●70センチ波のつぶやき
ご意見、ご感想、ご質問がありましたら倶楽部西新町で発言頂くか、メールでお願い致します。
このコーナーは西管の隠れたる趣味アマチュア無線について語るコーナーです。はっきりいってかなりマニアックなコーナーになるかと思います。わけわからん!と言う方も多いかと思いますが、ご了承ください。(敢えて、専門用語等の注釈をつけるつもりもありませんので、あしからず。)
第7回2008年6月22日(記) 時間がないと言いながら
ずいぶん間が開いてしまいましたが・・・ちょこっと更新するための時間ができたのと、この趣味で生まれて初めての経験をしましたので、それについて書いておきたくて、久々に更新することにしました。
まず、初めての経験ですが・・・144MHZ(2メーター)SSBでEスポによる異常伝播をはじめて経験しました。今朝、朝10時過ぎに歯磨きしながら、ひげをそりながら何気なく愛機TR-9000(入手した経緯は後述)でSSBバンドプラン内をスキャンしていると・・・なんだか周波数の下の方からやたらにぎやか。何だ、どっかめずらしいところでも出ているのかな、と思いしばしパイルアップになっている周波数をワッチしてみます。
3エリア各局が鈴なりに呼んでいるその相手はかすかに聞こえる程度。しかしQSBの山にくると十分内容が確認できるレベル・・・。耳をそばだてて聞いていると・・・ん?8エリア・・・士別市???北海道?????目が点になりました.呼びかけまくる3エリアの局の中には知人も2人ほど・・・。そして一瞬パイルアップが収まった隙に・・駄目もとで声を掛けてみました。すると・・・一発でコールバックがあり・・・交信成立・・。呆気ないくらいでした。その後もすかさずバンド内をくるくる回してみると・・・手塩郡の局も聞こえましたが・・・・タイミングを待っている内に、急に信号が消えてしまい・・・この異常伝播の終了となってしまいました。
1局しか交信できませんでしたが、当然144MHZでは最も遠距離交信記録となりました。Eスポ伝播で距離云々をどうこう言っても仕方がありませんが・・・1000キロは超える距離でしょう・・・。10Wの弱小パワー、25年以上前の骨董品無線機の悪い耳、しかもたった1/2λのモービルホイップでよく飛んでいったものです・・・・。驚き・・・としか言いようがありませんね・・・。久々に胸が高鳴った瞬間でありました。
ってなわけで、ノッケから異常伝播の話になりましたが・・・西管の守備範囲であるハイバンドのコンディションは上がってきているようですね。また移動局の数も増えてきました。これから梅雨が明けるともっとにぎやかになるでしょう。(Eスポは逆にしぼんで行くでしょうが・・。)
ずいぶん開いてしまいましたので・・・前回以降設備がどう変わったかを書いておきます。実は前回更新時は430MHZ1バンドのみ出られる状況でしたが、その後オークションで144MHZ帯のオールモード機を手に入れたこと、またこれまで苦しんでいた144MHZ帯のアンテナのSWRが調整の結果、きれいに落ちたこと等があり、3月末頃より144MHZ帯もオールモードで運用を始めることができました。
また、細道氏より1200MHZFMモービル機を譲ってもらうことになり、5月連休明けより1200FMも運用を始めました。その結果、リグ3台となり、アンテナは2本となりました。一本は前から使っている1メートルくらいの144・430MHZデュアルバンド。もう一本も長さ1メートルの144.430・1200の3バンドアンテナ。これ一本で済ませばいいのですが、例によって144MhzのSWRが落ちないので、殆ど1200オンリーに使ってます。(あとは144・430のワッチ用としてハンディ機C−500をつないでます。)両方のアンテナとも分配器を使って分配しており、出力は合計4台となります。
144MHZはFMは殆ど人はいませんが、SSBについては非常ににぎやかで、430とは比べ物にならないです。FMは430が局数がそこそこいて楽しめます。(ただ、昔ほどではなく、CQ出して空振りということも多々ありますが・・。)1200は本当に人が少ないですね。常連さんばかりがラグチュー(おしゃべり)しているという感じですね。相手には非常に事欠きそうなバンドです。ただ、不思議に良く飛ぶバンドでもあり、京都や宍粟市のレピーター局の信号が結構な強さで入ってきたりもします・・。
新たに手に入れたリグたちはどれも順調に動いています。特にオークションで送料込みで5000円ちょっとで手に入れたTR−9000については、最初はパワーの低下やQRH(周波数変動)、音量ボリュームのガリが見受けられましたが、毎日使っているうちにそれらも解消(それともなれてきたのか)して、十分実用に耐えています。ただ、やはり最新のリグに比べると若干耳が悪いように思います。プリアンプか受信アンプ付きのリニアアンプがほしいところですね・・。(10Wだし・・・。)まあ欲を言い出せばキリがありません。
細道氏から頂いたリグ(TM−541)は比較的新しい(と言っても1995年頃か)リグで、外見も非常にきれいで動作もまったく問題ありません。相手さえいれば大活躍するリグなのですが・・・。相手はこれから探すことにして・・・・とにかく細道さん、ありがとうございます。
とまあ、いちおう3バンド出られるようになった西管ですが・・・次はやはりHF帯のオンエアーですね・・。これはアンテナの難しさがありなかなかスムースには行かないと思いますが・・・・年内を目処にやってみたいものですね。時間も金もありませんが・・・。ま、とにかくほそーくながーく楽しんで行きたいものですね。では、次にいつお会いできるか分かりませんが・・・またよろしくお願い致します。
第6回2008年1月7日(記) 今年の無線界展望?期待??
前回はちょこっとバタバタしておりまして、なんか尻切れトンボになってしまいましたので、補足というか、まとめというか、もう一度書いておくことにしましょう。(今日は会社も半ドンで比較的暇だということもありますが・・・)
オール兵庫コンテストの西管の成果としては、430MHZCWで20局弱のQSOでした。まあ細切れに、育児の合間を縫って出たにしては効率よく局数を稼げたと思います。また、DX(西管のいうDX)もできました。相手は愛知県(多分犬山市)の固定局でした。貧弱な設備の西管の出す電波をきっちり拾っていただけたのですから、多分さぞやいいロケーションにお住まいでFBなアンテナをお使いなのでしょう・・。
ってなわけでそこそこ局数も稼ぐことができましたし、DXもできましたので西管としてはALL兵庫コンテストは大満足!というところになるでしょう。ちなみに2日、3日のQSOパーティーでは・・・DXといえるDXは滋賀県栗東市と430SSBで交信できたことくらいでしょうか。これは移動局で相当ロケーションのいいところから電波を出していたと思います。
年始の活動のまとめはそれくらいとして、あとは今年以降のアマチャア無線界の展望・・・といえば大げさなのでまあ西管のアマチュア無線活動(というほど大げさでもないが)の展望というか抱負を語ってみることにします。一番は・・・まずできるだけお金をかけず、また目立たず、というモットーを貫きつつ出られるバンド・モードを増やしていきたいですね。手近なところでは144MHZ帯オールモードですが、どうもANTのSWRが落ちないのがネックですね。やはり波長が長くなる分430にくらべると壁や天井との干渉がシビアなんでしょう・・・。144がなんとかなれば、HF帯に広げていきたいですが、無線機が全くないし、アンテナの問題もあるし、家からHFというのはここ数年無理でしょうね・・・。移動運用なんかできればいいのですが、時間もないし、車の運転もおぼつかない西管ですからねえ・・。
ってなわけで当面はこの70センチバンドのみの運用とならざるをえないでしょうが・・まあこの貧弱な設備でどこまで(局数、地域、交信距離)稼げるか、ということに注力してみたいと思います。あとはCWへのこだわりをもって行きたいですね。あとは時間を見つけてコンテストなんかには出るだけでてみたいと思います。全く応答のない夜な夜な430CWのCQも極力続けていきたいですね。なにせ伝統芸能ですから、承継していかないと本当になくなってしまいます。
アマチュア無線界は高齢化が本当に深刻で、幅を利かせているのは会社をリタイヤした年代や、あるいはその直前で子育ても終わって、さあ趣味に生きよう!という年齢層の人でして、西管と同じ年齢層の人は殆どいません。ましていわんや、学生ハムなんてのは、かなり減っているのではないでしょうか。ま、この趣味本気で取り組むには際限なくお金がかかりますし、暇もかかります。そういう趣味だから仕方がない、のかもしれませんけど、ただひとつ西管が心から願いたいのは、いざ西管がウン十年後にそういう立場になって、さあ趣味でも楽しもうというときに、この趣味がなくなっていてほしくないな、ということなんです。
無線と言うのは、相手があっての無線ですから・・・。相手がいなくなると趣味として成立しなくなってしまいます。(これはプロ無線も同じですが・・。)携帯電話、インターネット全盛の時代、こんなアナログな趣味が生き残っていくのは難しいかもしれません。(アナログの趣味と言いましたが、D-starやWiRES等、デジタル化、無線とインターネットの融合パターンも出てきています。ただ、アマチュア無線の電話・電信の世界はアナログで残ってほしいと切に願います。)そんななかで、まずこの趣味の保存を、そしてその中で電信という伝統芸能の保存・伝承ができたらな、とそう思います。欧文しかできない、かつヘタクソCWマかつ丸暗記免許取得者の西管が言うのもおおそれたことかもしれませんが・・・。
それと西管はCWにこだわりがありますが、当然電話でのラグチュー(おしゃべり)も大好きです。そして、昔はそのラグチューを通じて、多くの無線仲間ができました。また、無線を始めて右も左も分からない人にいろいろ教えてあげたりしたこともありますし、小生のしゃべるのをずーっと聞いておられて、それを模範にしてアマチュア無線デビューをされた方もおられました。前にも言いましたが、相手がいてこそ成立する趣味ですから。長期的視点でその相手を増やすことに何か微力ながら貢献できたらな、と思います。
少し長くなりましたが・・・今後も70センチ波のつぶやき・・・。そういった西管の地道な活動と趣味としての楽しいアマチュア無線を紹介していく場にできればな、と思います。今後とも時間をみて更新していきたいと思います。
第5回2007年1月6日(記) 年末年始趣味三昧?オール兵庫コンテスト出陣!
さて、前回は九州との交信のお話などしました。ちなみにこの世界の用語では遠くと交信することをDXと言います。もちろん電離層反射する短波帯なんかではDXは国外のことを意味しますが、見通ししか届かないVUHF帯では見通し範囲外をDXと言います。まあ何をもって遠距離通信とするか、人それぞれでしょうが、前述のとおり最低限のアンテナで無線をしている西管にとってはエリア外(関西地区以外)との交信はDXと言えるでしょう。
話はそれましたが・・・年末年始も西管はそこそこ無線を楽しみました。特に1月2日、3日のQSOパーティー及び4日のALL兵庫コンテストと、イベントのが目白押しでしたので、1月2日から4日の3日間で46局も交信できました。その中では西管が無線に一番アクティブだった学生時代以来久々につながる局も何人かおられ、西管としては久々の交信を大いに楽しみました。(具体的相手については、個人情報もあり、敢えてここでは挙げませんが・・・。)
ALL兵庫コンテストでは、電信(モールス)で出ました。コンテストというのは、決められた時間内に多くの局と交信した方が勝ち!という単純なルールですので、とにかく長時間無線機の前に座って交信したもの勝ちというもの。西管はハナから入賞なんぞ狙いませんが、電信部門だと参加局も少ないので、目立てるかな・・・というもくろみもあり、430MHZ帯電信部門に出てみることにしました。
西管は実は・・まだまだヘタクソの部類ですが、モールス信号を打てるし、理解できる人なのです。(アルファベットのみで和文は理解できませんが・・。)ご存知の人も多いかもしれませんが、モールス通信というものはプロ無線(いわゆる業務無線)の世界では絶滅してしまった通信方法であり、いわゆる絶滅種(或いは伝統芸能ともいう)ですが、アマチュアでは電話通信より遠くに電波が飛ぶ等のメリットもあり、現役であります。で、コンテストなんかも電信部門ってのがあって、そこに出てくるひとは少なく、競争も少ないのです。(その分局数は稼げませんが・・。)
ってなわけで、オール兵庫コンテストに出ることにしましたが、ひとことのコーナーでも述べたとおり自分自身の体調はいまいち。またあや様も寝込んでいる状況。片手で息子を世話しながらの出陣になります。ただ、モールスのいいところは、音声がマイクを通じて乗らないため、きちんとした符号を打ってさえすれば、子供が少々ゴネて大声を出していても、極論すれば泣いていても問題なし、ということで、子育てながら無線族の西管にはぴったり!かもしれないというところ。
まあそれ以外にも西管がモールスが結構好きってのも電信部門エントリーの理由のひとつではあります。(こういうのを下手の横好きという。)ともあれ・・・詳細はまた次回更新する暇があれば・・・。
第4回2007年12月24日(日)記 そして九州と交信!
全市全郡コンテストも終わり、季節はようやく・・秋に移り変わりつつ・・・ある感じになってきました。こうなると、この430MHZ帯バンドというのは、急速に活気を失ってしまいます。というのは、まず遠距離と交信できる異常伝播の発生頻度が落ちてくることがひとつ。そして、なによりも寒くなるので、見晴らしのいい山の上で無線を行う人が減少すること。この二点が理由です。
しかしながら、この秋は夏の猛暑を引きずった秋だったということもあって、結構10月も半ばくらいになっても異常伝播が発生していたようです。特に、10月13日は九州各局が移動サービスを行っており、うまく異常伝播の発生に乗っかれたのか、さすがに移動全局とは交信できませんでしたが、大分県日田市、大分県竹田市、福岡県朝倉市の3局と430SSBで交信成立となりました。こんなちっぽけなモービルホイップで、本当にびっくりです。思わずニンマリしてしまいました。
また詳細な日程は書きとめていなかったので忘れたのですが、今年は11月頃になってもダクトが発生していたようで、なんと信州ゼロエリアからの信号もバッチリ聞こえたりしたこともありました。(これは交信には至らず・・。)また通常伝播でも、夜にFMでCQを出していると、いきなり滋賀県大津市の固定局に呼ばれたり、また実家で10年前に頑張っていたときは、まったく聞こえなかった京都市内の固定局と交信できたり・・・、と、本当にこの場所のロケーションの良さに驚かされました。(まあ相手の設備もあるんでしょうけど・・。)
ただ、それだけ聞こえる範囲は広がったのに、聞こえる局数は本当に減少しましたねえ・・。開きチャンネルを探すのにも何の苦労もない状態で、FMで比較的ゴールデンタイムと思う時間にCQ出しても空振り、ということも多く、アマチュア無線人口の激減を実感するところです。この辺については、次回にでもまたゆっくりと・・。
第3回 2007年11月17日(土)記 再開の日!
前回述べましたとおり、最低限の無線設備を整え、いよいよ西管の無線再開となりました。しかしながら、無線機をアンテナを接続したものの、なかなか電波を出す勇気もなく、1ヶ月程度はひたすら、ワッチ・・・ワッチ・・・ワッチのみの生活でした。そんな中で判明したこと・・・。それは・・・思っていたより聞こえがいい!ということです。
時期的には丁度9月末から10月頭頃でしたがら、移動運用もまだまだたくさん出ていて(特に今年の秋は暑かった・・・)また伝播状況もよく(おそらく対流圏伝播・・・いわゆるダクトが発生していたと思われる)、東は滋賀県の移動局から、西は岡山県の移動局まできれいにFMで受信することができました。マンションの東側のバルコニーのアンテナを立てておりますので、西側のロケーションは諦めていたのですが、どうしてどうして・・・結構入ってきます。(尤も距離が近い西方向は本当に弱い。同じ区内でも西方向はまったくだめです・・。)こいつは楽しめそうだ!という感触を得ました・・・。しかし・・よくよく考えてみると資格制度が改定され、確か430MHZ帯については、4アマでも10Wを超える高出力が認められていたような記憶がありました。もしかしてみんな高出力だからよく聞こえるようになったのか・・・。
そんないろんなことを考えながらいわゆるネットでいうROMを決め込み、(これを狸という)しばしワッチのみの生活を続けました。そのうちに電波を出したい!という欲求が出てきますが、なにせ無線機は10ウン年ぶりに電源を入れた代物。まともに電波が出るか、変調が乗るか・・・不安で一杯でなかなか電波を出せませんでした。
そんななか、10月6日、7日は全市全郡コンテスト、という全国的なコンテストが開催されることは承知しておりました。できれば、ここでは電波を出してみたい・・・そんな気持ちでおりました。そして10月6日の昼間・・・・再開後初QSOを果たしました。お相手は1エリアから仕事の関係で大阪府吹田市にこられていたJAコールのOMさんでした。土曜日の朝、先方が430FMでCQを出されているのに飛びついてQSOした次第です。先方は同じくアパマンハムでGPアンテナをご使用。先方シグナルは59を送り、当方シグナルは55でした。吹田市は距離的にはさほど遠くはないのですが、西管の家からは、吹田、茨木方面というのはどうしても山が邪魔になり通じにくい、と言う印象だったのですが、強く入ってくるので応答しました。
久々のQSOでしたが、特に電波の飛びや変調の乗りにも問題はないようでした。これに力を得て、全市全郡コンテストに顔を出し、CWで8局、SSBで3局、FMで4局稼ぎました。特筆すべきは、CWでの浜松市天竜区、FMでの山口県岩国市とのQSOですね。モービルホイップでよく飛んでるなーという印象ですね。ま、コンテストなのでロケのいいところで皆さん運用されているということもあるんでしょうが・・・なかなかいい飛び!と感じました。好感触を得た再開の日でした。
第2回 2007年11月12日(月) 題名:そして再開
第1回で書きましたとおり、長い間封印していたアマチュア無線という趣味ですが・・・2007年10月より、急に復活を遂げました。復活を遂げたといいながら、貧弱な設備ではあるのですが・・・。(後述。)
前述したとおり、会社の寮は福山の寮を除き、各部屋にベランダなどなく、アンテナを上げる余裕もなく、また時間的余裕もそうなく、またPC自作等の趣味にかまけていて、無線の趣味はさっぱりでした。で、2004年に寮を追い出されてから、尼崎→神戸市東灘区、とそれぞれ賃貸マンションに転居しました。しかし、賃貸マンションだったので遠慮があったこと、およびそれぞれ平野に立つマンションの3階、2階ということで、ロケーションもまったく期待できなかったことから、再開することなく、過ごしておりました。
しかし、この8月に、子供が生まれたこともあり、とうとうマンションを購入しました。そしてそのマンションが、海を見下ろすちょっとした丘の上にあり、ロケーションがまずまずな点、7階部分であり地上高15メートル以上は稼げること、角部屋でバルコニーが3方向に開けていること、等の好材料に恵まれ・・・・ちょっとした出来心みたいなもので、この趣味を復活させることにしました。
とはいえ、引っ越してきたばかりであり、マンションにはもちろん、周囲にもまったく無線のアンテナが見られないような状況ですので、とにかく派手なことができないのは間違いない。またマンションを買ってローンを背負ったばかりであり、0歳児を抱える安月給の身で、趣味などにお金を掛ける余裕もなく・・・とにかく最低限の設備で初めてみよう、ということにしました。
その結果、手元にそろったのは、電信セット(パドルとタスコエレキーヤー、いずれももらい物)と、ケンウッドの430MHZ帯オールモードモービル機R851D(近所の先輩ハムに破格の値段で譲り受けた)、そして144・430デュアルバンドハンディーのはしりである、日本マランツ(当時)のC500、同じく430・1200超小型ハンディーのC610(これらはいずれも自分で購入)の各機材でした。
で、アンテナはとにかく目立たないように、ということで、東側のベランダの物干し台にパイプ用アンテナ基台をくくりつけ、アンテナとケーブルがなかったので、日本橋で第一電波工業製の1メートル弱の144.430デュアルバンドモービルホイップを購入し、早速取り付けてみました。
このように、最低限度の設備で無線を再開するようになった西管ですが、このような貧弱な設備で無線を楽しむのは無謀・・・という思いでいっぱいでした。しかしながら、案ずるより産むが易し・・とつぶやきながらとにかくやってみることにしました。
第1回 2007年11月11日(日) 題名:恥まり恥まり
西管はこのHPにはほとんど話題として触れたことはないのですが、20年近く前(つまり高校時代)から、アマチュア無線という趣味をはじめておりました。当時は・・・ちょうど年号が昭和から平成に変わった頃であり、携帯電話もまだ殆ど普及していない時代で、結構アマチュア無線という趣味が今とは比べ物にならないほど、さかんだった時代でした。
西管はその頃、学校でアマチュア無線クラブに入っていて、いわゆるHF帯、とか6メーター(50MHZ帯)にオンエアーするとともに、家ではいわゆるお手軽バンドと言われた、430MHZ帯や144MHZ帯にオンエアーしていました。なにぶん学生のことですから、とにかくお金はなかったですけど、時間は腐るほどありました。
設備は小遣いを叩いて購入した、貧弱な設備(ハンディートランシーバーにグランドプレーンアンテナ)で運用を始めました。しかしながら、当時は近所に結構たくさんの先輩ハムのかたがたが住んでおられ、学生でお金がありませんので、こんな設備でやってまっさ!と言うと、こちらから言いもしないのに、自分の使っておられた無線機だの、アンテナだの、周辺機器だのをタダでもらったり、安価で売っていただいたり、して設備もどんどん整って行きました。
尤も、アンテナだけはやはり家の屋根の事情があり、大きなものを上げるわけにはいかず、GPアンテナ中心でしたが、室内アンテナでHFを運用したこともありました。(7MHZ CWで北海道とも交信できました。)しかし、恒常的な設備を整えてHF帯で家から運用したことは殆どありませんでした。(今に至るまで・・・。)また設備面以外でも、周囲の先輩方には、いっしょに移動運用に連れて行ってもらったり、移動運用に最適な山を探して、兵庫県北中部の林道を攻めて回ったり・・・・まさに学生の分際で毎日趣味三昧のでした。
また、何回か無線で交信して、すっかり親しくなったローカル局3局で集まり、神戸WACアマチュア無線クラブという無線クラブを立ち上げ、週1回オンエアーミーティングをしたり、アイボール会をしたり・・・と無線仲間の輪がどんどん広がっていったのもこの頃でした。(この神戸WACクラブですが、実は今も存続しており、活動を続けております。小生も時折オンエアーミーティングに出席しております。残念ながら、創立メンバーの残るお二方はすっかり無線から離れてしわまれているようですが・・。)
ところが、時間は流れるもの。西管もいつまでもお気楽な学生の身分であるわけもなく、その内高校3年生になり、受験勉強なんてのも始まりました。おまけに、430MHZ帯を運用すると、4件ほど隣のTVが見えなくなるという苦情があった(いわゆるTVI)ことで、この趣味について、トドメをさされたような感じになりました。尤も、今思えば自分の家や隣はなんともないのに、4件も隣の家に出るなんて少し変な話。西管の家の近所は実はいわゆる難視聴地域。生駒のVHF波は須磨の鉢伏山に邪魔され当然見ることができず、淡路島の北淡垂水というUHF中継局の電波をかろうじて見ているような状況で、ブースターをつけてかろうじてTVが映っているような状況でした。(西管の家もTVは相当写りが悪く、なにをやっても改善されなかった。)そんな条件なので、まあ苦情があったとはいえ、果たして本当に無線の電波が原因だったのか、そうではないのか怪しい限りです。
今では明石海峡大橋ができた関係もあり、難視聴対策は万全になり、またケーブルTVが結構な勢いで普及しましたので、大分状況は変わり、430MHZ帯で少々ハイパワーで電波を出しても、Iに悩まされることはないと思いますね。(尤も430MHZ帯の電波により、受信ブースターの電波が飽和状態になり、TVが映らなくなるという現象は多々あるようです。そんな場合、ハイパスフィルターをブースターにかませればいいのですが、学生の分際で人の家に上がりこみ・・・というわけにもいかず・・・。)
話はそれましたが、大学に入学し、暇とお金を手にしたものの、家から無線に没頭する環境に恵まれず、アクティビティーは低いままでした。尤も144MHZ帯については、問題がなかったので、近所の先輩ハムからタダで譲り受けたわけありのオールモード機八重洲FT290+リニアアンプで交信に明け暮れました。当時は144MHZ帯もFMは無免許か免許があってもコールサインも言わず、周波数を占拠している人々が多く、全く使い物になりませんでしたが、SSBについては相当アクティブであり、また430MHZ帯SSBに比べるとオープンな雰囲気が強く、そんなわけで結構楽しみました。
そんな大学の4年間もあっという間に終わり・・・ついに西管も社会人になりました。そうなると、なかなか趣味に没頭する時間がなく、また決定的なのはアンテナを設置する場所!です。会社に入って7年ほどの間は会社の寮住まいでしたので、アンテナを上げる場所がなく、(唯一例外は福山の寮で、ここは最上階8階にあり、ベランダが広く、また高台にありロケーションもよく、2メートルくらいあるごついモービルホイップを設置。結構遠方まで交信できたりもりました。)当時のログを見ると、430SSBで垂水区の固定局とも交信できた記録があります。
話は戻りますが、そんなんでアンテナを上げるスペースもなく、車も乗らない西管は就職とともに、アマチュア無線という趣味からすっかり遠ざかってしまったのであります。