黐木舎


平成12年(2000年)
8月






8月29日(火)晴れ夕立有り
 毎日毎日何故こんなに暑いのですか。
 今月の25日から私は別荘に行っていました。と言っても阪南中央病院3階外科病棟に避暑に行って参りました。
 今から12年前の昭和62年に私の183pの頭に標高3pの昭和新山が出来ました。
 医者の診察に寄りますとこの山脂肪腫とか、この新山成長することもなく、樹木(髪の毛)に覆われて居ることもあり目立たないためにそのまま放置することとなりました。
 この事から遅れること5年余り、右足に静脈瘤が出来まして、これ又医者に相談したのですが今すぐ手術とまでは行かないぐらいの静脈瘤とのこと。
 この様なことで長年放置し通りましたが、今年7月に人間ドックにて診断しましたところ他には悪いところ無いとの事でした。そこでこの静脈瘤にの事を相談しましたところ、当病院の外科の畑山先生がこの静脈瘤の手術の権威であることを云われ「手術すれば」と説得されました。
 畑山先生に会うと「数年前に阪大病院で開発された手術法で軽度の静脈瘤ならば日帰りの手術ですが、再発の危険が15%在ります。入院での手術の場合ほとんどが完治しますよ」とのこと。ついでに頭のこぶ(脂肪腫)も取ることになりました。
25日(金)入院
 朝10時に病院に行く。畑山先生の話を聞く。
 その日は午後からマジックで足の患部印を入れられる。
 そうして、頭の脂肪腫の処の髪の毛をバリカンで刈られる。
 子供がこれを見て、まるで沙悟浄か河童の様だと笑う。
26日(土)何もすることな暇、本2冊を読む。
 午後1時より外泊をする。(病院の規定で1週間に2日の外泊を禁止しているからとの事)
 帰りがけ散髪屋による。
 「丸坊主にしてくれ」そうして中学2年以来の丸坊主。以外と似合うが昭和新山が人目にさらすことになる。   

  

  この頭の写真を記念に撮り見て自分でもビックリ。足の静脈瘤の写真のマジックによるマーキング足の毛も剃られて変な気分。
帰ってくると早速ご祈祷の人が来て、神社に来たはずなのに坊主頭の神主とビックリ。頭のこぶを見て二度ビックリ。
「宮司さん、あんた自分の病気を楽しんでるのでは」と云われる始末。
27日(日)病院に帰る。
 看護婦さんがみんな私の頭を見て、まるでお坊さんかやくざやねと笑う。
 阪南中央病院本当に良い先生が沢山居ます。それより何より看護婦さんが皆素晴らしい。入院するなら勧めたいですね。
28日(月)11時より手術。
 手術室にはいるとテレビやら映画で見るのと同じではないか。「凄いですね」と云うと、看護婦さんが「何が」と聞いたので「別に何も」と答える。さあ先生が来て手術が始まる。
 頭の脂肪腫から始める。局部麻酔。後はがりがりごりごり。少し手間取って1時間余りかかる。先生「脂肪腫は綺麗に取れましたよ」「こんなんですわ」と、見せてもらうと、血まみれのゴム袋の中に小さな卵大の半透明の形の定まらないブヨブヨしたもの。「へぇ、そんなのが入っていたんですか」と答える。
 「次は足ですね」と良い腰椎麻酔をされるが、始めは効かない。
 先生曰く、やはり体が大きいからな、麻酔科の先生がやってきて注射。やっと麻酔が効く。(後から聞いた話だけど、やはり普通の人より麻酔の料を多くしたとのこと。)
 細かい手術をしているのが何となく分かるけれどこちらからは覆いで何も見えない。
 何もないですか。気分は悪くないですか」と先生、看護婦さん。その内に心電図の音を聞いていて一時私眠ってしまう。
 どれくらい経ったであろうか、「もうすぐ終わりますよ」との声で起きる。寝てしまうなんて不謹慎な、先生始め看護婦さんが一生懸命手術をしてくれているのに、内心少し恥ずかしくなる。
 総時間4時間ぐらい掛かったようだ。手術室から出るとき、看護婦さんに、「心電図のモニターを見て居ましたが、少しうつらうつらと眠られていましたね」と笑われた。
 廊下に出ると娘どもが拍手。こいつ等何を考えてる。麻酔が午後8時頃切れ、早速歩いて便所に行きおしっこの管を抜く。
 そうしておしっこ。
 正直このおしっこをするときが一番痛かったし、今も痛い。
29日午後1時無事退院。
 医者は凄いです。大変な仕事です。看護婦様も凄い。だけど阪南中央病院の看護婦さんは皆さん素晴らしい人ばかりです。
 もしこの欄を読んだ方で、静脈瘤で悩んでいる方は阪南中央病院外科の畑山先生を訪ねていってください。
 今から思うとなんかほっとした、何となく楽しかった5日間でした。
 この静脈瘤は現代病の一つとのこと、じっと座っている人、余り運動のしない人に多いとのことです。静脈瘤にならない予防は歩くことらしいです。現代人はどうも歩くことを忘れ色々な病気を併発しているようです。特に神主のように板の間に長時間座る人には多いようです気を付けてください。私の友人の神主にも2人居ます。早く治療を受けること勧めようと思います。


8月13日(日)晴れ
 年齢問わず皆さんが集まるのは本当に楽しく又、嬉しいものである。
 今日もいろんな人が神社に集いワイワイガヤガヤ。
 「家に行くと居ない、単車もない、これは神社に遊びに行ったと思い、来るとやはりここに来ていたの」やってくる人。
 散歩がてらに寄ってみたという人。
 地域の拠り所としての神社作りを初めてここに至るまでは、長い時間が掛かったこともけれども良かったと思います。
 ホームページもその一因を担っています。
 このホームページを開催して早くも 3年になります。
 我ながらよくぞ続いたものだと感心すること。
 初めは絵馬展のことを皆さんに知って頂ければと作ったページも、絵馬展のページだけではなく色々なページが増えました。
 増えれば増えるだけ責任が増し大変ですが何か楽しく、特に初宮参りのページなんかは皆さんに喜んで頂いているようで嬉しいです。
 お礼のメールが来た時なんかは、やっていて良かったと思うのですが、この宮参りのページ作りは大変なのです。
 お宮参りが来ると以前から写真のシャッターをなるべく押してあげることにしていました。
 何故かというと、かわいそうに家族の誰かがシャッターを押さなければならない為に、写った写真には誰か一人欠けることになります。
 先代の宮司の時からこのような事をしていたこともあり、写真のシャッターを押すことは馴れていたのだが、今は宮参りに来た人の写真機と我がデジタルカメラを抱えて、まるで私は祈祷が終わった後は写真屋さんも驚かせるぐらい手慣れた調子でいくつもの写真機を抱えて写真を撮りまくっています。
 このところ禰宜である長女がこの手伝いをしてくれるので有り難い限りです。
 しかし、編集並びにホームページに載せる仕事は私になります。
 このところ皆様も知っていて「ホームページに載せていただけるんですね」と、先に云われるときが多々あるのは、それだけインターネットが各家庭に出回ったのでしょう。
 山口のお祖母ちゃんから「孫の初宮参りに行きたかったのだが所用のために行けませんでした。子供にホームページを見せてもらい、孫の元気な姿が見られて本当に嬉しく思いました。」と子供様の代筆でのメールや、外国からの友人からのお礼のメール。
 国際結婚をした夫婦で奥様の実家であるブラジルの家族に見られるように編集して喜んで頂いたメール。等々。
 偶然なことから始まったこの宮参りのページが、これほどまでにも喜んでいただけるとは思っても居ませんでした。
 必ず宮参りに来られた人には、赤ちゃんの写真をホームページに載せますが良いですかと、掲載許可を頂くわけですが未だ断れたことは在りません。
 それより驚くのが、今初宮参りに来る20代の人々でインターネットを何らかの状況で閲覧できる人々の割合が7割以上になっていることです。
 始めた1年前は5割に満たなかった事を考えると、凄いことだと驚くばかりです。
 これが後1年経つとどの様になっているのか楽しみでもあり、怖くも思えてしまいます。


8月12日(土)晴れ
 今日を持って中村達也の展覧会も無事終わりました。
 彼もこれから布忍神社の大神のご加護を頂いて大きく成長することでしょう。
 来ていただいた方々にお礼申し上げます。
 彼を末永く見守ってあげて下さい。