黐木舎



平成14年(2002年)
5月 6月 7月






7月29日(月)晴れ
下の写真を見て下さい。
これなんだと思いますか?
今、これを撮ったところです。

拡大します。

生ゴミなんです。
一体どういう事?!?!?!
午後も9時を過ぎたので南門の閉門する為に行くと、ななんと、生ゴミが二袋捨てて有るではないか。
何故こんな所に、まして境内の参道の横に捨てるなんて。
腹が立つ、奉仕者の皆さんによって毎日綺麗に清掃している境内に・・・、なんと言うことを。
中を調べると、伝票らしきものが入っていました。
捨てた者が特定できるのではと・・・・、警察に電話するとなんとパトカーに警邏の警察官二人計四名の警察官がやってきた。
「宮司さん、これ何か嫌がらせでっせ。なにか恨まれてること無いでっか?」
「馬鹿な。そんなことはないと思うが。そりゃ分からない。知らず知らずのうちに人に恨みをかっているのかもしれませんな」と答える。
これだけの伝票では、捨てた人間の特定は出来ませんね。
家の前にあるゴミを、ほかの人間が捨てたと云うことも考えられますのでね。
「一応係の者に報告しておきます」「このゴミ署に持って帰って処分します」と、行ってパトカーに乗せて持って帰った。
本当にご苦労なことである。
警察は迷惑を掛けてしまった。が、一体どういう事なんだ。
自分さえよければいい人間。
神社への嫌がらせ。
生ゴミ捨てられ事件なんて初めてのことだけど、それにしても陰気な行為だ。
神社境内にゴミを、まして生ゴミを捨てるなんて、普通の人間のする行為だとは思えない。
今度同じようにゴミを捨てたなら、絶対に捕まえたやる。
どんな顔をしているか見てみたい。


7月28日(日)晴れ
暑い、本当に暑い。
私は1月生まれの為だろうか、余り暑さには強くない。
総代と共に夏祭りの片付けを終えて話し合っているとき、誰と無く裏庭で夕方からでも焼き肉でもして、日頃の労をねぎらおうということになった。
本当に総代並びに敬神婦人会には、日頃から神社のことではお世話になっている。
今回は総代だけとして、27日(土)に決めて焼き肉をすることになる。
このようなことは即座に決まり、分担も決まるのは早い。
地区によっては、地区行事と重なり来れない人もいたが、何とか20人の総代のうち半数の10人余りと、急遽駆けつけた究の会のメンバー4人等によって宴を張る。
神社で焼き肉と叱られる向きもあるかもしれないが、そこは大目に見て下さい。
しかし、これだけは云っておきます。
「祭」の字源をご存じか?
「肉」を「手」でもって「机」に差し出す。要するに神に生け贄を差し出す形が象形化して出来た漢字か「祭」なんですよ。
勝手な言いぐさかもしれませんね。
楽しく焼き肉の宴は執り行われました。
これでまた、総代皆様のと神様との絆も深まったものと思います。

焼き肉の宴

焼き肉の宴今までの苦労話が始まる
御神酒も入り少し顔も赤くなる究の会のメンバーも交わって



7月21日(日)晴れ
6月16日にも書いたように、7月1日より布忍神社は午前6時開門、そうして午後9時開門とすることになりました。
理由は、警備上によります。
閉門するためにはそれなりの準備が必要でした。
西門は昭和9年に建造された唐門があります。が、出来てこの方閉めたことのない門です。
何故かと云いますと、南門は鳥居があるだけで、閉門する設備がない。そうしてお宮を取り巻いている石玉垣は高さ1メートル50センチぐらいで、幾らでも飛び越えられます。
このようなことで、お宮境内はほとんど解放状態です。
そうして、境内の街灯か水銀灯4灯、蛍光灯、並び常夜灯が有り、周りの道より明るいために、深夜神社の中を近所の人は通勤通学で通り抜けします。
このような神社でしたが、昨今色々と問題が生じてきました。

第一に、境内末社の賽銭泥棒が頻繁になりました。
賽銭は1週間に一度は出すので、そんなにも賽銭はないのですが何分にも賽銭泥棒は賽銭箱をつぶすので、賽銭箱の修理が大変なんです。

第二に、近隣の都市か。
深夜であろうと若者はうろうろ。
神社境内に来てたむろをすること頻繁。
夜の2時3時に大きな声で騒ぐ、近所迷惑も有ったものではない。
注意するが、開放されたお宮のために無理矢理追い出すわけにも行かない。(無理矢理追い出してはいるが)
最近の若者のマナーは無いに等しいのか。

第三には、アベック。
アベックは何分にも隅っこに行って、イチャイチャする。そうして隅っこでたばこを吸う。
火の戸締まりなんかは考えもしない。
一度なんかは、吸っていたたばこを消すのに、拝殿の白壁に押し当てて消していた。
これには私も切れてしまい、アベックの男子を捕まえて掘り投げたことがある。
そうして、夜中の1時にこの男女二人に、白壁の拭き掃除をさせたことがある。

第四は酔っぱらいが境内で寝込んでしまう。これはたちが悪い。
警察を呼ぼうが、当の本人は酔っぱらってまるで云うことを聞かない。
警察官は簡単な門でも有れば、門を閉めるので出なさいと言えるのだがと、何度となく云われた。

第五。
最近ホームレス方がやって来る。
境内の藤棚のベンチで寝たる。
昼間は人目に付きやすいので深夜に来て、手水舎の水や、境内の散水栓を使って体を洗ったりする。

そうして、ご本殿の文化財指定に伴い深夜の閉門に踏み切ったわけです。
南門の扉の設置。石玉垣のフェンスの設置等を終え、六月から閉門に至る経過となどの公告も終えて7月1日からの実施。

深夜参拝の人々、神社周辺の人々もこの趣旨を理解して下さいました。
このところ100パーセント安心は出来ませんが、前のようなことはなくなりました。

ところが今日大変なことが。
セミ取りなんです。
フェンスをよじ登って蝉を捕っているのです。それも子供連れの大人が。
今後絶対に子供たちの悪い見本になるようなことのないように、その人に注意しました。
早速、今日「注意」の掲示板を造ってフェンスに数カ所貼る始末。

フェンスがセミ取りの絶好の踏み台になるなんて、考えもしませんでした。


7月19日(金)曇り時々晴れ
大阪では昨日でどうも梅雨が明けたようだ。
しかし昔のように、梅雨が明けたと天気法で言っても、ピンと来ない。
それよりも、堀江謙一さんがまたもや快挙を成し遂げた。
私が中学生の頃、初めての太平洋単独無寄港横断を成し遂げた堀江謙一氏の「太平洋ひとりぼっち」の本を、何度となく読みあさったことを覚えています。
彼の偉大さは、その後何度と無くヨットにおける冒険をなし、今また63歳の年齢でこのことを成し遂げたのは偉大と言うよりほか無いと思います。
しかし、この40年の間には布忍神社の周辺も色々と変わりました。
自由に出入りできた西除川の堤防も、護岸工事のために、三倍の深さになり幅も三倍近くになりフェンスが貼られ自由にはいることは出来ません。
40年前はまだしも、西除川の水もまだ綺麗だったと思いますが、その後汚くなり一方で、10年前は最悪だったです。
今では下水も整備され、少しは綺麗になりましたが、魚の種類が変わってしまいました。
ハスやモロコなどは居なくなり、鯉や鮒、外来種の魚になってしまいました。

あの村の農家の誰々が死んだとなると、相続税の支払いで田地が売られ、宅地になります。
また農家を次ぐこともなくなり、田んぼや畑が年々少なくなります。
村の共有財産のため池も、田んぼが無くなるにつれ、使用目的が無くなったのか売られ、そこには大きな公民館が建てられて居ます。
40年前はまだヒバリの鳴き声が聞けました。

道も地道なんて何処を探しても有りません。
だから雨の日も長靴を履いて登校する子供など見ることなくなりました。

木が無くなるのです。
枯れ葉がとゆに詰まる。木の根っこで家を傷める。枯れ葉の掃除が大変などの理由で大木が切られていきます。
当神社の南面の永興寺跡にあったセンダンの大木も切られ無惨な姿をしています。

この後の40年でどうなるのでしょうかね。
境内に植えた木々も、40年後には大きくなることでしょう。が、近所から枯れ葉でどうしようもないから切ってくれと苦情が来るかもしれませんね。
堀江さんの今回の太平洋横断の記事で「40年前よりゴミが増えた」と、言っておられましたが、嘆かわしいことです。


7月15日(月)雨時々曇り
梅雨の雨は、ヒマラヤ山脈の万年雪(インド洋から来た雲が降らした雪)が、インド洋から吹き突き付ける暖かい風によって溶け雲になり、上空のジェット気流に乗って蛇行しながら、7月の日本上空にやってくるといいます。
7月に台風がやってくるのは珍しいのですが、今年は異常気候か先日に引き続きまたもや7号台風がやって来ています。
台風は太平洋の湿った空気を引き連れてくるのです。
まさに今、日本上空では、南の太平洋上で出来た雲と、ヒマラヤ山脈上で出来た雲がぶつかり合い、混ざり合っているのでしょうね。
ここではすごいエネルギーが発生しているのでしょう。

布忍神社に赤松玉女画の風神雷神図が拝殿の両脇に掲げてあります。
また、本殿や境内には阿形・吽形の狛犬が睨み合っています。
この相対する二つを見ることの出来る位置に立つと、すごいエネルギーを感じるときがあります。

今の日本の政治において、このようなエネルギーを感じるところはあるのでしょうかね。


6月16日(日)晴れ
6月も半ば。
この数ヶ月というもの、本当に何かと忙しい日が続きろホームページの更新もままにならなかった。
参籠潔斎場の建築、本殿の大阪府指定文化財の奉祝祭、記念碑の建設、そうして今までの重要課題だった神社境内の深夜の立入規制に伴う閉門。
深夜参拝の制限は、この周辺の都会化に伴う防犯上の問題が、年を増すごとに深刻化しています。
年間十数回の及ぶ賽銭泥棒の被害。(賽銭は定期的の上げるので、被害金額はさほどでもないのですが、賽銭箱を壊す被害とその修理には手を焼いています)
それと不審者、泥酔者の進入。
アベックの進入。(これには困る事しばしばです。このことの低年齢化が進んでいます。この頃の十代の子供達は、人前でも処かまわず平気で抱き合います。我が子はそのような事はないという親御様ほど気をつけて下さい)

近隣の神社においても二社の神社が、深夜境内進入禁止のための閉門を数十年前から実施しています。
純粋に神社参拝に来る人達には大変迷惑な事ですが、神社の防犯、火災防止に協力とこの趣旨をご理解していただき、当社においても遂に深夜参拝時間の規制の実施する事になりました。
その為の工事である南門の設置工事、石玉垣のフェンスの設置工事等を行い、閉門に至る趣旨、7月1日より午前6時開門、午後10時閉門する旨の公告を張り出しました。
参拝者並びに近隣の人達は、快くこの趣旨に賛同して下さいまして感謝しています。

閉門実施の為の工事が90パーセント済んだ矢先の昨日、午前1時前さて寝ようかと思っていたいた時、チャイムが鳴って驚きました。
一体どうした事かと思い玄関に走って行くと、中学生ぐらいの子供が「便所を貸して欲しい」というのです。
つい声を荒げてしまい「一体このような深夜になんて言う事か、お前には常識がないのか」と言ってしまいました。
「人への迷惑が解らないのか、馬鹿者」と言い、外に出ようとすると後2人が境内にたむろしているのです。
家族の制止を振り切り、走っていくと相手も驚いたのか「自転車で神社の外に走っていきました。
その後の腹立たしさは言い表す事の出来ないものです。
この子供たちにではなく、この子供たちを作っている社会、この子供たちを育て上げた家庭、今の教育に対してです。
学校が週休二日制とする意義は何でしょうかね。
10代初年の子供達が、深夜家にいないで遊びに回っていても、家の人達は何も感じないのでしょうか。
神社を宗教設備だと考えず、ただ単なる公園と同等に考えている大人、又子供。
道徳を教える事のない学校。
神社の門を深夜閉めたからといって解決するわけでもないのですが、締めなければならない状況になったことも確かです。


5月8日(水)曇り時々雨
今日フリーマーケットに参加した人から2通のメールが届きました


5月5日のフリーマーケットでは本当にお世話になりました。
受付の段階からいろいろ無理を聞いて頂きありがとうございました。
初めてのフリーマーケットでいろいろ不安はありましたが、勉強になり、また、楽しめて本当によかったです。
またお世話になる事もあるかと思いますが、その時はどうぞよろしくお願い致します。

 
**悦世 ・**賢


布忍神社   寺内成人様
 
5月5日にフリーマーケットに参加させて頂いた**陽子と申します。
とても楽しく有意義な一日を過ごすことができました。
これからは捨てるときも、買うときもよく考えるようにしようと思います。
本当にありがとうございました。
また、参加させて頂こうと思っていますので、よろしくお願いします。
                                                            **陽子



そうして、私はお礼の返事を書きました



こんなメールが来ると本当に嬉しいですよね。
**さんはミニコンサートの音でうるさかったのでは?
ギターを弾いていた人の中には、テレビのどっちも料理ショーに出ているフランス料理の西川シェフが居たんですよ。
楽しかったですか。しかし、10回も重ねると、少しルーズに成って来ている所があります。
今回は初めて、途中で帰った人が居ます。
2時まで居て後片付けをして帰るという守りごとが、出来なかった人が2人居ました。
わがまま極まりないですね。
この2人の人に対しては、今後フリーマーケットに申し込みに来ても参加を辞退していただくつもりです。
又、皆様が帰った後、片付けていると、ごみが隠すように捨ててありました。
こんなことでは秋のフリーマーケットの開催をどの様にしようか?
もう、やめようかなんて考えてしまいます。
苦労をかけ支度をして頂いている神社の役員さん方に申し訳なく思います。
ミニコンサートに参加してくださいって居る人は、フリーマーケットを守り立てようと頑張ってくれています。、交通整理をしてくださっている人全て地域のためにと頑張ってくださっています。
皆ボランティアなんです。
参加費はフリーマーケットで必要なものを買ったり、各種障害を持っておられる人々の団体に寄付をしたりします。
皆さんは少しなりとも稼いで帰るわけなんですけどね。
少し愚痴になりましたね。
しかし藤本さんのようなメールが来ると又頑張ろうかなんて、今思っています。
フリーマーケットだけではなくお参りに又遊びに来てください。
**さんを初め皆さんの健康・家内安全を大神に祈り申し上げます。
合掌
布忍神社 宮司 寺内成人


4月30日(火)晴れのち曇り遅くに雨 もう2時間余りで5月
実は私馬鹿なことをやってしまいました。
ただ今、境内の一角に参籠潔斎場所を建設中なんです。
行かなくても良いのに2日前の夜遅くに、娘に今どの様になっているか見せて欲しいとせがまれて、工事現場に踏み入れ転倒、嫌というほど左わき腹を打ってしまいました。

脇腹を打って一時は息も出来ないぐらい、骨には異常はないようだが腰も打っているし緊急で医者に行きました。
そうして応急手当。
看護婦さんが「はい、何処を打ちましたか」と聞くので、胸と腰を打ったと告げると「ズボンを腰の打ったところまでずらして」
すごく可愛い看護婦さん。
しもた、風呂入って下着換えとくべきであった。
「レントゲンの結果、腰骨に異常はないようです。今日は休みで、整形外科の専門医ではないので30日に来なさい、その時詳しく検査しましょう。」てなことで、今日行ってきました。
某病院の整形外科。
来る人皆さんどこか怪我をしているのでしょうね。
足を引きずっている人、手に包帯をしている人、痛そうに顔を引きつらせている人。
その様な待合室にわき腹を押さえて行った。
待つこと1時間余り、看護婦さんに呼ばれて診察室へ。
整形外科の専門医が色々と問診する。
それに答えること10分余り、医者が「それでは詳しくレントゲンを取りましょう」
そうしてレントゲン室へ。
肩・わき腹など数枚のレントゲンを撮る。腰の部分は緊急で来た時とて有るのでよいとか。
そうして又、診察室で待つこと数分。
「テラウチさん〜」何故か何処の病院でも、患者を呼ぶトーンは同じ。
診察室に入ると、医者は神妙な顔をして、数枚のレントゲン写真を食い入るように見ている。
「寺内さん、心配要らん、骨折はしていない。強度の打撲やね」「日にち養生やね」
「だけど、ごつい骨やな」と関心顔。
「しかし、咳をすると、痛いです」というと、「そりゃしょうないがな、強度の打撲をしてるのやから」
「それでは二日後に、擦り傷の消毒をするから来なさい」
看護婦が「お大事に・・・」

大事に至らなくて良かった良かった。
娘が「これでお父さんの厄落とし。良かったね」と言う。
「馬鹿言え。お前のおかげで怪我したんや」と言ったものの内心自分でも「これで厄落としをしたぞ、後は良いことがあるで」と、思っている。

今日大工さんから、「それぐらいで済んだのは神さんのお陰でっせ」と言われるとともに、余り中に入らないようにと注意された。
大工さんが魅惑なほど、私は頻繁に工事現場に足を踏み入れていたようです。