つぶけど重い想い

〜の続き 的なものです・・。
2023年が明けていっているねえ。ワシは旧年中に何とか前の歌詞集の補足的なトピックに区切りを付けて、そこから新しい方へって駆けていった体たらくだよー。 でもワシの場合一推しの矢部昌暉の生誕25周年のお祝いをワクワクして待ちわび、1月9日を迎えたこの日こそ本当に新しくって気になって始まる感じだねえ。 ずっと遠出が出来ず、作詞も満足な旅が出来ない状態で、流行病には触れない日々なのに臥せってしまい、なかなか上手に生きれず来たけど、 そもそも流行を作ることを目標にしているのだから、変わらないまま爆誕させるゾという気持ちをピュアに重たくさすとの高揚へ。 あともとから身体においては、顔面と鼻と肩幅以外は(腸もかな?)ミニサイズで、どの部位も欲するものがあったけど、膀胱が大きければと改めて思ったりして、 でもどうしようもないから、心は臨機応変にビッグにさせたいね。 健康を巡らせて天命に木漏れ日が射すようにさせて、推されて、触れるから、ふれあいを憧れの音楽への濃密としていく1年→、を祈願 久々の更新…!でも、25、6年果たしたくって募っていった旅を果たしてだから大した話ではなく。 そこから2か月後となった。というところから更に遅れ迷走して 1か月後に、落ち着いてまとめてみようとし始めたら、また同じ期間(以上に)かかってしまった。 言いたいことをつぶやくなんかで済ますのは難儀やなあと思う日々に至ったー! っつー感じで細切れにイッてみよう! 中学生の頃からの夢だったので、公的な創作は置いといて、ちょっと世界を清めてくる、 それでお金もくるくる回ると、大音量で自由に向かう。 4月1日の1日後だからという冗談じゃなく! 当時は直通だったのだが乗り継ぎになるも、とにかくきのくに線で 終点の新宮まで各駅を体験して向かうなんて、ゆっくりだからこそ、ワクワクやー! ってところで信号トラブルで止められてしまうらて…。 幸先悪りけど明るいうちに宿に着くなら速く特急に乗るしか、と妙に疲れる。 お安い宿で一泊。何となく過ごし、ただ一度も 紀州名物なのに食べたことのないめはり寿司を食そうとする。 が、目当ての店で買えず、は〜の意味が色々あるさんま寿司を食べる。 そして一番憧れていたオーシャンアローにて新宮始発のグリーン車に乗車して 終点新大阪まで向かう。この列車で一番贅沢している、 ああ地元の駅もあっさりと通過している、等々の、積年の思いを果たす、 4時間を満喫する。 こだまで新幹線鈍行を感じながら、一番憧れの地・名古屋へ。(3度目ではあるが、全て車に乗っけられ とんぼ返りだった)いっぱいなごやめし食べるゾという気で、まず本場の味噌カツを詰め込む。 ネットカフェに3泊(総計は6泊で)、和歌山にはないマンガ環境で英気を養う。 思い出深いモーニング、ひつまぶし…を食べていく。どこもおいしそうなものばかりで、もっと 食べれる財力と体力が欲しわーとワガママ都市の課題も吸収する。一番の反省はうなぎのみのままをすぐに食べ過ぎて 薬味→出汁の時ちょっとしか残らなかったこと、だし。 という感じでどこかしらにダメがあって、こんな雑記が季節移り変わっても終わらないことも。 そんな中で夏は苦手ではないのに、全身がグッタリしてしまって寝食もヤバくて、生産性の方向も変になってしまって… 作品をアップしようとしてもミスしてしまったことも、お詫びと言ったら奢っている感じになるけど もう何年やってるねんという自戒も込めて記します。 しかし大阪一人暮らしの夏の方がきつくて、クラクラしながら自力で何とかしたのになあ。 旅はまだ続きます。 大学時代の教授が東京→名古屋経由で近鉄特急などを乗り継いで出勤していたことが気になって ワシも体験したい思いがあったので、名古屋→、成功していないのに懐かしい地↑ を巡る。 でも過去を引き連れながら未来形で6年半では学べなかったことを、読めば都 って感じ、も迷走しながらも幅広旅行を更にという感じで続ける。 疲れの反動を信じてゆっくり新しい帰郷へ。鶴橋、天王寺、そして全部鈍行で帰って行って自信を 飛躍していって、もっと作詞を露わにする過去・現在・未来の力を放とうとしてゆく。 コレが誕生日だったので、LINDBERGを唄えなくて「こだわり」も崩れたけど、毎日 「進化・夢が叶うように」と高揚は忘れないようにしているから、まあいいやんと親とルーティンと再会。 そもそも、ひっそり、漱石がジャムの好みの食べ方していたのと同様に、 季節ごとに形態の変わる蜂蜜を救うのが楽しみになっていて、「間食しない」もいい意味で! 変容しとーるから、まあ柔軟にね。 そして閑話休題っていい言い訳の言葉だねえ。 でも今日はその日から半年とニ週間という中途半端な区切りで、日記記念日25周年を迎えたから、 時系列としてつぶやき辛いけど、まあまたまだ続いているしね…! まあこうごちゃごちゃなっているのも公私で特に発展しないのに忙しいけど、それを 書かずにもいられないという感じで。ただ記す字が物凄く汚くなっているのが一番苦しかったり。 作詞はキレイに書きすぎるくらい気を遣っているけどね。 そういうのが伝わらずにダラダラになって、頭だけグダグダ考えても筋道が立たないので 深く本気で浮気しちゃおうかとか考えちゃうよー。 そして本当に本当にそもそもコレらを更新し始めたのが二か月後というのがパーッと書けず、 ぶつぶつになっとるんだなー。でもただ漠然と発信するよりは、やりとり太り活にしようとルーティンも 変えていってるから、ちゃんと意義深さを旅させたくある和ー!!! こんな思いをぶつけるのにかかった時間のうちに、〜乗な活動始めて、ワシ自身・詞派生 以外にも発信となったのは… 2024年が明けたねー。26日後にこう記すけど、この日こそ、始まったー!!!!って感じで待っていたから。 母校の一世紀以上の積年の思いの末にて野球部が選抜甲子園出場を正式に決めた!安堵と歓喜…!!! 吹奏楽部での応援の、ドラム叩いて、ああ校歌は1回で…という印象の付き合いのようで とてもパッションを持ってワシの心につながる響きとして届き合うものをと願って 卒業後も悲喜交々をテレビで見ていたからねー…。 そして実ったこの日は、まさかの先の有難うで、ワシの夢も元気になった! 社会の災いや、ワシ自身の筋がなかなか通せれてないところがあるのも 変わっていけるはずという勇気をもらって、本当に始めよう、始まろうという気持ち サンキューな誕生日を迎えたねえ。しかし、当日にとかいかないところからして つぶやきとかじゃなく、ぎっしりと年月が創作であっという間に過ぎているようで、それ以外で バタバタとなって、発信の場も迷走の騒動しさ魂塊になっているような。 まあ二十歳の頃から不惑なんて、何もかも達観した思いでワクワク日々を過ごしているだろうとも思ってなかったけど。 センバツの母校公式一勝が叶わなかった残念さに加え、ワシ自身の公私に光明がと出・向く流れにも 成らなかったところから始めるのも、作詞家でありながら、一人の人間として、言い表しづらいものがあって…。 またMAG!C PRINCEの音楽活動休止というのも、前向きなものではあるものの無念で、 どんなアイドルよりも聴いていて元気になれる曲ばかりだから、何人になろうとライブに行きたかった!が 叶わないのかなあとなって。 ただただワシは色々変わりながらも、作詞家でありつづけようという気持ちは刻んでキラリとさせようと思う 暑い…!日々思うことは拡散しているけれど、いちいちって相変わらずだから、気づけば季節も猛烈に変わって。 アップする作品は仕立てたものの物理的にキツキツでつなぎ的に、また思う事も・が……! でも、これも今に始まった事ではないけれど、的外れもいっぱいあるだろうけど 何で創作家含め、いろんなコンテンツを駆使して義務的っぽいのに戯れな発信とかをしているんだか、と。 必要上はワシも乗っかっているところあるけれど 基本時代をワシが作りたいと思っているから、作詞やその派生はそれを頼りにしたいんだなあ。 喜楽は個人的に収まるし、怒哀も日記に書き続けてる習慣からよっぽどじゃないとここに滲むこともない感じやし。 どんどん時代が変わっていく中で先手の打ち方を教えてくれる音楽仲間が身近にいないまま 遠ざかるヒト、モノばかりなら突っ走ってやるしかないやんってなっているよー。 ただ確実に、在る、のは矢部昌暉の病状を心配し、全快を祈っている、おもい。 作詞道からの派生が幅広いねえ。そんな中で 波風を立てるような請う海をつづけ…。まあたまに棒が立ったように書いていた 小説を結構集中的に書いてみて、納得のいく完成にもさせてみようと、 し続けたのだけど…。作詞は告白し続けていってるわけなのに対して、 この執筆はmaiden voyageであり何とか200枚で書き連ねていったものの、 やっぱり主要キャラ以外にも描写やらを細かにとかいくらでも技量が必要と、出来上がっても(?)爽快というより痛 々しいわけで、スーッとストーリーになる作詞の方が未血が合っていて挑む一連に集約される。だから、ちゃんと そこに発火してほしいねー。≒この努力はどういう形で零れ落ちるかなー? 2025年が明けたねー。それがもう8日目…。年初こそ、健康的に創作の見つめ直しや広げ直しをして、 兄と今後のことを話したりして、ぶつぶつ言っている暇がなかった! それに復帰めでたい昌暉の誕生日を先に願い、敢えて年の差が13歳の日であり、 ワシが物心ついて初めて「今日は1月7日やー」と日めくり見ながら言った記憶のある 4歳の記念日(もう少し古いのもあるが年月が、分かるのは この日)との・・・間って、今丁度いいと思ったので勢い込んで。 古くなってきてもいつでも若々しく貪欲にと思う気持ちは多岐になるばかりで、 それは惑わないから、迷走も、迷走だということを相手にされないことも、 買い!と思わせよう!! 不惑的!?プロフィールの甘味少ない中切なさの更新とともには 日本のどうな・らん をおいてもワシの国・道には年越しより節分が浮遊な気分になって。 あまりに作詞がお呼びでない状態が凝り固まっていて その打開を模索するうちに浮気な創作なんかしちゃうけど、 やっぱり戻って来るのは純粋に楽しく思える作詞なんだなあ。 成人になる子供がいてもとカウントを思い起こすと 二十歳の集いアゲインとかになるコトに唖然としながらも、 作詞にストーカー気質は初恋と通じるもののままで… その人の誕生日が節分なんだしと結び付け、当人は僕(当時は自身に対しては中も外も「僕」で通っていた) がそんな輪郭たちを勝手に思うことも下地にしての、知らないままでも、結び付けちゃってねー。 若い勇敢な気持ちを愛して、修正から大成するワシの思い描きが巡るんだなあ。 ちゃんと心身の不健康・不経済(に対して思い切り振り切っての白さを保って) を不不と定めたい 社会(情勢)との大小関わり、と相応するような話やけど フッとナイトスクープで「唯一の話相手はリラックマ…42歳おじさんの切なる願いとは?」 というのを見て、忙しい大人っぽくフーンというかほのぼのしたという感想のまま日々が過ぎていった のだけど、ネットで見返す機会があって、自分も結構にぬいぐるみ好きだったことがじわじわ思い返された。 ワシがおもちゃのカンヅメを集めたりして、あまり男の子っぽい遊びをしていなかったことは書いてきた けど、同年代の自分は創作の息吹のように、同じくそういう素養のあった兄と いろんなキャラ付けしてごっこ遊びをしていたんだよなあ。 進学で離れたり部活とか、歌ばっかり歌い、コレクションの熱も高まったことで忙しくなって、 たまに寝る前にそのキャラの声真似みたいなことをするくらいになっていったけど。 モリゾーとキッコロ買った時にはそういうこともやめていたし。 で、作詞で人間の気持ちを仮託させていくのが加速!ともなってたわけだけど あの時もっと真剣にパソコン等の機器やネットの趨勢とかも含めた(社会)勉強や男女交際してれば よかったなあと思う。 意に添わぬ形で作詞していて楽しく書くことの重心を取り戻し難く、公私等々の境が よく分からないまま追いつき方も…ってなっちゃっているよ。 そして何だかんだ依頼者さんは公務員だし。 そして…兄も弟が引っ掻き回していることに、引き戻されないし… でもタイムマシーンがあって人生やり直せたとしても ワシはワシが歩んできたシコウでイコウとするんだろうなー。 あと、高騰するばかりなので、もっといろんなチョコレートを 食べておけばよかったなあとも思った。
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