lesson 5

(ものの形をとらえる)

筆触法では心のアリが、ものの表面をくまなく歩き回るというイメージを使ってデッサンを進めますが、

このとき、アリがどう動けばものの形をより正確にとらえられるかという問題を考えてみましょう。

基本的には、直感的にとらえたものの縦横に向って直線線を走らせます。

ものの端から端まで、最短距離で移動できる道を選ぶことが、そのものを最もよく現す形となるのです。

今回はいくつかの例を示しながら、理解を深めます。


単純な箱の形です。

箱がふたを開けています。垂直の線(縦)は下から這い上がり、ふたの部分で開けられた角度に沿いながら真っ直ぐ上に登ります。

ふたの向こうに見える箱のうち側は、背後から回りこむように這い上がってきたアリがそのまま真っ直ぐ内側に向って降りていきます。

水平線(横)は箱の各辺と並行になるように進みます。

この縦横の線が、箱を最もリアルに捕らえているのがわかりますか。

この線に沿ってハッチングを繰り返すことで、自然に箱が画面に生まれてきます。

形が出来てくれば、斜線を使って影の部分を描き加えていきます。

こうして心のアリがくまなく箱の世界を散歩するのです。


浮き袋の形です。

この形は円柱がわになったと考えます。

形を具体的に現す横線はチュウブを横にぐるぐる回る線になります。

アリは円運動をしながら浮き袋の周囲を回ります。

この動きで、明らかに円筒の姿が浮かび上がってくるのがわかるでしょう。

縦線は浮き輪の周囲を回る大きな円運動をします。

真っ直ぐに進むと、浮き輪の向こう側に回りこんで見えなくなる部分があります。

その線をしっかり意識の中でとらえて線をひいていきましょう。


今度は湯のみの形です。

円筒形ととらえて、縦横の線を考えます。

横線はもちろん湯飲みの周囲を巡る線となります。この線は湯飲みの形に従って、円運動をします。

手前は湯飲みの外側の円が見え、奥の方は湯飲みの内側の横線が円運動をしています。

この円運動は、外側で大きく、内側では小さくなっています。

その差が湯飲みの厚さとなって現れてきます

縦線は、湯飲みを真っ直ぐ上に上がる線です。

もちろんその線は湯飲みのふくらみに応じて曲線となり、ふちを乗り越えて内側に滑り込んで行きます。

その線は湯飲みの中央に集まっていきます。

この線の動きが、湯飲みの形の意味を充分に伝えてくれるのです。


ナイフの形を見てみましょう。

この形は円錐を連想させます。

縦線は切っ先を頂点にする稜線を走ります。

そして横線は柄のほうから切っ先に向う直線を中心にグルグル周囲を
回りながら進みます。

ものの形に抵抗することなく、有るがままに表面を這い登っていきます。

刃先を渡るときは、心はその冷たさに震えるかもしれませんし、
ピンと張った緊張感を覚えるかも知れません。

その心の反応が線に伝わっていきます。ここに心のデッサンのゆえんが
あるのです。

主に、細長い形のものは、横線がそのものの形をよくとらえ、
縦線がそのものの質感を作り出します。

必ずしもそうではありませんが、
そんなことを感じながらデッサンを楽しむのもまた一興です。


木の枝のデッサンではどうでしょうか。

もちろんこの場合も円錐がその形の基本に見えてきます。

ナイフと同じように、枝の周りをグルグルと横線が這い登っていきます。

この運動のおかげで、木の枝の丸いふくらみが見えてきます。

実際には、木の周囲はごつごつした樹皮に覆われているかもしれません。

アリはその形に応じて動きます。

そして縦線は、木の根元から天に向かう線となります。

ここでも木の質感は、この縦線が主に表現する事になります。

若木、枯れ枝、ごつごつ、つるつる、ほとんどの特徴は縦線がとらえるのです。

こうして縦横の線が互いに補い合って、ものの形を現していきます。

ものの形をとろうとするときは、このことを忘れないで、
必ず縦横の線を使うようにして下さい。


花の形です。

花びらは複雑でまず形の前でひるみますが、

よくものを見て、ものと対話できるようになればそんなに難しいものではありません。

対話できるというのは、ものの形の上で心のアリを遊ばせる事が出来ることのたとえです。

花びらは湯のみの形ととらえることが出来ます。

花びらが重なって難しそうですが、よくみると湯飲みのふちが何枚も重なっただけのことです。

アリは迷い無く花びらを縦横に這いまわってくれます。

軸も葉っぱも、図を見れば特に説明は必要ないでしょう。

花の上を歩くアリの気持ちをじっくり体験しながら線をひいて行きます。

どんな複雑なものでも、縦横の線を思い浮かべれば、たいがいの形は正確に味わう事が出来るはずです。


これでlesson5の授業は終わりです。

上に示した絵は、空想で描いたものですが、これもデッサンといえます。

デッサンは何も、目の前に見えるものだけを写し取るものではありません。

心を生のまま取り出そうとして描くものは全てデッサンといえるのです。

その意味で、出きればこの授業の最後に、

上の絵を写し取って、線に沿ってていねいにハッチングを繰り返しながら、
絵を完成させて見てください。

心の中で花や木を想像して、感じるままに絵を進めていけば、
きっと新しい何かが発見できるはず。

ものと線の関係が、あなたの体と心で体験できれば成功です。




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