黐木舎


平成12年(2000年)
1月






1月26日(木)晴れ
この10日余りの間に、いろいろな出来事があった。
13回絵馬奉納祭を執り行った。最終の絵馬奉納祭である。
何人の人たちが参拝に来てくれたことか。
嬉しい限りである。
惜しまれつつ、この絵馬展も終わるのであるが、内心ほっとしている。
今絆されて又何かをやれば12年間続けなければならない、こんなに大変事はないのだから。
次にやるのは、次の世代です。
次の世代も、おんぶにだっこで何時までもいるのではなく、早く自立して下さいよ。
イチハラヒロコ恋みくじのページに恋みくじでのリアクションを書いていますが、ここに今日引いた従来のみくじの一部内容を乗せます。

第27番
ときくれば 枯木と みえし やまかげの さくらも 花のさき においつつ

初めは冬の枯木の葉落ちて花もなく淋しく此末いかがなろうかと気遣うもその内に春となって花咲くごとく末よき運なり何事も慎め退屈せず時をまてば必ずよし

時を待つことにします。


1月15日(土)
この日は私の誕生日である。
母親は昭和24年1月15日餅入りの赤ご飯を食べて産気づいたらしい。
父親は成人の日が1月15日に制定されたのを記念して、この子に成人と命名して役所に届けるが、役所は成人の日と煩わしいとのことで受理しないために、急遽「人」を「仁」とした。
ここに成仁(なりひと)が誕生。
しかしこの「成仁」使うことなく、なぜか平素は「成人」を使っていたのであるが、ここに51年目にして、この名前の意味もなくなった。
相も変わらず餅入りの赤飯を炊くようだが、少しはゆっくりとした成人式の日でない、1月15日小正月を過ごすことが出来そうです。
この文を見たからといって、誕生日のお祝いは良いですよ。


1月14日(金)晴れのち曇り
このところ電話の問い合わせで、注連縄を燃やすのは10日ですか、それとも15日ですか。
こんな電話が10日までよく掛かった。
10日が過ぎてからは、注連縄まだ持っていっても、燃やしてくれますか。
神社はなにも注連縄を燃やすところではありません。
正月のゴミの焼き場でもありません。

成人式が1月15日から2000年から第2月曜日に成った。
勝手に国のお偉いさんが、なにも考えずにしてしまった。
何でもかんでも自分たちの票取りに使ってしまう。
どうせなら、20才を成人とはしないで、18才にするなり、または16才にする方はよほど良いのではないだろうか。
20才になると酒もたばこも飲める。
現実には中学生で酒のたばこの相当数経験している。
この現実を見ないで、20才にてあなたは大人の仲間入りですなんて、時代錯誤もいいところだ。
たばこ酒を中学生の年齢で経験するのが良いとは思わない。
しかし、こんなことを云ってると責任感なく、自立心のない若者が増えてしまう。
全くマナーもない、挨拶すら出来ない若者を作り出してるのは大人そのものである。
もっともっと責任を負わせることが必要なのではないだろうか。
それよりも、成人式などをやめればいいと思っている。

2000年から成人式の日が変わった。と云っても、小正月まで変わったわけはない。
松の内 正月の松飾りをたてておく期間。元日から15日(7日のところもあり)まで。注連の内とも云う。
とんど 正月15日に、門松・竹・注連縄を燃やす行事。
このことからでも分かるように、とんどは正月15日小正月にする行事です。
年の暮れに門松を立てます。
これは神が下るための依り代、歳神は家の門松を目当てに天上より降りてこられます。
降りてきた神は、床に飾られた重ね餅に宿るのです。
松の内の間歳神は家にいるわけですから、神の居る証として注連縄を門に付けるのです。
松の内が終わる15日に又、門松から天上へと歳神は帰っていきます。
ですから20日(11日のところもあり)の鏡開きに神の宿った餅を食べ無病息災を祈るのです。
だのに、とんどにいろんな物を燃やしに来ます。

どうか次のことを守ってください。
1.鏡餅(重ね餅) 歳神が宿ったお餅です。とんどに注連縄と一緒に捨てるとは罰当たりです。食べてください。捨てるようなお餅だったら初めから買わないように、地球資源のむだ使いにならなくて良いです。
2.注連縄のダイダイ・重ね餅の干し柿は食べましょう。ダイダイはポン酢に、干し柿はお肌に良いのです。
肌の老化を防ぎます。
3.ビニール類は取って下さい。
4.仏花はご遠慮下さい。なぜかと云いますと、ここは神社で寺ではありません。
5.その他いろいろ。領収書、年賀状、人形、手紙、結い納品

正月15日小正月の神社のとんどで何でも燃やして良い物ではありません。
とんどの後のゴミと灰は、何万円というお金を払って清掃会社に持って行ってもらっていること、皆さんはご存じですか。
ゴミは家を出るときの分別で決まります。
無駄なゴミを作るのはやめましょう。
注連縄や重ね餅のダイダイは太陽の化身なんですよ。
重ね餅は神が静まる山そのもの、干し柿は雲、そこから上がる新しい歳の太陽がダイダイです。
何度も云いますがそれを捨てては成りません。
貧乏神がやってきますよ。


1月6日(木)晴のち曇り
2000年問題とやらで、昨年の暮れから今年ではあったが、何もなく無事に開けた。
日本人の気質は、あのオイルショックと何ら変わっては居ないと痛感した。
備えあれば憂い無しとは云うが、少し度が過ぎているように思える。
昨年の暮れに買った10個(警察には、懐中電灯20個を買うと云ったが)の懐中電灯は箱の封も切らないまま机の上に保管されている。
この懐中電灯は春のフリーマーケットにでも出すことにしようと思う。
元旦の午前2時で人並みが途絶え、例年なら8時ぐらいから又多くの参拝者が来るのに、今年は11時頃から多くなり夕方まで続いた。
参拝者に聞くと、4時頃まで2000年問題で何か起こらないか、テレビにかじり付いてたそうだ。
まるで湾岸戦争の時のような実況放送が有るとでも思ったのだろうか。
「只今日本の原発が2000年問題で爆発が起こりました」
「次は北朝鮮のミサイルが2000年問題のため発射されました」
「次はロシヤの大陸弾道ミサイルがアメリカに向け2000年問題で発射されました」
「飛行機があちらこちらで墜落しています」
この様なことを期待してテレビにかじり付いていたのだとすれば、まさに世紀末という感じがしないでもないです。
2000年問題は、人間のみが作ったおごりのような気がします。
この地球上にしか私達は住めないのに、自然を脅かした報いが、すぐそこまで来ているような気がします。