふらになるまで飲み明かす。

 最後に、この二つのストーリーは、薫が「他者への愛」という永遠のテーマを、やがて自分も具体的な戦場で経験するだろうと総括し、あざなわれた縄のようにエンディングを迎えます。

 この物語は、日常で傷ついたぼくたちの世代にとって、もう一度読み返してもいい本だろうと思います。

 

散歩学派 おおはし