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はさまったヤクザ

シーン1

ヤクザが嫌になった杉山健一は、組から盗んだ一千万円が入ったケースを持って、追手から逃れるため森の中を走り回っていた。
「ハアハア、どこだここ?」
辺りは鬱蒼と木々が茂り、右も左も分からぬような状況だった。
しばらく進むと、目の前に巨大な煙突が見えてきた。
近づくとそこには廃工場があった。
稼働を休止してから相当年月がたっているらしく、中の機械類は赤錆に覆われ、天井は抜け落ちて陽が差し込んでいた。
「ここなら隠れられるな」
杉山はケースを置くと、隠れるのに良さそうなところを探し始めた。
いつの間にか、杉山は機械がまだ動くのかが気になっていた。
大きな歯車が付いた機械に肘を掛け、スイッチをいじった。
そのとき、突然機械が動きだし、杉山の左腕がガッチリと挟まれてしまった。
「痛ってぇ!」
杉山は慌ててスイッチをいじったが、機械は微動だにしない。
足で踏ん張り、力いっぱい引っ張ったが、抜けなかった。
挟まれてから一時間近く頑張ったが抜けず、杉山は絶望的な状況に追い込まれた。

シーン2

山西省吾が昆虫採集のために森に入ろうとしていると、黒塗りの車がそばに来て停まった。
省吾がきょとんとしていると、パワーウインドウが開き、中からサングラスを掛けた男と、太った男の顔が覗いた。
サングラスの男が訊いた。
「坊や、この辺で黒いシャツを着た若い男を見なかったかい?」
「ううん知らない」
「すまんな、邪魔して」
そう言うと、車は去って行った。

シーン3

省吾はセミを採りに来ていた。
すぐに木に停まっているセミを見つけた。
省吾はあっさりと捕まえ、虫かごの中に入れようとした。
が、セミが暴れ出し飛んで行ってしまった。
省吾は追いかけたが、見失ってしまった。
気が付くと森の奥深くまで来ていた。
しばらく歩くと、目の前に巨大な煙突が見えた。

シーン4

「お兄さん誰?」
諦めかけていた杉山の目が輝いた。
「誰だっていい、坊主ちょっと手を貸してくれ、腕が抜けないんだ」
省吾は杉山の左腕と機械との隙間に手を入れ引き抜こうとしたが、無駄だった。
省吾は今度はスイッチを触った。
すると、機械がさらに杉山の左腕を締め付けた。
「痛てっ!テメェぶっ殺すぞ!」
驚いた省吾は逃げ出した。
「悪い、悪い、もう言わないから」
省吾は恐る恐る杉山に近づくと、ポケットから携帯電話を取り出した。
「そうだ、携帯で警察呼ぼう。そしたらお兄さん助かるよ」
「警察呼んだら、ぶっ殺すぞ!」

シーン5

雨が降ってきたため、省吾は帰らずに杉山のそばでしゃがんでいた。
「お前、帰らなくていいのか?」
「うん」
「変わった奴だな」
「うん」
杉山が微笑した。
「そう言えば、名前何て言うんだ?」
「山西省吾」
「お兄さんは?」
「俺は杉山健一」
「もしかして、お兄さんって悪い人?」
杉山はかぶりを振った。
「じゃあ警察呼ぶよ」
「ヤメロ!」
「やっぱり、悪い人なんだ」
杉山は黙った。

シーン6

暇そうにしている省吾に杉山が声を掛けた。
「なあ、そこのケース取ってくれないか」
省吾はケースを開けた。
「おい、勝手に開けるな」
「うわぁ、お金がいっぱい。拳銃もある」
「まあいい、その銃を渡してくれ」
杉山は銃を手に取ると、機械に向かって撃ち始めた。
耳をつんざくような音が工場内に響いた。
「チクショウ!びくともしねえ」
「ねぇここにノコギリがあるから、腕切ったら?」
「ふざけんな!」

シーン7

雨も止んだ頃、省吾が思い出して言った。
「そう言えばさっき、車に乗った二人の男の人がお兄さんのこと探してたよ」
「本当か!?まずいな、組の奴らこの近くまで来てるのか・・・」
「どうしたの?お兄さん」
「なあ、省吾、頼みがあるんだ」
「なに?」
「その金、ここに置いておくのも不安だし、お前が預かっていて欲しいんだ。腕が抜けたらすぐ取りに行くから渡して欲しい。待ち合わせはどこがいい?」
「森を出た先にある無人駅」
「よし、約束だ。破ったら承知しねぇからな」
省吾はコクリとうなずいた。

シーン8

二人の男が森沿いの道に停めた車の中で、外の様子を伺っていた。
太った男が、サングラスを掛けた男に話しかけた。
「ねえ、あのガキさっきも見ませんでしたか?」
「ああ、俺が声を掛けた奴だ」
「あっ、あのガキの持ってるケース見てください!」
「組の金だ!間違いない。降りるぞ」
二人は省吾のもとへと駆け出した。

シーン9

杉山は機械に腕を挟んだまま、あれこれ考えていた。
もし、このまま警察に見つかったらどうしようか。
いや、警察はましだ、組の追手に見つかったら殺される。
しかし、腕が抜けなければどうしようもない。
俯いた杉山は、壁際にオイル差しが転がっているのを見つけた。
「あれを塗れば抜けるかもしれん」
杉山はめいっぱい右腕を伸ばした。
もうちょっとのところで届かない。
杉山は最後の力を振り絞って腕を伸ばした。
「届いた!」
すぐに、オイルを左腕に塗りたくると、思い切り引っ張った。

シーン10

「おい、坊主、そのケースどこで拾った」
省吾はケースを胸に抱えた。
「知らない」
「こっちに渡せ」
「いやだ」
「坊主、お前死にてぇのか?」
サングラスを掛けた男が懐から拳銃を取り出すと、省吾に銃口を向けた。
省吾は隙を突いて、森の奥へと逃げ出した。
「待て!」
二人組の男たちは、後を追った。
森の中は足場が悪く、省吾はすぐに追いつかれそうになった。
「助けて!」
そのとき、省吾の前の木陰から、拳銃を持った杉山がサッと現れた。
「省吾、伏せろ!」
銃声がし、森の空気が震えた。
杉山の撃った弾は命中し、二人の男は呻き声と共に倒れ、動かなくなった。
「あ、ありがとう」
「俺はただ、金を受け取りに来ただけだ」

シーン11

「じゃあな」
無人駅の前で杉山は省吾に別れの挨拶をした。
「うん、バイバイ」
省吾と別れた後、ケースを持ち、悠々と歩いていた杉山は、突然パトカーから降りてきた警官に取り押さえられた。
「な、なにすんだ」
「杉山健一だな。署まで来てもらおう」

シーン12

杉山はパトカーの後部座席でひとり呟いた。
「あのクソガキ、通報しやがって」
だが、杉山はなぜか微笑んでいた。

終