No.1 ゲームの世界にハマってしまったのは...




 ■ 確かに、それまでにゲーセンに行ったことがなかったわけではなかった。
   「ギャラガ(注1)」や「ドンキーコング」等、大阪の親戚の所に遊びに行って帰ってきた
   兄の話を聞いては、想像を膨らまし、実際にプレイをしたこともあった。
   だが、そんなにハマルことはなかったのだ。あのゲームに出会うまでは...

   それは、中学2年生の初夏の頃だったろうか? 同じ吹奏楽の部活をしていた友人2人と先輩1人に
   「ゲームをしに行こう!」と誘われた。別に断る必要もなく、ゲームも好きだったので行くことにした。
   問題は、所持金が少ないことと、部活が終わってから行っていたので、夜の6時頃からになり
   どうしても終わると、夜の8時とか9時になっていた(注2)
   その時、やっていたゲームは「フリッキー」と「アッポー」で、友人のプレイする「フリッキー」のパターン化は
   かなり美しく見ているだけでも楽しかった。しかし、そのパターンを真似し、自分でもやるようになって行った。

   そんな日がしばらく続いたのだが、ある日、そのゲーセン(注3)の奥の方に新しく入ったゲームを見つけた。
   それが「ドルアーガの塔(注4)」である。
   昔からファンタジーモノが好きな私であったので興味があったのだが、このゲーム、プレイのデモを行わない。
   当時、そんなにお金を持っているわけではないので慎重であった。
   暫くの間インストラクションカードとにらめっこしていると、友人の一人が意を決して50円を投入。
   スタートした!

   周りにはほとんど客もいず、重苦しい音楽が鳴り響く中、主人公のギルが剣でスライムを倒していく。
   しかし、宝箱の存在を知らなかったことなどもあり、2面で終了した(注5)
   私は、このゲームの雰囲気に酔いしれてしまった。
   だが、当時はアーケードゲームの情報等、皆無に等しく、つるはしで壁をあける方法すらわからない。
   なんとか、10面くらいまで行けるようになった頃、修学旅行でH氏が宝箱の出し方を知っているという
   情報を入手し、接触したすえ宝箱の出し方を入手したのだ。
   しかし、この時点でもすべての宝物の出し方がわかっていたわけではなく、歯抜けの部分が結構あり
   さらに、その抜けている部分がシールド等であったので、クリアーは不可能であったのだが
   当時の私たちは、そんなことは知らない。
   修学旅行の目的地である「東京ディズニーランド」では、「スペースマウンテン」に2回乗っただけで
   後はずっと館内のゲーセンでドルアーガの塔をしていた。

   結局、その後「マイコンBASICマガジン」を知り、だいたいの出し方がわかり、この本で紹介されていた
   ゲームサークル「VG2(注6)」に入会することで、すべての宝箱の出し方を知り、クリアーすることが
   できるようになった。
   それからも、宝箱の出し方を手で書いた紙を定期入れに入れて持ち歩き、ゲーセンではその紙を
   見ながらプレイしていた。

   実に苦労して情報を入手し、クリアーできるようになるまでの日にちもかなりのものを要したのだが
   今、これほどの苦労をして、したいゲームはあるのだろうか?(いやない)
   今のゲーム業界は情報があふれすぎている。雑誌やインターネットで簡単に入手できるだろう。
   「調べればすぐに(ほぼ完璧に)わかるのに、なんで苦労しないといけないのか?」となる。
   ちょっと、さみしい感じがする。

   また、あの頃に戻って、「平焼き(注7)」を食べながら、メモを見て、ドルアーガの塔をしたいなあ...


  注1:レバーを回すと、横にファイターが向き弾を撃てるとだまされた。
  注2:おかげで学校に報告され、みな行かなくなったが、私だけ行っていた(^^;)。
  注3:まんが図書館という。
  注4:潟iムコ 1984年7月20日発売。毎フロアに出現する宝箱を集め、最上階にいるドルアーガを
     倒し、カイを救出するのが目的。
  注5:FLOOR 2のジェットブーツがないとねえ...
  注6:「VERY GOOD VIDEO GAMERS」の略。2000人を越える巨大ゲームサークルであったが
     現在はもうない...
  注7:洋食焼きのようなもの。洋食焼きの百倍はうまい。¥200。たまごかうどんをいれると¥250。
     両方入れると¥300であった。お持ち帰りも可能。今はもう店も平焼きもない。
   

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