「トキワ荘の青春」と藤子F不二雄(1996)

市川準監督の「トキワ荘の青春」を見た。
主演は本木雅弘。実にしみじみとした、やさしく、静かな映画でかなり感動した。
トキワ荘とは藤子不二雄(藤子F不二雄先生のご冥福を心よりお祈り致します。合掌)、石森章太郎、赤塚不二夫などが青春をすごしたアパートで漫画家に憧れたことが一度でもある人にとってはまさに伝説の場所。
でこの映画は彼らのリーダー的存在である寺田ヒロオを軸にした青春群像劇なんだけど、大きな事件とか起伏の激しいストーリー展開があるわけでもなく、ただ淡々と彼らの日常、青春期の微妙な空気感が描かれていく。
青春の光と影と言えば簡単だけど、光の中に影があり、また影の中に光が滲むようなあいまいな空気感が僕には痛いほど感じられた。
人一倍イノセンスを求めながら、自分自身のイノセンスの喪失を感じてしまうそんな瞬間。
石森や藤子のもつ「無邪気」に対してどこか醒めた寺田のどうしようもないイラだち、焦り、自信とコンプレックス。
やさしすぎた寺田はそのやさしさゆえ時代に取り残されていく、そしてその事に十分自覚的でありながら、彼は自ら取り残されることを選んだのだ。
(トキワ荘時代について寺田自身あまり多くの言葉を残していないが、映画の原作にもなった梶井純氏の「トキワ荘の時代」には寺田とトキワ荘の関係が丁寧にルポされているので興味をもった方は一読をお薦めする。特に棚下照生やつげ義春との関係は興味深いところなので読んでから映画を見るとさらに理解が深まることでしょう。)
やさしくて、不器用な寺田が若き同士達との生活の中で、想い、感じた事はいったい何だったのだろう。
自分自身の青春時代ってやつをちょっと振り返りつつ静かな感動をおぼえた。
前作「東京兄妹」でも感じたんだけど市川監督は「孤独な瞬間」の描き方が実にうまい。
あの世界中から一人取り残されたかのようなやるせない瞬間を実に丁寧にすくいとってフィルムに焼き付けている。
そしてもう一つこの映画の素晴らしいところは「青春」のもつ微熱とともに「青春」が終わるということもきっちり描いているところだ。(それは決して悲しいことではなく、ほんの少し切ないだけなのだと思う。)
あとキャスティングがすごく良かった。
抑制のきいた演技を見せる本木氏は主演男優賞ものだし、その他の出演者は小劇場で活躍する無名の俳優さんがほとんどなんだけど皆それぞれにいい味をだしている。
赤塚不二夫役の大森嘉之は十年後には日本を代表する男優になってるだろう。
それにしても森安直哉役に古田新太をキャスティングした人は偉い。
(この森安直哉って人はトキワ荘の中では脱落者なんだけど実に魅力的な人で藤子不二雄A氏の「トキワ荘青春日記」や石ノ森章太郎氏の「章説・トキワ荘・春」には彼の数々の逸話が残されている。)
その他、学童社編集長加藤役に原一男(ゆきゆきて神軍!!)とか寺田の親友の劇画作家棚下照生役に柳ユーレイとか渋すぎるキャスティング。
邦画もこれぐらいキャスティングに気を使ってほしいもの。
(とりあえず西田敏行で人情喜劇とかってのはもうたくさん。それと「北京原人」って誰が観るんだ。)
で漫画家の話に戻しますが、藤子F不二雄先生死去のニュースは僕にとってかなりショッキングなニュースだった。
手塚治虫先生が死んだ時もショックだったがあまりに突然の悲しい知らせに一瞬言葉を失った。
1970年生まれの僕はドラえもんと同い年、子供の頃は家の中で絵を書いたりねんどをこねたりするのが大好きで将来の夢は漫画家だった。
ベレー帽をかぶった手塚先生や藤子先生は僕にとってヒーローだったのだ。
思えば今の僕のポップカルチャー好きは藤子F不二雄作品から始まったと言っていいだろう。
押入をあければドラえもん、オバQ、パーマンにキテレツ大百科、21エモン、ウメ星デンカいまだてんとう虫コミックス版で残っている。
そんな訳で小学館からでた「藤子F不二雄の世界」は買わない訳にはいかないでしょう。
カラーイラストに年鑑、藤子不二雄A氏(あの傑作「魔太郎が来る」がついに文庫化されてしまった。「・・なにもそこまでしなくても・・」と思わせる復讐の数々はホラーとギャグが紙一重であるということを認識させてくれる。ぜひ塚本晋也監督に映画化して欲しい。魔太郎役には「渡る世間は鬼ばかり」のエナリ君を推薦したい。)、石ノ森章太郎氏等による座談会、ドラえもんをはじめとする代表作を収録したこの本を読んでいるといかに自分がF氏の影響を受けているかがわかる。
それにしてもF氏の絵のなんと美しいことか。
アニメのドラえもんがF氏の描くドラえもんと全く違うように誰も氏のようには描けない。
やわらかな線で描かれるキャラクター達はそれぞれが個性を持ち、生命の輝きすら内包している。
徹底して児童漫画の場にいて最後まで子供達にメッセージを送り続けた彼は数少ない本当の大人だと思う。
この星の素晴らしさを彼は完全に理解していた。
だからこそ彼は日常の隣にある少し不思議な物語をあれだけ描けたのだと思う。
彼はこの星がそんな物語をちゃんと受け入れてくれるだけの包容力を持っていることを知っていた。
そして僕達、人間がこの星と同様素晴らしく魅力的な存在であるということを彼はその作品の中でごく普通に語っている。
もちろん彼はただ脳天気にそれらを描いているわけではない。
彼が残した多くのSF短編は挫折や絶望、孤独、後悔といったものがテーマとされているが、彼はそれらをその先にある力強い「生」に向かう再生の物語へと昇華させている。
それ故に「ドラえもん」や「オバケのQ太郎」に熱中した頃からいつの間にか大人になって、漫画家の夢なんてすっかり忘れてしまった僕さえ藤子作品は今もって感動させてしまうのだ。
で特にお薦めの短編を最後に紹介しときましょう。
大人になるということを20ページで見事に描いた異色作「劇画・オバQ」
物理学をこれほどロマンチックに描いた作品はないねという「一千年後の再会」
切なくてたまらない「ノスタル爺」
思春期特有の微熱とともに世界が開けていく瞬間を少し不思議な物語として見事描いた「ふたりぼっち」「恋人製造法」などなど。
文庫で簡単に手に入るのでぜひ一読を。
(日本で他のあらゆる分野と比べて漫画家に「天才」が突出して多いと感じるのは私だけだろうか?)


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引き続きお楽しみ下さい。