小栗栖等の論文

 筆者が これまでに執筆した論文の一覧です。著書以外は、ダウンロードできます。
 初期の論文はかなりひどいです(涙)。


年代順
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連 番
著 書・学術的論文の名称
種 別
発 行発表年月日
発 表媒体
概要
1
武 勲詩の起源問題に関する諸主張
単著
1990年5月
TLLMF 第1号 大阪市立大学文学部 森本研究室 22頁〜27頁
武勲詩が民衆の口承詩から発達したものであるのか、それともただ一人の 知識人によって一息に書き下ろされたものであるのか、という起源論争の流れを19世紀半ばから今世紀半ばまで辿り、その間に、論争の本質が変化したことを 指摘する。すなわち、当初、新たな史料を発掘することで解決可能と思われた文献学的論争は、両陣営の主張の変化と相まって、美学的論争に変容してしまった のである。
2
武 勲詩の起源問題に関する諸主張その2
単著
1991年5月
TLLMF 第2号 大阪市立大学文学部 森本研究室 7頁〜12頁
武勲詩が口承詩に基づくとするメネンデス・ピダルの著作と、唯一の作者 によって完成されたとするエビシェの著作を比較し、両者のあげる文献学的証拠によっては、起源論争は解決され得ず、両者の真の対立点が、『ロランの歌』が 唯一の詩人によって美的に完成されたかいなかという点にあることを述べる。そして、ある作品が美的に完成しているか否かは主観の問題である以上、起源論争 は今や解決不能の状態にあることを指摘する。
3
『ロ ランの歌』と「一貫性」の神話
単著
1991年7月
LUTECE 第21号 大阪市立大学フ ランス文学会発行 23頁〜38頁
従来、多くの研究者は『ロランの歌』の物語展開に見られる矛盾を整合的 に回避すべく、様々な解釈を提案し、自説を作者の意図に合致する唯一絶対のものと主張してきた。しかし、実際には、彼らの主張の一つを特権視せねばならな い理由は何もない。というのも、『ロランの歌』が整合的に解釈され得るという前提そのものが疑わしいからである。むしろ、多様な解釈を許容する点こそにこ の作品の歴史性は存する、と本論は指摘する。
4
武 勲詩に関する諸研究その1
単著
1992年6月
TLLMF 第3号 大阪市立大学文学部 森本研究室 7頁〜14頁
武勲詩研究に大きな転換点をもたらした、リシュネルの画期的著作、『武 勲詩』を祖述すると共に、注釈によって、彼の主張の思想的背景、問題点、他の研究者の主張との比較などを行う。本論の特に重要な指摘としては、リシュネル の形式的研究の手法が現象学の考え方と通底すると見たこと、口承詩と作品形式を余りに単純な因果関係で結びつけるのは危険であるとしたこと、などが挙げら れよう。
5
『ロ ランの歌』の「反復」について
単著
1992年10月
フランス語フランス文学研究 日本フラン ス語フランス文学会 1頁〜12頁
「反復」技法は、近現代の常識に反し、前後に並べられた事件を同時性の もとに読み直すことを読み手に要求する。しかし、それは口承という伝達形態に武勲詩作品が縛られていたとするリシュネルの主張を裏付けるものでは決してな い。というのも、「反復」技法と極めて似通った「反復法」の技法は近現代にも見られるが、この技法もまた武勲詩作品に頻出するからである。むしろ、中世は 近現代よりも多くの選択肢を持っていたのである。
6
リ シュネルの「反復」の概念再考
単著
1992年12月
LUTECE 第22号 大阪市立大学フ ランス文学会発行 20頁〜37頁
リシュネルは、武勲詩に見られる「反復」技法を詳細に考察した、殆ど最 初の研究者である。しかし彼は、これを作品の詩節形式との関連で捉え、技法の本質には拘泥しなかった。本論は、多くの事例を分析し、「反復」の本質は、物 語を前から後ろへと読み進めねばならないという、近現代文学の常識を覆す点にあることを指摘する。すなわち、「反復」は前後して並べられた事件を同時性の もとに読み直すことを読み手に要求するのである。
7
Les Vers d'Intonation de la Chanson de Roland
単著
1993年6月
TLLMF 第4号 大阪市立大学文学部 森本研究室 21〜30頁
本論は「〈冒頭詩行〉の存在性格」の予備考察である。『ロランの歌』の 詩節冒頭の詩行を網羅的に考察し、武勲詩の詩節冒頭には特権的な構文が頻出するというリシュネルの「冒頭詩行」の主張が基本的に正しいことを立証した。た だし、その後の研究者のように特権的な構文が現れれば、その詩行は詩節冒頭であるという主張の正否までは、この考察では立証できない。それ故、上記の論文 の考察が必要となったのである。
8
「冒 頭詩行」の存在性格

仏語版(html)
単著
1993年11月
LUTECE 第23号 大阪市立大学フ ランス文学会発行 1頁〜21頁
武勲詩の詩節冒頭には特権的な構文が頻出するというリシュネルの「冒頭 詩行」の主張は広く受け入れられ、多くの学者が、特権的な構文が現れれば、その詩行は詩節冒頭であると考えてきた。本論は、『ロランの歌』の、詩節冒頭の 詩行とその他の詩行の間に、構文上の違いが見られないことを、作品の網羅的分析により立証し、そもそもリシュネルの主張が、詩節冒頭には固有名が頻出する というものに過ぎなかったことを指摘する。
9
ラ テン語版『ユスタッシュ』の言語
単著
1994年8月
TLLMF 第5号 大阪市立大学文学部 森本研究室 40頁〜57頁
十世紀のラテン語作品である、『聖エウスタキウスとその家族』に見られ る、俗ラテン語的な特徴を扱った。すなわち、テキストを電子化し、作品に見られる全ての用例を採集し、音声学、形態論、統辞論の観点から、古典ラテン語と は異なった特徴を網羅的に指摘し、さらに、現在分詞構文と絶対奪格を、本作品の言語が、古典ラテン語とは異なった機能配分体系のもとに用いていることを立 証した。
10
空 間的描写
単著
1994年12月
LUTECE 第24号 大阪市立大学フ ランス文学会発行 1頁〜18頁
中世の作品に見られる描写、とりわけ、物語展開を停止するような描写= 「空間的描写」を形式的に扱うことのできるような方法論はこれまでの所提案されていない。本論は、七作品の「空間的描写」を網羅的に取り扱い、それらを四 つのカテゴリーに分類し、さらに、それらのカテゴリーに明確な定義を与えて、「空間的描写」の形式的考察の基盤を整えた。考察そのものは博士号取得論文で 行われることになる。
11
散 文版『聖ユスタッシュ伝』における固有名詞の格変化
単著
1996年12月
TLLMF 第7号 大阪市立大学大学院 TLLMF研究会 25-32頁
『聖ユスタッシュ伝』にはラテン語版(原本)と俗語版(訳本)がある。 本稿では俗語版(M写本とG写本)に見られる、JhesusとPlacidusという二つの固有名の格変化を検討した。その結果、俗語版の作者がラテン語 に関して正確な知識を有しており、しかも、ラテン語版の格変化をかなりの程度温存していることが明らかとなった。したがって、M写本・G写本で伝わる、俗 語版は、ラテン語原本から直接翻訳されたものである可能性が高い。
12
『聖 ユスタッシュ伝』の「散文版」と「韻文版」
単著
1996年12月
LUTECE 第26号 大阪市立大学フ ランス文学会発行 16頁〜32頁
聖ユスタッシュの物語は様々な形で作品化されているが、十三世紀にはラ テン語版に基づくとされる二つの俗語作品、「散文版」と「韻文版」がある。本論は、この「散文版」と「韻文版」が直接ラテン語版に基づくものであって、い ずれか一方が他方から生じたという意味での親子関係が両者には認められないことを文献学的に証明する。更に文体の特徴により、両作品がともに十三世紀初頭 に生じた可能性の高いことを指摘する。
13
二 人の主人公:アレクシスとユスタッシュ
単著
1997年2月
和歌山大学教育学部紀要——人文科学——  179頁〜187頁
『聖ユスタッシュ伝』(十三世紀)と『聖アレクシス伝』(十一世紀)の 主人公の違いを、他の俗語文学の主人公の特徴もからめて論じた。そして、おおむね十二世紀前半までは、一貫して聖人、英雄の立場を貫き、そのためには家族 も顧みない主人公が、十二世紀後半以降は、信仰や忠義を貫くために悩み、苦しみつつ成長する、家族愛に満ちた主人公が、少なくとも俗語文学の世界では好ま れたことを指摘する。
14
十 二世紀のディスクールの概念(このリンクは出版社の注文ページにジャンプします
単著
1998年2月20日
駿河台出版社 ( 平成9年度科学研究費補助金、「研究成果促進費」(一般学術書)による出版 大阪市立大学大学院博士号(文学)、第3192号取得論文、460頁)
第一部では、中世の文学を、我々とは異なった価値観と認識論的前提をも つ、異文化の産物として扱わねばならないということを指摘する。そして第二部では、十二世紀の諸作品を、「反復」、「空間的描写」といった技法の面から考 察し、近現代とは異なった文学技法が十二世紀に存在したことを示す。最後に第三部では、第二部で扱った中世の技法が、近現代とは異なった空間・時間表象の 概念に裏付けられたものであったことを論証する。
15 韻 文から散文へ 『聖ウスタッシュ伝』と『ポンテュー伯の娘』
単著
1999年12月
TLLMF 第8号 大阪市立大学大学院 TLLMF研究会 11頁〜24頁
韻文から散文への移行は、一見、形式的制約からの解放のように見える。 しかし、実際には、それは一つの形式から別の形式への移行に他ならず、解放という観点からでは到底とらえきれない事態である。実際、初期の散文作品は、韻 律にそった文が思いのほか多い。本稿では、二つの散文作品に見られる、韻文リズムをもった文(韻律文)を検討し、散文という新しい形式が、非常に困難な過 程をへて、創り出されていったことを論じる。
16 文 学と電子テクスト —電子テクストの可能性、技術的問題について
単著
2002年12月
LUTECE 第30号 大阪市立大学フ ランス文学会発行 35-53頁
現在では多くの電子テキストがWeb上に公開されているが、その質は概 して粗悪である。原本のテキストを忠実に再現していないばかりか、コンピュータープログラムによる処理の可能性を考慮していないものがほとんどである。本 稿では、電子テキストが一種のデータベースデータであることを強調しつつ、電子テキストの質を向上させるための、ノウハウを論じた。
17
テ キストの電算処理 —電子テキストと解 析ツール—
単著
2003年7月
『点描—欧米の文学』 大阪教育図書  67-84頁
電子テキストは、データを必要に応じて取り出せるという意味での動的性 質を持ち、固定的なデータを提供するという意味での静的性質をもつ書籍とは決定的にことなる。本稿では、その違いを説明した後、電子テキストの動的性質を 保証するのがプログラムに他ならないことを指摘して、筆者が開発したプログラムを利用した、電子テキストの活用法を紹介する。
18
電 子テキストの書式 —より快適な電算処理のために—
単著
2004年5月
TLLMF・周辺 合併号 シメール社  3頁-21頁


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