大学4年の後半と就職後半年くらいは麻雀と疎遠になっていた。

ある日、会社のK先輩が「S君は麻雀するの?」って聞いてきた。
28歳くらいのおっとりした先輩である。
「あ、出来ますよ。下手やけど・・・。」
「じゃあ今度一緒にやらない?毎週土曜の夜、俺ん家のアパートで卓囲んでいるかさ。」

誘われるままK先輩と一緒にアパートに行ってみた。
夜9時頃からメンバーが集まってきた。
アパートの隣の喫茶店のマスターM、焼き鳥屋のおねーちゃんH、畳屋のT、花屋のF、塗装屋のR、初老のA、煉瓦屋のE。
町内の麻雀好きの集まりの様な感じであった。

その日は俺と先輩のK、マスターM、おねーちゃんHで囲んだ。
先輩のKはそこそこの腕前であったが、おねーちゃんHは複合面子になると並び変えないと良く分からないようで牌をあちこちに置いたりしてた。
マスターMは大邪道麻雀で配牌で一番多い牌の種類で7割ガタ染め手をする。「考えるの邪魔臭いからネ(笑。」
家庭麻雀やなと思いながらも和気藹々と打っていた。
ルールは食いタンなしのなんでもアリで点10、ウマ、焼き鳥でオーソドックスなレートとルールであった。
その日は5時くらいまで打って+50くらいだったと思う。マスターが−130くらいの一人負けであった。
マスターが「S君、またやろうね。」と話かけてきた。「今度は負けないよ(笑。」

2ヶ月くらい経って打つ相手は先輩、おねーちゃんH、煉瓦屋、マスターといったところであった。
ある日、初めてあたる相手で花屋F、塗装屋Rと打った。もう一人は先輩のK。
塗装屋Rはそこそこ成績も良く「Rちゃん、よく勝つねー。」とみんなから、からかい半分に言われていた。
その日、俺は絶好調で3連続トップをとっており逆にRは3連続ラスであった。
半荘4回目も絶好調が継続しており、リーチ即ツモ連発であった。
ふいに絶不調のRが言った。「これだからツキだけの奴にはかなわねーや。」
トップ独走中の俺は苦笑いしながら「そうやね。俺はツキでしか勝てへんから。」
「ちっ!」Rが吐き捨てた。その後もRは「やってらんねーな。」「なんだよ、このツモはよっ!」とカッカきてた。

南場の2局Rが親の時に俺はタテホンドラ1をRから上がった。
「バカヅキもここまでくれば本物だな!」
冷静を装ってた俺も辛抱出来なくなり、「弱い犬ほどよく吠えるってな。」
血相を変えてRは立ち上がり「なにーーっ!」
和やかだったアパートの一室が静まりかえった。
「何や?ほんまの事言うて何が悪いんや?」と俺も切り返した。
俺も相当頭にきてたらしく、相手の視線にメンチを切り続けた。

「まあまあまあ・・・」花屋のFが間に入った。「みんな楽しくやってんだからさ、揉め事は止めようよ。」
この花屋のFも胡散臭いやつでパンチパーマで派手な服を着てた。
マスターも「たかがお遊びなんだからさ、楽しくやろうよ。」
その場はみんなに制されて収まったが、俺の中ではモヤモヤしたものが残っていた。

会社は土日が休みだった為、ある土曜の昼にマスターの喫茶店に遊びに行った。
ここは仲間の溜まり場だった為、メンバーが揃うかなと思って行ったのである。
「こんにちはー」
「あれ、いらっしゃい。時間早いんじゃないの?」とマスター。
「いや早くってもメンバーがいたら打てるかなと思って(苦笑。」
「昼からメンバーは集まらないよ(笑。夜には集まるんじゃない?」
「ほな、時間潰させてもらおかな。」

30分ほどスポーツ誌を読んだり、マンガを読んだりしてるとフイに「こんにちは。」と焼き鳥屋のおねーちゃんが喫茶店に入ってきた。
「仕込みが終わったから、ちょっと寄ってみたのよ。」
彼女は俺を見つけると「あれ、おにいちゃん早いんじゃないの?」と話かけてきた。
彼女は俺の事を『おにいちゃん』と呼んでいた。
「夜まで暇つぶしに来たんや。」
「おにいちゃんも好きなんだね、麻雀(笑。」
10分程、世間話をしたところでまた一人入ってきた。花屋のFである。
今日もまた一段と派手な服を着ている。
「マスター、花ここに置いとくネ。」
花屋のFは俺達を見つけると隣に座って、「なあ今暇かい?」
俺達2人を見回した。「俺は暇やで。」「私は店が開く時間までなら暇。」
「ちょっと悪いんだけど、今から俺と一緒に車を取りに行かねーか?修理に出してた車が直ったって連絡があってさー、一人で行くのカッコ悪くってさ(苦笑。」
「あぁ、俺は別に構へんで。」「私も行ってもいいわよ。」

おねーちゃんが代車の助手席に乗って、俺は後に座った。
急に花屋が「Sちゃんは麻雀強いね。」俺は大体『S』と呼び捨てか、『S君』と呼ばれており『Sちゃん』と呼ばれたのは花屋が初めてだった。
「ついてるだけやで。」「前、後で見た事あったけど、なかなかきつい麻雀を打つよね(笑。」
「たまたまやって・・・。」
この会話から急速に花屋のFと親しくなった。
修理してた車は白のBMであった。「ごっつい車に乗っとるんやな・・・。花屋ってそんなに儲かるのかよ。」内心そう思った。

その夜は先輩、マスター、花屋、塗装屋、俺と5人集まり2抜けで打つ事にした。
最初は俺が抜け番で花屋Fの後で見ていた。

早い順目でヤミテンのマンガンを張っていた。
その内、下家の塗装屋の親がリーチをかけてきた。
俺の位置からは2人の手牌が見えたので親のリーチはヘタレリーチであった。
当然Fは追っかけると思っていたが、親の現物で降りていった。
「え?」心の中で呟いた。結局ベタ降りしてテンパイすらしなかった。

その局はFが2位で終わり、俺と交代になった。
「あそこで追っかけなかったんやね?」とFに言った。
Fはニヤついた表情で無言で席を替わった。
言葉ではうまく言えないが何かこう、納得できないものが生じていた。

次の土曜日の昼にまた例の喫茶店に行った。
「こんにちは〜。」
「いっらっしゃーい。」
「マスター、ちょっと教えてほしいんやけど・・・。」
「ん?なんだい?」
「花屋って儲かるん?」
「花屋?」
「Fさん、花屋さんやろ?ごっついBM乗ってるんやで。」
「花屋?アハハハ。花屋は花屋でもちょっと違う花屋さ(笑。」
「違う花屋?」
「スナックとかクラブとか、まぁ俺のところもそうだけど、花を持っていって印をつけてるのさ。裏の花屋さん(笑。」

その夜先輩、煉瓦屋、F、初老のA、俺と5人集まった。
「今日も2抜けにする?」と先輩。
「いや、今日は俺ずっと観戦していますよ。」
「どしたい、Sちゃん。珍しい(笑。」
「いや、ずっと勝ってるから悪いかなぁと思って(笑。」
「よく言うぜ(笑。」

何回か俺は煉瓦屋と初老とは打っていた。
こう言うと悪いのだが、先輩Kはこのクラスでは1ランク落ちていた。
みんな老練な麻雀を打つ。
俺はFの打ち方を観察したかったのだ。

予想に反してFはごくごくスタンダードな打ち方だった。
突進して攻める訳でもなく、守り一辺倒でもなく、ごく普通の打ち方だった。
無茶攻めはしない、ガチガチに守らない、自然に手成りで打っている。
ちょっと拍子抜けであった。技を期待していた俺はちょっと気が抜けた。

1回目が終わったところで、先輩Kが2位だったので「どう、2抜けで打つかい?」と言ってきた。
もう俺は観戦する価値もないかなと思って「ほな、打とかな。」と替わった。
屈指のメンバーがここに揃った。

25000点持ち、33300点返し、クイタン無しのなんでもあり。
東場はあまり動かずトップ煉瓦屋、2位初老、3位俺、4位F。
だが誰も30000点に達していない。接戦である。

(若干の点差は割愛する。)
南1俺の親
カン5sダマで7700を煉瓦屋から上がる。俺31000点、初老27000点、F21000点、煉瓦屋21000点。
ようやっとトップに立つ。
1本場
初老がピンフノミで上がる。俺30000、初老28000、F21000、煉瓦屋21000。

南2煉瓦屋の親。
Fが序盤で234sで2sチー。他は動きなし。
Fがまた中盤で567pで5pチー。

後付けだなと感じる。北が0枚、南が1枚、白が1枚しか切れていない。他の役牌は2枚以上切れている。
終盤になって親の煉瓦屋が「これか?」と言って2枚目の南を切ってきた。
どこからも声無し。その後に俺が白を持ってきた。オリ。
流局間際、Fは手の中から北を2枚切っている。Fは何をしてたのだろう。
結局、煉瓦屋の1人テンパイ。俺29000、初老27000、煉瓦屋24000、F20000。
1本場
初老が煉瓦屋からリーピンドラ1を上がる。
初老31000、俺29000、F20000、煉瓦屋20000。

南3Fの親。
初老が序盤からダブ南を鳴いた。ソウズの染め手の模様。
俺は初老の下家だったが鳴かして手を進める訳にはいかないので役牌とソウズを絞っていった。
ドラが5pだったので染め手はマンガン止まりか。
俺のは手にならなかった。中盤の後半で初老が7sを手から切ってきた。ソウズはもう切れなくなった。
その次に6pをツモ切りした瞬間に「あ!」と感じたが間に合わなかった。
と、同時に対面のFから「ロン!」
タンピン3色ドラドラの見事な親ハネであった。「3pならイーペーコーも付くんだけど同じだね。」



次の土曜日の夜。
メンバーが6人集まった。
Fが突然言った。「俺とSちゃんが抜けるよ。ちょっと飲んでくる。」
俺は当時あまり飲まなかったのと、別に飲みに行く気もなかったのでFがそう言った時はちょっとビックリした。
「さ、Sちゃん。飲みに行こうや(笑。」

あまり高級ではなかったが、こじんまりした雰囲気のいい普通のクラブであった。
女の人が両隣について他愛もない話で盛り上がった。
「Sちゃん、いつでもココ使っていいからね。ウチの組の名前でツケもきくし。ただし、後で集金するよ(笑。」
2時間くらいであろうか、話も落ち着いたところでFが「ちょっとみんな悪いけど、席離してくれないか?」
と言って女を席から外させた。

「Sちゃん、麻雀歴はどれくらいなんだい?」
「本格的にやりだしたのは4年くらいかな。牌触ったのはずっと前やけど。」
「そうか(笑。」
「先週のFさんのチーは意味分からんかったけど。」
「あぁ、あれか(笑。」
「何やったんやろう。」
「あの時、俺はツイてなかった。チーする事によってツモ順を変えていい牌が来る様におまじないをしたのさ(笑。」
「おまじない?」
「あぁ(笑。次は俺の親だっただろ?それまでに何とかしようとチーをしたのさ。
1回チーしたがそれでもツモは良くならなかった。
で、2回チーしていい牌が来る感触を得たって訳さ。もちろんあの時勝負は捨ててたけどね。幸い誰も大きく狙ってる様子もなかったから。
ただ万全を期して終盤でオタ風を捨てていったのさ。俺は振込みは点数に関係なく、罪悪だと思ってる。
振り込めばツキが逃げていく気がしてね(笑。
まぁ一種のオカルトな発想さ。でも黙っていても良くならないのは分かっていたからね(笑。」
「で、俺がハネマン振り込んだって訳やな。」
「いや、あれは偶然さ(笑。でも出るとしたならSちゃんかなとは思ってたけどね。
ひょっとしたら初老のAさんは36p掴んで7s切ったかも知れないよ(笑。7sは俺の現物だったからね。」
「そうなんか?」
「いや、Aさんに聞いてないから分からないけどね。そんな気がしただけ(笑。でもSちゃんはソウズが余ったから手から出てきたと思ったろ?」
「うん・・・。」
「麻雀ってそんな単純じゃないからね(笑。攻めてる時ってのは諸刃の剣で振込みと背中合わせなんだよね。」
「・・・。」
「あのメンバーはみんな勝負所ってやつを知ってるさ。」
「その勝負所を知ってないのは俺だけやった訳か・・・。」
「いや、そこまで言わないけどね(笑。でもあの局面ではAさんの方しか目が行ってなかったろ?だから俺に振り込むとすればSちゃんかなと思っただけ(笑。」
言葉が出なかった。
「場をちゃんと見渡す余裕がまだまだSちゃんにはないかなって(笑。それが出来ればSちゃん、もっと強くなるよ(笑。」
「・・・。」
「また熱く一緒に打とうよ(笑。」
ふとFさんの目を見るといつものギラギラした目ではなく何かこう寂しそうであった。



休みの日になるとそのアパートに通いつめた。
いつも場が立っていたからである。メンバーが増えても2抜け、3抜けで成り立っていた。
それでも俺の頭の中ではFさんの言葉がずっと残っていた。

あれから2ヶ月くらいしてFさんが全然見えなかった。
いつも2週間くらいおきには顔を出してたのであるが。
「マスター、最近Fさん忙しいんかな?全然ここに来えへんね?」
「あ、F?5年くらいは逢えないかもね。」
「5年くらい?なんで??」
「出世しに行ったんだよ。」
「出世?」
「この前SちゃんFと飲みに行ったろ?その10日くらい後かなぁ。麻雀の2抜けで交代したみたいなもんだね・・・。」
マスターは両手首を合わせる格好をした。


Fさん、俺はもう一度あなたと熱く打ちたかったです。