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冷たい教室

シーン1

     灰色の曇り空。
     国道を走る一台の清掃車が指示器を出し、ある建物の前で止まった。
     郊外の駅前に位置するその建物の壁には、「進学塾 ○○」という大きな看板が取り付けられていた。
     「○○中学 ○名合格!」と書かれた紙もいくつか貼られていた。
     ツナギを着た男達がゴミを運んでいた。
     その横を自転車で通り過ぎる少年がいた。
     少年は駐輪場に自転車を止めると、籠からカバンを取り出し、小さな肩に掛けた。
     ガラス張りのドアを開けると、チリンと鈴の音がした。

シーン2

     少年は受付カウンターに行くと、財布からカードを一枚取り出し、小さな箱のような機械に入れた。
     しばらくして、ピピッという電子音とともにカードが出てきた。
     そのとき、後ろから少年を呼ぶ声がした。

宮治「よぉ、もやし、じゃなかった小西」

小西「……宮治君」

宮治「オイオイ、怒るなよ」

     その後も生徒がぞろぞろと入っていった。

シーン3

     小西が階段を上がっていると、踊り場でそうじのオバサンに出会った。
     オバサンは笑顔で「こんばんは」と言い、小西も「こんばんは」と返した。
     小西は3階の突き当りにある303号室に入った。
     彼は教室の真ん中あたりの壁際の席に着いた。
     教室にはひとりで教科書を眺める者、数人で今日の小テストにどの問題が出るか予想し合う者などがいた。
     ドアが開き、男の講師が入ってきた。ざわついていた空気が一気に静かになった。

講師「じゃあ小テストから始めるから、筆記用具以外全部しまえ。あとカバンのチャックも閉めろよ」

     プリントを配る講師。腕時計を見ながら言う。

講師「俺の時計で10分間だから……6時2分までだ。始め」

     シャープペンシルとテスト用紙が擦れ合う音と、空調の音が静かに響く。

シーン4

     小テストが終わり、また教室がざわつき始めた。
     その中で、ひとり隅の方の席でじっとしている生徒がいた。
     彼はほとんど空欄のままで何も書かれていない自分の答案を持っていた。
     回収のため前の席に座る女子にそれを渡した。
     渡された女子は無表情であったが、じっくりとその答案を見ると、自分の答案を上に重ね、前に渡した。

シーン5

     授業中、講師が先ほどの隅に座っている生徒を指した。

講師「おい、横田。この問題どうやって解くか、言ってみろ」

     横田は席から立ち上がったが、何も答えなかった。生徒の中には、後ろを振り返り、横田の顔をうかがっている者もいた。

横田「あの……分かりません」

     講師はわざとらしく笑い、うなだれた。

講師「これくらい分かるだろ。お前宿題やったのか?」

横田「はい……一応」

講師「じゃあ出来るだろ」

横田「あのそれが……わからなくて」

講師「それを何とかするのがお前の仕事じゃないのか」

横田「ごめんなさい」

講師「ごめんなさい、じゃなくてすみませんだろ。おい、ノート見せてみろ」

横田「えっと、その……ノート忘れました」

講師「ハァ?」

     講師は教科書で思い切り机を叩いた。破裂音が教室に響いた。

講師「お前、いい加減にしろよ!俺は年内にコイツを終わらせなきゃなんないんだ。もうこうしてる間に時間は過ぎてんだよ。
     こっちは真剣にやってんのに、お前みたいな奴がいたら迷惑なんだよ。聞いてんのか?」

横田「ごめっ、すみません」

     横田の声は震えていた。
     俯いたまま動かない。

講師「早く座れ!」

     講師は舌打ちした。

シーン6

     講師は教室全体を見渡し言った。

講師「他の奴もちゃんとやってるだろうな」

     生徒たちは下を向いている。

講師「おい、全員ノート出せ。チェックする」

     一番前の席に座っている生徒の手が震えだした。

講師「宿題は?」

生徒1「出来てません」

講師「出来てません、じゃなくてやってませんだろが!」

     講師はノートを床に思い切り叩きつけた。
     その後も二人の生徒が宿題をしていなかった。

講師「お前は?」

生徒2「やってません」

講師「やってないんだったら帰れ!」

     講師はその生徒の教科書を全て床にはたき落した。

講師「ノートは?」

生徒3「忘れました」

講師「忘れたって言えばいいと思ってんのか!」

講師「やってこなかった奴、廊下に出ろ」

     三人の生徒は講師の後に続いて廊下に出た。

講師「横田、お前もに決まってんだろ!」

     横田は慌てて廊下に出た。
     廊下からは講師の怒鳴り声と、壁を蹴るドンドンという音がした。

シーン7

     休み時間になり生徒たちは弁当を食べ始めた。
     皆ほとんどは手作り弁当だったが、横田はコンビニ弁当だった。
     食べ終わる頃、事務の人間が、個人の小テストの結果を棒グラフで表したプリントをクラスごとに貼りに来た。
     プリントの前にはすぐに人だかりができた。
     小西はその様子を遠くから見ていた。
     横田は席を立ち、人だかりを無視して廊下に出て行った。
     横田が座っていた椅子は、スポンジがむしり取られていた。

シーン8

     小西がトイレで用を足していると、宮治とその連れが入ってきた。
     宮治が横田の悪口を言い出した。

宮治「横田って、カスだよな」

連れ1「あのバカ、早く辞めろよ」

連れ2「今日たまたまやってなくて、めちゃくちゃキレられたよ。アイツ、マジで殺す」

宮治「お前、バカだな」

連れ2「うるせぇ」

宮治「おっ、小西いたのか。悪ぃ、影薄いから気付かなかったわ」

     小西は去っていく三人に何も言わず、ただ後ろ姿をじっと見つめていた。

シーン9

     授業が全て終わり、ほとんどの生徒が帰宅したため、教室は静かになった。
     横田が帰る準備をしていると、前の席にいた女子が急に近づいてきて、話しかけてきた。

女子1「へぇー、横田君ってかわいい手袋してるんだぁ。クマさんだね」

     横田はクマのキャラクターがプリントされた自分の手袋を見て、慌てて外し、カバンにねじ込んだ。

女子2「ねぇねぇ横田君、今日のテスト何にも書いてなかったね」

女子3「でも横田君は天才だもんね。あれぇ、もしかして泣いてる?」

     横田は下を向いたままカバンを肩に掛けると、急いで教室から出て行った。
     女子たちの笑い声が教室から響いていた。

シーン10

     ある日、小西が遅刻をした。
     カードが機械から出てくる間、指先で机をせわしなく叩いていた。
     階段を一段飛ばしで駆け上がると、廊下を一気に抜け、教室のドアを開けた。

小西「遅れてすみません……」

     小西は荒い息をしていた。
     クラス中の冷たい視線が小西に集まった。
     壁際の席にはもう座っている生徒がいた。
     小西は辺りをキョロキョロし出した。

講師「どこでもいいから、早く空いてるとこ座れ」

     小西は横田の隣の席が空いているのを見つけた。

シーン11

     授業中、小西はトントンと腕を叩かれた。横田が小西の方を向いて小声で言った。

横田「小西くん、小西くん、教科書忘れちゃって、見せてくれないかなぁ」

小西「いいよ」

横田「ありがとう」

     小西は自分の教科書を押し広げ、横田の近くに寄った。

シーン12

     授業が終わっても、小西は横田の隣で自習を続けていた。

横田「小西くん、理科のテストどうだった」

小西「えーっと、あんまりできなかったかな」

横田「僕さ、今回のテストの中で理科が一番よかったんだ」

小西「そう……。それよりさ、国語のノートで写せてないところがあるんだけど、見せてくれない」

横田「うん、いいよ」

     横田はカバンからノートを取り出した。

小西「ありがとう。へぇー、字きれいだね。なんか習ってた?」

横田「いや、なんにも」

小西「そっか……」

     会話が途切れ、沈黙が続いた。

シーン13

小西「じゃあ、そろそろ帰るわ」

横田「ちょっと待って、僕も帰る準備するから」

     廊下に出て二人はそうじのオバサンに「さようなら」を言った。
     二人が階段に差し掛かった時、横田が言った。

横田「一番上の階って行ったことある?」

小西「ないけど。えっ、これから行くの?」

     小西は少し嬉しそうな顔をした。

横田「付いてきてよ」

     横田は階段をサッサとのぼり始めた。小西もそのあとに続いた。

シーン14

     最上階はどこも電気が点いておらず、教室も廊下も真っ暗だった。
     突き当りにあるドアの上で、非常灯が薄暗く緑色に光っていた。

小西「どうする?」

横田「あの部屋に行こう」

     二人は一番奥の角にある部屋に向かった。
     ドアの上に取り付けられたプレートには、部屋番号が書かれていなかった。

小西「電気つけようか」

横田「いや、明かりでバレるとマズいからやめとこう」

     二人はカバンを床に置き、辺りを見回した。
     部屋の窓には全てブラインドが下ろされていた。
     ブラインドの隙間からは外の青い光が差し込み、壁際の鉄製の棚や、うっすらとホコリを被った長い机を浮かび上がらせていた。

横田「なんか面白いもんないか探そう」

小西「うん」

     棚には段ボール箱がいくつも並んでいた。
     横田はその中から一つ取り、床に置いた。箱には「99 冬期講習 4年」と書かれた紙がセロハンテープで留めてあった。
     横田は箱から冊子になったプリントを取り出し、パラパラとめくりながら言った。

横田「あんまり面白いもんないねー」

     その時、机を見ていた小西が言った。

小西「ちょっと、横田君来て、これパソコンじゃない?」

パソコン

シーン15

     古い箱型のパソコンだった。
     全体が日に焼け、黄色く変色していた。

小西「まだ動くかなぁ」

横田「やってみてよ」

     小西は電源ボタンを押した。
     しばらくすると、ヒューンという動作音とともに画面に記号が現れ出した。

小西「動いた!」

     灰色の画面が表示された。
     それから、小西は退屈そうに頬杖をつきながらキーボードやマウスをいじっていたが、特に面白いものはない様子だった。
     そのとき、「コツコツ」という階段を上がる足音が響いた。

シーン16

横田「ヤバイ、きた!」

     横田は慌てて二人のカバンを棚と壁の隙間に隠した。
     足音は二人のいる部屋から反対方向に廊下を進んでいった。
     その隙に横田は素早く段ボールを運び、机の下に入れるとその奥に隠れた。

横田「小西くん、早く!」

小西「シャットダウンに時間がかかるんだよ!」

     小西はマウスを机の上で激しく動かした。
     足音が二人のいる部屋に近づいてきた。
     横田は机の下から飛び出すと、パソコンの裏側で絡まっているコードを一気に引き抜いた。
     「ブツン」という音と共に画面が暗くなった。
     横田は小西の手をつかみ急いで机の下に潜り込んだ。
     そのとき、ドアを開ける音がし、部屋が明るくなった。

シーン17

     しばらくすると、また部屋が暗くなり、足音は遠ざかっていった。
     二人は机の下から這い出てきた。

横田「セーフ」

     横田は、胸の前で腕を水平に振った。
     小西は笑っていた。

横田「かくれんぼしない?」

小西「えっ、二人で?」

横田「じゃあ小西くん、鬼でよろしく。100数えて」

小西「えっ、ちょっと……」

     横田は部屋を出て行ってしまった。

小西「……99、100」

     小西は数え終わると、隣の部屋から探し始めた。

シーン18

    全ての部屋を探し終えたが、小西はまだ横田を見つけられていなかった。

小西「あれぇ、どこ行ったんだ?もしかして帰ったとか……」

     踊り場に戻ってきた小西は、屋上へ続く階段があるのを見つけた。
     階段を上りきったところには、すりガラスのついたドアがあった。
     小西はドアノブに手を伸ばし、回した。

小西「開いた!」

シーン19

     外はもうすっかり日が落ち、真っ暗になっていた。
     横田は屋上のフェンスにもたれかかり、街の夜景を眺めていた。

小西「横田君こんなところにいたのか」

     横田は何も言わず、じっと夜景を眺めていた。
     小西も横に並び夜景を眺めた。
     遠くの高層ビルの屋上で、誘導灯が赤く点滅しているのが見えた。

シーン20

     三者面談は一階受付のすぐ隣で行われた。
     テーブルと椅子が三つ並べられており、周りは簡単な仕切りで囲まれていた。
     講師のあとに続いて、宮治とその母親が、観葉植物の脇を通り中に入っていった。

講師「宮治君、最近どの教科もバランスよくとれるようになってきたし、模試の成績も安定してとれるようになってる。そうだな、来週から上のクラスに行ってみないか」
宮治「はい!」 母親「よかったね」 講師「ところで、将来の目標とか夢とか決まってる?」 宮治「将来は医者になろうと思っています。前に僕が骨折して入院したときにすごく親切にしてもらって。それからそう思うようになりました」 講師「お母さん、まだ先のことと思われるかもしれませんが、今のうちに目標が決まってる子はやはり受験になった時にモチベーションが違うから、他の子と差がついてくるんですよ。 夢を持ってるのは立派だと思いますよ」 母親「そうですかぁ、ほんとに。他の子はどうですか」 講師「今は夢がないっていう子が多いんですよ。いつも授業では早く自分の夢を見つけるように言ってるんです。やっぱり、ひとりひとり他人には負けないような才能を持ってると私は思うんですよ。 宮治君ならいいお医者さんになれると思いますよ」 宮治「はい、頑張ります」 シーン21 講師は受付に座っている横田に近づくと言った。 講師「今日はお前で最後だ。お母さんは用事で来られないって、さっき電話であったから。仕方ないから二人でするぞ」 二人は席に着いた。講師が成績表を取り出し言った。 講師「お前、この成績だったらどこも受けるとこないぞ。どれ一つ得意教科っていうのがないだろ。いっつも宿題はやらねーし、テストは白紙だし。もっと真面目にやれよ」 横田「ごめんなさい……」 講師「ごめんなさいって言えば、それでいいとでも思ってんのか?それからお前は将来の夢とか決まってないのか?他の子はみんな決まって、それに向かって努力してんだ。 お前だけ取り残されて、これからどんどん差が開いていくぞ。お前にだって夢の一つぐらいあるだろ。今ここで言ってみろ」 横田「えっ……」 講師「早く言えって」 横田の目には涙が浮かんでいた。 シーン22 教室では小西と横田が隣同士で自習をしていた。 小西「横田君、面談どうだった?」 横田「……意外とあんまり何も言われなかったかな。成績だけ見せられて、はい終わりって感じで」 小西「そっか、僕なんか将来の夢はって聞かれて、よくわかんないけど公務員って言っちゃった。 前に親からお前は公務員に向いてるって言われたからなんだけど、そもそも公務員ってなにしてる人なの?」 横田「さぁ、わかんない。何もしてないんじゃないの」 小西「それ、ホームレスじゃん」 二人は笑った。 横田「今日さ、この近くに僕の知り合いの先輩がいて受験の話を聞きに行こうと思ってるんだけど、この後一緒に行かない?」 小西「いいの?じゃあ連れてってよ」 シーン23 点々とオレンジ色のライトが光る植え込みを抜け、新築の高層マンションのエントランスホールに入り、二人はそこでエレベーターを待った。 7階で降り、扉の前まで来ると、横田がインターホンを押した。 しばらくして扉が開き、中から真っ赤なメガネをかけた先輩が出てきた。 先輩「おう、横田来たのか」 横田「こんばんは」 小西「こんばんは」 先輩「あれ、君は?」 横田「こっちは、友だちの小西くん」 小西「初めまして。小西です」 先輩「そっか。寒いだろ。まあ上がれよ」 横田「おじゃまします」 小西「おじゃまします」 シーン24 先輩は勉強机から椅子を運ぶとそれに座った。二人は先輩のベッドに腰を下ろした。 先輩「そうだな。何から話せばいいかな。今、君らの先生って誰がやってるの?」 横田は講師の名前を二、三挙げた。 先輩「ああ、あいつか。あいつ、めちゃくちゃプリント配るだろ。俺なんかさ、いらないからほとんど教室のゴミ箱に捨ててたよ。 そしたらあるとき、あいつそれに気づきやがって、ここに捨てた奴誰だってキレてさ」 二人は引き攣った笑みを浮かべていた。 先輩「君らももうすぐ受験だろうけど、今思えば無駄なことばっかだったなと思うわ。真面目に言うこと聞いてたら大丈夫なんて、アレ嘘だからね。 結局、俺は運がなきゃダメだと思う。他の奴はまんまと騙されちゃってバカだなぁ。まあ、俺は受かったからどうでもいいけど。お前らもさ……」 二人は部屋の窓に映る青白い月を見ていた。 帰りのエレベーターで二人は一言も喋らなかった。 シーン25 授業も全て終わり、ほとんどの生徒たちは講師に「さよなら」と言い帰っていった。 トイレで小西が天井の換気扇を見ながら用を足していると、宮治が入ってきた。 宮治「よお」 小西「あっ、宮治君。どうしたの?嬉しそうな顔して」 宮治「俺さ、来週から上のクラスに上がることになったんだよね。まあお前もせいぜい頑張れよ」 小西「そう……よかったね」 シーン26 小西がトイレから出ると、奥の教室に入って行くそうじのオバサンの後ろ姿が見えた。 小西は奥の教室の隣から自分のカバンを提げて出てくると、オバサンが入って行った教室をチラッと覗いた。 教室にはオバサン以外誰もおらず、生徒のカバンだけがポツポツと机のそばに残されていた。 オバサンはカバンの一つに近寄ると、中を開けて財布を取り出し、札を数枚抜き取ると、それを丸めてエプロンのポケットにしまい込んだ。 シーン27 宮治が上のクラスに入ると、生徒たちの冷たい視線をいっせいに浴びた。 空いている席がなかなか見つけられず、ようやく一番後ろの端の席に座った。 授業中、宮治は当てられたが答えられず、そのまま席に着いた。 横を見ると隣の生徒が睨んでいた。    休憩時間も宮治は誰とも話さず過ごしていた。 宮治はふと、机に傷がついているのに気付いた。 よく見るとそこには「シネ」と刻まれていた。 シーン28 テスト中、問題を解いていた小西が顔を上げると、前の席の女子が机から教科書を半分引出し、カンニングをしていた。 シーン29 三者面談で小西は講師に呼び出された。 母親はもう席についていた。 講師「小西君、最近成績が下がってますねぇ。前は得意な算数ならもっととれたのに、今回は平均点下回ってますし。クラス順位も低いですし。どうしたの?」 小西「いや、勉強してるはずなんですけど……」 講師「模試の結果も全国平均からだいぶ差が開いてますねぇ」 小西の母親は何も言わなかった。 シーン30 車の中で小西は母親に叱られていた。 母親「どの科目も全部悪いじゃない。平均より低いって、どういうことか分かってんの。みんなあなたよりずっと努力してるってことよ。 こんな成績じゃお父さんに言えないじゃない。どうせ、ちゃんと勉強してる、なんてうそでしょ」 小西「うっ……うそじゃないよ」 小西は涙声になっていた。 母親「じゃあなんでこんなに順位が低いのよ。やっぱりしてないんじゃない」 小西「うっ、して……るよ。うっ……」 母親「やる気ないなら塾やめたら?」 小西「いっ、いや……やめ、ない」 小西は声を震わせながら答えていた。 シーン31 講師に呼ばれ、横田が面談室に入った。 講師「まあ、座って。今回もお母さんが来てないのが残念だけど。それにしても横田君、最近少しずつ成績上がってきたね」 横田はキョトンとした顔をした。 講師「平均点近くとれてる教科もあるし。がんばってるね。先生はいつも横田君に厳しいこというけど、君のために言ってるんだよ。別に、君が嫌いで言ってるわけじゃない。 これで模試ももっととれるようになったらいいな」 横田は嬉しそうだった。 シーン32 生徒たちがみんな帰り、静まり返った教室で小西は一人黙々と勉強をしていた。 すると、横田が教室に入ってきた。 横田「あれ、小西くんまだいたの」 小西「ああ……うん」 横田「小西くん、小西くん、ぼく今回のテストよかったんだ。国語と社会が平均点くらいあって。模試もいつもよりとれてて、順位も上がってた。 それにあの先生、ほんとはいい人なんだよ。よく質問とか行くとすっごく親切に教えてくれて。小西くんも行ってみたら。 あと、たまに宮治くんに分からないとこ教えてもらったりもしてるんだよ。小西くんも宮治くんに教えてもらったら、上のクラスに上がれるかもしれないよ」 小西「……誰があんな奴に教えてもらうかよ」 横田「えっ」 小西「さっきから自慢ばっかりして、何しに来たんだよ!」 小西は素早く荷物をまとめると、横田を無視して教室を飛び出した。 小西は帰り際に受付を見ると、講師が上司と思われる人物に怒鳴られ、ヘコへコと頭を下げていた。 シーン33 宮治とその母親が面談室に入って行った。 講師「宮治、お前どうしたんだ?この成績じゃあ、ちょっと、君の行きたい学校はきびしいぞ。どうだ、もう一回下のクラスに戻ってやり直すか?」 宮治は下を向いたまま、黙って首を横に振った。 母親「この子ね、最近、医者になんかなりたくない。お母さんがなれって言うから、言ったんだ、なんてこと言い出すんですよ」 講師「宮治、お前ほんとにそんなこと言ったのか?」 宮治は下を向いたまま黙っている。 講師「お前な、自分の成績が良くないからって、お母さんのせいにしちぁダメだろ。医者が嫌なら、じゃあ将来何になりたいんだ?」 宮治は答えなかった。 シーン34 小西は休み時間になっても、横田と喋らなくなった。 小西はいつも、横田から離れた席に座るようになった。 シーン35 横田がトイレに入ると、後ろから宮治が入ってきた。 横田「あっ、宮治くん。算数のやつ、この前はありがとね」 宮治はボーっと突っ立ったまま、横田を見ている。 横田「どうしたの?」 宮治「ヨ、コ、タ……!」 突然、宮治は横田に掴み掛ると、口を押え、トイレの個室に引きずり込み、カギをかけた。 個室の中から横田の「ウーッ、ウーッ」という呻き声がした。 そして、「カチカチカチ」というカッターナイフの音が響いた。 シーン36 授業が終わってすぐ、女子生徒が一人、講師に呼び出された。 シーン37 女子生徒が誰もいない教室に入り、席に座っていた。 しばらくして、講師が部屋に入ってきてドアを閉めた。 講師は女子生徒のすぐ隣に座ると言った。 講師「なんで呼ばれたかわかるよね」 女子「……いいえ」 講師は女子生徒の髪をさわり始めた。 女子「やめてください」 女子生徒は身を引いた。 講師「君テストのときカンニングしてたでしょ。アレ、お母さんに言うよ」 女子「ごめんなさい。ごめんなさい」 講師「そんなんで許されると思ってるの」 天井では監視カメラの作動ランプが光っていた。 シーン38 横田は遅刻して授業の途中にやってきた。首と左手には軽く包帯が巻かれていた。 休み時間でも、小西は横田の方をチラチラ見るだけで話しかけることはなかった。 授業が終わり、生徒の数も少なくなった頃、小西は横田の座る後ろの席に近づき言った。 小西「あの……この前のこと、怒ってる?」 横田は首を横におおきく振った。 小西「その……ケガしてるけど、大丈夫?」 横田は小西の目を見つめ、ゆっくりと言った。 横田「うん……大丈夫……ありがとう」 シーン39 小西は家で母親と食事をしながら話している。 母親「あの、いつも仲良くしている子、誰だっけ?」 小西「横田君ね」 母親「あの子、成績はいいの?」 小西「さぁ……知らない。最近、来てないんだよ」 母親「あら、辞めちゃったのかしら。そういえば、先生も変わったんでしょう」 小西「うん」 母親「もうすぐ、駅前に大手の新しい塾ができるそうよ」 小西「そうなんだ……」 母親「そっちの方が実績もあるみたいだし、今の塾も生徒さん取られちゃうかもしれないわね」 シーン40 小西は塾を出ると、駐輪場から自転車をとりだし、それに乗って走り出した。 交差点の赤信号で止まった小西はふと、後ろを振り返り、塾の屋上を見上げた。 小西は横田と一緒に屋上で夜景を眺めた日のことを思い出して、寂しそうな表情をしていた。 終
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