PHOTO-DIARY

2000.06.30
2冊の「色ざんげ」

 

5月に岩国を久しぶりに訪問してから、しばらく宇野千代さんの作品にのめり込んでいた。代表作の一つ「色ざんげ」は、彼女がある期間共に暮らした有名な画家をモデルに書かれた作品だけに、発表当時は大きな反響があったと思われる。私は、手頃に入手できる新潮文庫版で読んだが、面白くて引き込まれ読み終えるまで手から離せなかった。その後数日たって、行きつけの古書店に何を探すということもなく寄ったとき、偶然「色ざんげ」の昭和22年1月20日版を見つけた。初版は昭和21年9月20日とあったから、第2版であろう。すでに50年以上昔の本で、しかも戦後の混乱期の出版である。表紙は「げんざ色」「代千野宇」と右から読ませるように印刷されているし、本文も旧仮名遣いである。紙もページの端から内側に向かって1センチ近くも変色している。何かの巡り合わせ、と感じて購入した。
奥付けをよく見ると著者名の横に装幀者として青山二郎という名前がある。宇野さんの本にたびたび登場する人物である。装丁はこの本の内容にしては地味である。発行所は文體社という今は聞かない出版社である。私はその本を380円で入手したが、定價の二拾五圓は、当時どれほどの価値だったのだろう。
裏表紙の見返しに、元の持ち主の女性の名前が上手な万年筆の字で書いてあった。どんな人だったのか。
一方、先に買って読んだ文庫版は題名と宇野さんの性格に似合うことを装丁者が考えての図柄であろうか、表紙には何か崩れた花を思わせる絵が描かれている。もちろん新仮名遣いになっているし、文字表記も出版社の流儀で変えてあるが、文庫版の初版は上記の古本の発行から2年あまりしか経ない昭和24年3月である。文庫版は21年後の27版で文体を現在の形に改められ、私が書店で求めたものは平成8年出版の63版であるから、相当なロングセラーである。これもまた驚きであった。初版発行から50年を越えて読み続けられた「色ざんげ」に、改めて宇野千代さんの筆の力を感じさせられた。

ホームページへ一つ前のDIARYへ