「黒騎士物語」の覚書(前編・改訂版)

 この覚書は「黒騎士物語」に登場する「黒騎士中隊」を実在した部隊と仮定して戦闘記録や編成表を作成するための準備として、各エピソードの場所と月日を特定するための覚書として作成しました。
なお、この覚書の作成にあたっては、「PANZER」さんの「黒騎士物語についての勝手な考察」を参考にしました。
http://www1.odn.ne.jp/~cac27530/index.html
 
 各エピソードの検証の前に、「第8中隊の所属していた師団はどこか」という大問題がありますが、附図6でわざわざ編成図が掲載されていることからも、機甲擲弾兵師団「グロスドイッチュランド」の戦車連隊、第2大隊、第8中隊と考えて間違いないでしょう。
 「黒騎士中隊」と呼ばれていた第8中隊ですが、これはバゥアー中尉が好んで使用したコードネーム「黒騎士」に由来しています。正式に部隊名になるのは第9話で軍直轄戦車中隊となった以降のことですが、敵にも味方にも第8中隊よりも「黒騎士中隊」の方がとおりが良かったようです。


第1話:ファイア!零距離射撃だ
エピソードの時期と場所:1943年9月中旬/ドニエプル河東岸

 このエピソードの時期は本文の中に「1943年秋」の記述と、南部ロシアの戦況地図が掲載されています。戦況地図によると、ドイツ軍はソ連軍の圧力により、ドニエプル河の防衛線に向かって苦しい後退戦を戦っていますが、まだドニエプル河の東岸に踏みとどまっている時期だとわかります。
 このときの第8中隊は可動戦車4両(ターレットナンバー「800」「801」「811」「814」)のみとなっており、その後の戦闘で「800号車」と「801号車」の2両が撃破され、中隊長のバゥアー中尉は重症を負ってしまいます。ただし、「800号車」は回収、修理されて第2話に登場しますので、第1小隊の2両は無事で撃破された2両を牽引して回収したか、回収車輌が到着するまで援護したのでしょう。
 GD師団の記録によると、師団は9月29日には可動戦車1両のみとなり、クレメンチョークでドニエプル河の西岸に撤退していますので、1943年9月中旬頃の戦闘であったと思われます。

第2話:パンツァーフォー!鉄の棺桶になろうとも
第3話:そして800号車はワナにはまった
第4話:運命の女神は力を与えてくれた
エピソードの時期と場所:1943年10月中旬〜下旬/キリボイ・ローグ周辺

 第1話で負傷したバゥアー中尉が中隊に戻ってきますが、第1話からどれくらいの時間が経過したのでしょうか。手がかりの一つは中尉の負傷の程度ですが、「中隊長は生きて野戦病院から帰ってきた」と書いているように頭部の負傷は右目を失うほどの重症で、一時は生死の境をさまよったことでしょう。そうすると、大隊や連隊レベルの衛生隊では外科手術を伴うような治療は不可能なので、バゥアー中尉は軍レベルの野戦病院へ送られたことになります。回復までに1ヶ月ぐらいはかかったのではないでしょうか。中尉のことですから途中で勝手に退院して原隊復帰したのかもしれません。
 さて、整備中隊で修理された「800号車」ですが、砲塔右側のシェルツェンの破損具合からみて、この3つのエピソードは短い期間のうちに発生した連続した戦闘であると思われます。そして防寒具を着ていますので季節は初冬、第1話の1ヶ月後とすると1943年10月中旬から11月上旬頃ということになります。

 このエピソードの時期と場所を特定する重要な手がかりが「鋼鉄の死神(ミヒヤエル・ビットマン戦記)」の中にありました。そのエピソードでビットマンはキエフ南方で「黒騎士中隊」とすれ違っており、時期は11月10日から15日までの間で、場所はベルディチェフからモロソフカへ向かう途中の地点であるとわかります。(実際にはビットマンの所属するSS第1戦車連隊第13中隊は、11月12日にベルディチェフに到着し、11月14日にはジドーブチェの北へ布陣していますので、11月13日か11月14日しか可能性はありません。)そして「800号車」の砲塔右側のシェルツェンの破損具合から、このエピソードは第2話と第3話の間に発生したと思われます。
 この時期の東部戦線は、ドニエプル河の防衛線が各所でソ連軍に突破されつつあり、中でも11月6日にウクライナの首都キエフが陥落した後、キエフ橋頭堡からのソ連軍の突破を阻止するため、各地から部隊をキエフ周辺にかき集めていました。この時、機甲擲弾兵師団「グロスドイッチュランド」の本隊はキロヴォグラード周辺の戦線にありましたが、キエフ方面に派遣された分遣隊の中に第8中隊も含まれていたわけです。

 この期間の第8中隊の戦車配備数を第4話から逆算してゆくと、第2話の時点では中隊の定数をほぼ充足していたことになりますが、いつ頃補給を受け取ったかははっきりとしません。(1943年型の戦車中隊の標準編成は中隊本部−2両、各5両編成の3個小隊で定数17両を装備していた。)

 第4話の戦闘後 損害−5両 可動車−7両
 第3話の戦闘後 損害−1両 可動車−12両
 第2話の戦闘後 損害−4両 可動車−13両(内修理可能3両)
よって戦闘前の装備数は17両となります。

 この一連のエピソードの中で最も頭を悩ませているのは、第4話から登場するパンター戦車です。このパンターはアゴ付防盾を付けたG型で、この型が生産されるのは1944年9月以降のことですから、あきらかに不都合です。そこでこれの解決策をいくつか考えてみましょう。
 1.小林源文氏が作画の時点で考証をまちがえたことにする。
 2.クルツ・ウエーバー氏の記憶違いだったことにする。
 3.無駄な努力をしないで無視する。
 4.操縦士用のクラッペをこっそり書き込んでおく。

 私としては「3.無駄な努力をしないで無視する。」が一番楽なのですが、今回は「2.クルツ・ウエーバー氏の記憶違いだったことにする。」を採用しましょう。(笑)
なんせ40年前のこと(黒騎士物語の出版は1985年)を正確に覚えている方が稀で、前後関係の記憶はすぐに曖昧になってしまいますので、後に搭乗したG型と混同したと考えれば自然です。当時のウェーバー氏はまだ新米の装填手ですし、マニアでもないので何型かなどには特に注意はせず、ただ「新型戦車」という程度の記憶しか無かったのではないでしょうか。
 軍用列車を救援した功績により、パンター戦車6両を臨時に補充された中隊ですが、乗員たちはパンター戦車の速成訓練でミッチリとしごかれたにしても、慣れていない操縦士はすぐにギヤボックスを壊してしまい、結局第5話まで生き残っているパンター戦車は3両にすぎませんでした。

第5話:死神は突然やってくる
第6話:黙示録の騎士
エピソードの時期と場所:1944年4月上旬/ルーマニアのヤーシ近郊

 GD師団はキロブォグラード周辺で防衛戦を展開しながら1944年を迎えますが、1月27日にはコルスンで包囲された友軍部隊を救援するため、戦車連隊の主力は分遣隊として抽出されており、第8中隊はキエフ南方から引き続きコルスン救援作戦に参加したものと思われます。

 3月8日、ソ連軍の攻勢がキロヴォグラード西方で始まり、師団は3月いっぱいをかけてルーマニアまで後退し、4月上旬にはヤーシ近郊にありました。師団に合流した第8中隊は第5話でソ連軍の攻勢の直前、偵察によってソ連軍の集結始点を発見してデルタコマンドの攻撃により大損害を与えますが、この戦闘でパンター戦車1両(ターレットナンバー「801」)がJS-2により撃破されてしまいます。GD師団戦車連隊の記録によると「ヤシーの近郊でJS-2に初めて遭遇し、ティーガーの8.8cm砲弾ですら他愛なく跳ね返された。」とあります。

このエピソードではその他に、
1.デルタコマンドの正体(軍直轄のロケット砲部隊か?)
2.第2大隊の装甲兵車装備状況(第2大隊は本来はトラック装備?)
3.壊滅した空軍地上師団(空軍の飛行場警備大隊か?)
など今後の課題として残ります。

 この2話の中で確認できるパンターは3両のみ(ターレットナンバー「800」「801」と不明の1両おそらく「802」)で、第6話では「800」号車と遠景に登場するナンバー不明の1両のみが確認できますが、戦車9両の帰還を報告しているので、他はIV号戦車を装備していたものと思われます。

第7話:我ら戦車猟兵黒騎士中隊
第8話:デッドエンド
エピソードの時期と場所:1944年6月/ルーマニア

 GD師団は1944年7月25日には再編成のためルーマニアからオストプロイセンに移動していますので、戦車猟兵中隊として戦った期間は4月中旬から6月中旬〜下旬までで、GD師団の戦線からの引き上げ、移動準備に合わせて師団から抽出されて軍直轄戦車中隊として再編成されることになります。
 
 第7話では変わった車輌が1カットのみ登場しています。この車両は一見SdKfz234/4に見えるのですが、1944年6月の時点では計画さえなく12月からやっと生産開始となっているため実際には別の車両で、SdKfz234/1又はSdKfz234/3に7.5cmPak40を搭載した現地改造車両と思われます。しかし、SdKfz234シリーズ自体の生産台数が少なくGD師団への配備状況も不明です。もう一つの可能性としてはSdKfz231に5cmPak38を搭載した現地改造車両です。この改造例はすでに1942年の北アフリカで見ることができますが、車体前部にフレームを組んで無理やり搭載しているので、それに比べるとずいぶんと本格的な仕上がりになっています。

 その他、偵察から戻ったウェーバー上等兵は自分のことを「クルツ上等兵」と呼んでいますが、これは明らかにおかしいですね。それにしても捕虜にした戦車将校が言っている中隊に懸かった5万ルーブルの懸賞金とはどれくらいの価値なんでしょうか?おわかりの方は掲示板かメールでご教授をお願いします。

 第8話で「軍の特命を受けて」中隊を救援する突撃砲兵は軍直轄部隊だと思われますが、これも今回は正体不明です。その他バウアー中尉が「4年前に渡河した」河はどこかという問題もありますが、これを決めるとバウァー中尉の経歴も解明できるかもしれません。
この続きは後編で・・・

1999.10.7 新規作成
2001.10.4 改訂版作成